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「透明人間」と「一日完結型人間」

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「ええ、人間の脳は、ほんの少ししか活用されていないという研究結果はよく知っています。だから、これだけたくさんの人間がいるんだから、少しくらいは、使われていない部分の脳の機能を使いこなしている人がいても別に不思議ではないですよね」
「その通りです。だから超能力者というのは逆に、特化した部分以外は他の人と同じなんですよ。中にはもっと繊細なのかも知れない。つまりは傷つきやすいとも言えるんですよね。超能力者としてテレビやマスコミに引っ張りだこだった人が今は悲惨な人生を歩んでいる人も少なくはないんです。そういう意味では人間というのは、おろかで残酷な人間だと言えるでしょう。なまじ考えたり感じたりしたことを直接感情として表に出す種族なのだから、それだけ人間という動物は弱いものだと言えるでしょう」
「あなたもそんな一人なんですか?」
「そうかも知れません」
 この話を聞いていると、同情的になってくる自分を感じた。
――この人も悲しい人なんだわ――
 と感じた。
 しかし次の瞬間、
――悲しい人という定義は何なんだろう?
 と感じた。
「あなたは、悲しい思いをされたことがあったんですか?」
 男は少しだけ考えて、
「いえ、悲しいと感じたことはありません」
 インターバルがもう少し長ければ、この言葉も信憑性に掛けたのだろうが、彼が考えているという雰囲気を亜衣が感じるまでには至らなかったことで、
――この人の言葉を信じるしかない――
 と感じた亜衣だった。
「あなたは、どうして今、このタイミングで私の前に現れたんですか?」
「運命というのは、そういうものなんじゃないですか? 出会いというのはそのほとんどはいきなり起こることです。数多い出会いの中で、これこそ私にとって運命の出会いだと感じるのは、後になってからのことでしょう? それは、出会いのインパクトがあるかないかだけの違いで、それ以外は同じなんですよ」
「感情もですか?」
「ええ、僕はそう思っています」
 ということは、彼には感情というものが欠如しているということであろうか?
――そんな風には見えないわ――
 と感じたが、考えてみれば、感情の欠落した人というのは実際に見たことはない。テレビや映画の登場人物で、感情の欠落した人というイメージの人間が出てくることがあるが、それはあくまでもフィクションだと思っている。実際にそんな人物に会ったことがないだけに、想像するための材料が必要なだけで、その材料はテレビや映画に頼るしかない。これも自分の感情の矛盾だと思いながらも想像してしまう。いかに人間というのは、弱いものなのだろうか。
――やっぱり私は暗示に掛かっているのだろうか?
 相手の男性は、自分に関係のある人だと言っている。ひょっとすると、その瞬間から亜衣は彼の術中に嵌ってしまったと言えるのではないだろうか。
――この人と話をしていると、信じられないと思ってきた今までの常識が覆されそうな気がする――
 彼は自分のすべてを知っているかのようだった。何といっても、自分がほかの人とは違うという理念を持っていることを看破したではないか。知り合いや友達に限らず、家族を含めたところで、どれだけの人が亜衣のそんな性格を知っているというのだろう。特に肉親などというものは、最初から信用していない。
――肉親だから――
 この言葉が最初にくれば、たいていのことには驚かされない。
「あなたの考えていることなんかお見通しよ」
 と言われても、信憑性を感じさせる。それだけ血の繋がりというのは何にも増して勝っているものなのだろう。
 しかし、亜衣はそんな血の繋がりに疑問を感じている。単純な疑問と言ってもいい。
――血が繋がっているだけで、どうして何でも分かるというのだ?
 亜衣は親に対して疑問以外の何も感じていない。
「お父さんやお母さんは、あなたのことをちゃんと分かっているわ」
 と言われ続けて育ってきた。
 その言葉が、子供に安心感を与えるものだということは大人になるにつれて理解できるようになったが、それがすべての子供に当て嵌まるとでも思っているのだとすれば、それはとんだお門違いである。
 もし、両親の子育ての考え方の根本に、そのお門違いの重いがあるのだとすれば、亜衣が感じている、
「私は他の人とは違う」
 という思いは、両親の感情からの反発で生まれたものなのかも知れない。
「誰から見ても恥ずかしくないような大人になりなさい」
 そんな言葉を何度聞かされたことか。
「誰の目から見ても」
 という件に、すべての疑問が含まれている。
 両親だって、自分たちが気に入らない人がいれば、
「人それぞれなんだから、相手に対して余計な気を遣ったり、怒ったりしても仕方のないことなのよ」
 と言っていたではないか。
 それを思うと、
「誰の目から見ても」
 という件は、明らかに矛盾していることになる。
 そんな親の言葉に子供の頃の亜衣は一時期惑わされていたが、
――親だって万能なんじゃない――
 と思うと、スーッと気が楽になってくるのを感じた。
 その頃から、自分が一匹オオカミではないかと感じるようになったが、その思いには最初から違和感はなかった。
 親の言葉に矛盾を感じる信憑性よりも、自分が一匹オオカミであることは信憑性があったのだ。
 そんなことを考えていると、亜衣は目の前の男の存在にそれほど疑問を感じなくなっていた。自分にどのような関係があるというのか少し怖い気もしたが、両親に感じた違和感に比べればよほどマシだったのだ。
「でも、やっぱりいきなりというのは、自分を納得させるまでに時間が掛かるんですね。いきなりを感じさせないような出現方法は、僕の中には考えられないものだったからですね」
「それは驚かせようという意図があったんですか?」
「驚かせようというよりも、亜衣さんの気持ちが純真なので、そこに訴えようという思いはありました。思った通り、あなたは僕の存在を頭から否定しようとはしませんでした。本当であれば、なかったことにしたいと思っても不思議のないことですからね」
「じゃあ、あなたには明らかな意図があって、私の前に現れたというわけですね?」
「ええ、あなたの前に現れるということは、僕にとってもリスクのあることなんです。そのことは今話をしても混乱するだけなので、おいおいするようにしましょうね」
 かなりの段階を踏まないと、彼の存在を亜衣が理解することは難しいのかも知れない。彼はそれでも、焦らすような言い方をしていたが、亜衣は必要以上に知りたいとは思っていない。肝心なことだけ分かればいいと思っていて、そのための準備段階を彼がどのように用意してくれるのか、それも楽しみであった。
「亜衣さんは、本当に落ち着いていらっしゃる。やっぱり僕の思った通りだ。おかげで僕も助かります。驚かれないだけでもありがたいと思っていたのに、やっぱり、あなたは素晴らしい」
「どういうことですか?」
「こんな状態でも、僕のことを貪欲に知りたいと思ってくれているでしょう?」
「こんな状態だから知りたいんですよ」