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「透明人間」と「一日完結型人間」

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 だが、亜衣はその表情を見て、悔しいというような感情が湧いてくることはなかった。どちらかというと、自分から聞くというよりも、彼の口から率先して聞きたいという感情が強かったのだ。
「僕は、あなたに関係のある人間なんですが、すぐにそのことを言うと、あなたは混乱してしまいそうなので、ゆっくりお話することにしましょう」
「私に関係がある?」
「ええ、ハッキリいえることは、僕が今ここにいるのは、少なくとも、亜衣さんが望んだことだということですね」
「私にはそんな自覚はないわ」
「人間というのは、その行動のほとんどには意味があるということを言っている人がいましたけど、あながち間違いではないんですよ。ただ、自覚がないので、誰も信じようとはしないというのが現実で、人間というのは、そういう意味では、まだまだ捨てたものではないということですね」
「あなたはまるで自分が人間ではないかのような言い方をしますね」
 亜衣は、
「あなたに関係がある」
 と言われた相手が、人間に対して他人事のように話していることに大いなる違和感を感じた。
――人間って、確かに幾種類もの人がいて、一人一人性格も違っているので、同じ動物でも、人間ほど幅広い世界を持っている動物もいないのかも知れない――
 と感じていた。
「とりあえず、そんなことはどうでもいいじゃないですか?」
 彼の方から、関係があると言っておいて、どうでもいいというのはどういうことなのだろう?
 亜衣はその言葉を聞いて、急に不快感を催してきたが、なぜか彼を遠ざける気分にはならなかった。
 まずは、今のこの状況を把握することが先決で、そういう意味では彼に不快感を感じたことで、余計に冷静になれそうで、いわゆる
――怪我の功名――
 と言えるのではないだろうか。
「じゃあ、どうしてあなたは、こんなところでシーソーになんか乗っているんですか?」
 彼の言い方に対し、精一杯の抵抗の意味を込めて、亜衣は投げやりに聞こえるような言い方をわざとした。
「ここが僕の居場所だからですよ。僕の居場所に亜衣さんがやってきただけのことなんですよ」
 と言って苦笑した。
「偶然なんでしょう?」
「偶然とは少し違いますね。僕の意思がそこには働いているからですね。でも、亜衣さんからすれば偶然なんでしょう。そういう意味では偶然ではないとは言い切れないでしょうね」
 男は不可思議な理論を組み立てていた。
 それにしても、初対面だと思われるこの男性に、
「亜衣さん」
 と呼ばれて、違和感はない。どこをどう見ても初体面にしか思えないという感覚も今までにはなかった。自分が覚えていない時でも、相手にそれなりの自信があれば、
――やっぱり私が覚えていないだけなんだわ――
 と次第に自分の意識は薄らいでいく。
 それなのに、この男性に対してここまで頑なに、
――初対面だ――
 と感じるのは、どうしてなのだろう?
 彼の顔を見ていて、無意識な闘争心のようなものが浮かんでくるわけでもなかった。むしろ彼の顔には感情が含まれておらず、こちらがムキになるだけ無駄だということは見ていてすぐに分かった。それなのに、頑なになるのは、やはり彼がいうように、私の過去に彼が関わっているということなのだろうか?
「あなたは、超能力者か何かなんですか?」
「どうしてそう思われるんですか?」
 彼の表情にはやはり感情はなく、無垢といえば無垢なのだが、考えていることが分からないだけに、気持ち悪い。
「だって、さっきシーソーに乗っている時、あなた一人のはずなのに、あなたの方が上だったのを見たからですよ」
「ああ、あれですね。よく気が付きましたね」
「えっ?」
 確かに最初、
――何かおかしい――
 と、違和感を感じたが、その正体をすぐに悟ったわけではなかった。しかし、誰が考えても明らかにおかしい状況に、
「よく気が付きましたね」
 という言い方はないのではないだろうか。
「そりゃ、誰だって気が付きますよ。物理的に考えておかしいですからね」
「なるほど、じゃあ、亜衣さんは物理的に考えておかしいと感じたわけですか?」
「ええ、最初はあまりの状況に、何かがおかしいと思ったんですが、一瞬でそのおかしなことの理由にたどり着くことはできませんでした。ただ、それは目の前に展開されている状況が信じられるものではないという疑念が、目の前の光景を認めることができなかったんだと思います。それは私に限らず、他の人皆そうなんじゃないですか?」
「確かにあなたのいう通りです。でも、その考え方は亜衣さんらしくないじゃないですか」
「どういうことですか?」
「あなたは、自分が他の人とは違う考え方を持っていて、他の人の常識にとらわれたくないと思っているはずです。それなのに、『他の人皆同じじゃないですか?』というのは、私が考えるに、亜衣さんらしくないと思うんですよ。いわゆる『心理の矛盾』なんじゃないですか?」
 確かに彼の言うとおりである。
 しかし、あまりにも的を得ているので、すぐに認めたくないという思いがあったのも事実だ。彼と会ってからのこの短い時間であったが、亜衣は自分の中にある、
「他の人とは自分は違うんだ」
 という思いを忘れていたようだった。
 これは、亜衣にとって不覚ともいえるだろう。確かに忘れてしまっていたことも不覚であるが、それを他人から指摘されて初めて気が付くなど、亜衣のプライドが許さない気がした。
「でも、明らかにおかしな現象を認めるというのは、私の中では許せないことなんです」
「じゃあ、それが他の人と同じでも、それでも構わないと仰るんですか?」
「ええ」
 彼は一体何が言いたいのか、亜衣にはよく分からなかった。そのため、警戒心が強くなり、優先順位はどうしても目の前で起きた現象に対しての事実が先になってしまったのだ。
「僕は、あなたの言う超能力者なのかも知れませんが、それは別に不思議なことではない。それよりも、僕があなたに関係のある人間であるということの方が、あなたには気になっているんじゃありませんか?」
 まさしくその通りだ。手品であれば、どこかに種も仕掛けもあるはずだが、自分に関係のあるその人を、亜衣は見た記憶はないはずなのに、どこか気になってしまうのは、彼の言葉に重みがあるからなのだろうか?
 もし彼が超能力者であるとすれば、彼に暗示を掛けられているとも考えられる。ただ、超能力と呼ばれるものにはいくつもの種類があり、一口に超能力者だと言っている人が、そのすべてを網羅しているなどとは、端から考えているわけではない。
――超能力と言っても、何か一つに特化しているだけなんだわ――
 と思っている。
「どうやら、亜衣さんは分かっているようですね」
「何をですか?」
「超能力と呼ばれる人は、別に特別な人間というわけではないですよ。誰もが特殊能力というのを持っていて、それを使いきれていないだけなんです。そのことはあなたもご存知のことだと思います」