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「透明人間」と「一日完結型人間」

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 普段であれば、こんな深夜に女性一人で出歩くなどという危険なことをするはずがないのに、いくら友達との話があったとはいえ、もっと他にやりようもあったというものだ。それも彼が知っていて、こんな演出をしたのだとすれば、今の自分は彼の手のひらの上で転がされているような気がしていた。
 それだけに彼の正体を知りたい。
 このままでは自分のプライドがズタズタになってしまうように感じたからだ。
 亜衣は、普段はあまり人に関わりたくないと思っているくせに、たまに今日のように友達の相談に乗ってあげなければいけないという衝動に駆られてみたり、自分が関わりたくなくとも、相手から関わるように仕向けられることがあった。特に他人から関わるように仕向けられた時などは、もちろん、自分の意思に反してのことだった。この日も、相手から関わるように仕向けられる自分を象徴しているような出来事ではないか。
――こんなことがあるから、なるべく人に関わりたくないのに――
 その思いは、一種の、
「負の連鎖」
 だった。
 ただ、それも亜衣は、
――まわりのことを何も見えていない自分が、人に関わりを持つとロクなことはない――
 と感じているからだった。
 しかし、逆に考えると、
――まわりのことがよく見えていないからこそ、人と関わることで、少しでも見えるようになれるのではないか?
 という考えも成り立つ。
 しかし、それは、人に対して自分に協力してもらえるような暗示を掛けなければいけないと思っているからで、信頼感がその暗示に繋がるという考えを持ち合わせていなかった。あくまでも人との関係は、損得勘定を抜きにして語ることができないものだと思っていたのだ。
 ただ、親友になる人だけは違っていて、
――親友に対しては感じたことをそのまま素直に表現すれば分かってくれる――
 と思っていた。
 自分が他の人と同じでは嫌だという考えを持っていることに気付いたのは、高校生になってからのことであり、就職してからしばらくその感情を忘れていた。
 勉強と違って仕事は、他人との協調なくしてできるものではない。そのことは最初から分かっていることで、そういえば、就職してから数ヵ月後、欝状態に陥ってしまったのを思い出していた。
「五月病というには、少し遅いくらいだわね」
 と、相談した女性事務員の先輩からはそう言われた。
「やはり五月病なんでしょうか?」
 と聞くと、
「五月病というのは、人それぞれで、誰もがなるというものでもなく、時期も一定しているわけではないわ。でもあなたの場合は少し遅いのかも知れない。なぜならあなたは仕事の覚えも遅いわけではない。他の人は仕事を覚えかけている最中に五月病を起こすものなのに、あなたの場合のように、ある程度まで仕事を覚えている段階での五月病というのは珍しいかも知れないわね」
「仕事を覚えたことで、少しだけ気が抜けた感じのところはありましたが、そこからどうして欝状態に陥ったのかとが分からないんですよ」
「欝状態にもいろいろあって、あなたの場合はどんな感じなの?」
「私は、何をするにも億劫で、本当は人に相談するのも億劫なはずなのに、先輩だけは違ってました。何となく分かってくれるような気がしたんです。どうしてなんでしょうね?」
「私もあなたと似たような状態だったのかも知れないわね。私の場合は、それまで持っていた自信が一回すべて瓦解したの。何をやるにしても、考えてしまうと、すぐに最初に戻ってしまう。抜け出すことのできない底なし沼に足を突っ込んでしまったような気がするの。その時に考えたのは、なぜか、底なし沼の底って、どうなっているのか? ってことだったの。これは冷静だったからなのか、それとも欝状態だったから、こんなおかしな発想になったのか分からない。でも、欝状態から抜けてみると、この発想は元々私の発想だったの。普段は分かっているつもりだったんだけど、本当は理解していなかった。そのことを思い出させてくれた欝状態というのは、私にとって、なくてはならない時間だったんだって思うようになったの」
「そんなものなんでしょうか?」
 投げやりな言い方になってしまったが、実際にはそうではない。他人事のように言うことで、自分の中にあった欝状態が別の人格を示しているということを暗示させようとしていたのだ。
「ええ、そんなもの。そしてあなたも、すぐにこの状態を抜けることになるわ。抜けたらこの時期を思い出してごらんなさい。決して悪かったとは思わないから」
 と先輩に言われ言葉を思い出していた。
――そうだわ。私の中で、無意味だとか、不可思議で理解できないことであっても、決し得t意味のないということは今までになかったんだわ――
 と思い知らされた。
 つまりは、彼の出現も何か大きな意味を秘めているのだろう。
 これからの自分の人生にどのように関わってくるのか、亜衣は覚悟をしていた。
 先ほど考えた、
「負の連鎖」
 とは、以前に罹った五月病のようなものではないだろうか。
 そう考えると、この負の連鎖も、何かの意味を持っていると考えてもいいだろう。
 負の連鎖を、人との関わりに限定していいものかどうか、亜衣は考えていた。人と関わらないことで得るものは、人と関わることで得られるものよりも大きいという判断から、人と関わることをやめていた。人に相談することは子供の頃からの癖のようになっていた亜衣は、人に相談しないで自分ひとりで考えた発想が、今は自分にいい影響を与えていると思っていたからだ。
 人に相談して得られる答えというのは、しょせん一般論でしかない。そのことを分かっていながら昔から誰かに相談していたのは、何かにぶつかった時、一人でいるのが怖かったからだ。
 人から言われる一般論が、傷ついた心を癒してくれる薬のように思っていた。特に学生時代というのは、勉強が主であり、誰かと協力するわけではなく、一人でこなしていくものだったからだ。
 孤独を辛いと感じていた時期というのは、思春期であり、精神的にも不安定である。どっちに転んでもおかしくない状態で、まるで天秤に載せられたような気分になっていた。思春期は人との関わりが一番大切で、相談したのも無理もないことだ。しかし、最後は一人にならなければいけないことに気付くと、人と関わることを億劫に感じる時期がやってくるのだ。
「俄かには信じてもらえないと思うが、実は僕は別の世界から来たんだ」
 急に男はそう口走った。
「どういうことなんですか? タイムマシンを使ってここまで来たというわけですか?」
――別の世界――
 という言葉を聞いた時、すぐに思いついたのはタイムマシンだった。次元という発想もあったが、なぜかそちらに発想が向かなかったのだ。
「どうなんでしょう」
 それまでハッキリと答えていた彼が少し言葉を濁した。
――何かある――
 と亜衣は感じたが、それよりも、彼に対して親近感を抱き始めてきたからだろうか、彼が正直者だという印象の方が強かった。
――次元を飛び越えるという発想なのかな?
 ただ、次元を飛び越えるということは、亜衣の発想の中ではパラレルワールドが感じられたが、その世界にも自分と同じ人間がいて、それを思うと、