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「透明人間」と「一日完結型人間」

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 そのうちに彼に気を遣っている自分がいることに気がついた。亜衣は自分が人に気を遣われるとそのことを敏感に感じ、嫌な気分になっていた。人から気を遣われるということは自分がまわりに対して困っている感情を発散させていると思ったからだ。
 人と関わりたくないと思っている自分に、人が気を遣っているなど、考えただけでも嘔吐しそうであった。
――私にとって彼という存在を納得させるには、。どうしたらいいんだろう?
 彼氏になってほしいという感情を持っているわけではない。彼の癒しになれればいいという感情は確かにあったが、それを思うと、自分が高校時代に感じていた上から目線になりたくないという思いが渦巻いているのを感じた。とりあえずは、お互いに意識し合うことから始めることが大切で、まわりとの空気の違いを二人でどのように作っていけばいいのかを模索していた。
――彼に直接話をぶつけてみた方がいいのかしら?
 と思った。
 しかし、その勇気は亜衣にはなかった。それなら、彼に自分に対して話をぶつけられるような環境を作る方が、その時の亜衣にはできそうな気がしていたのだ。
 それには、まずグループの中で自分が「他人事」のようになることが先決であった。
 それは彼に対しても同じことで、自分がまわりに対して「他人事」になることで、それを彼がどのように感じるのかが気になるところだった。
 他人事というのは、自分が輪の中から外れるというだけではなかった。輪の外に出るのではなく、輪の中から、まわりに対して、
――あの人は、他人事のような目で私たちを見ている――
 と、まわり全員に思わせなければいけなかった。
 他の人なら、結構難しいことなのかも知れないが、亜衣にとっては、さほど難しいことではない。子供の頃から、
――人と関わりたくない――
 という思いを持ってきたことで、自分では筋金入りだと思うようになっていた。
 実際に彼は、亜衣のそんな思いを察することができたのか、今から思えばそれは分からない。ただ、その答えを導き出す一つの材料として、亜衣が彼と待ち合わせをした時のことが思い出されるだろう。
 別に付き合っているわけでもなく、彼氏彼女というわけではなかった二人が、待ち合わせをするのに、意識も何もなかった。
 ただ、何か気になることはあった。
 彼と待ち合わせをした時、何かを言いたげであったことは察知できたが、それが何であるかは分かるはずもなかった。
――ひょっとして、私に告白でもするつもりなのかしら?
 と、一瞬だけ頭をよぎったが、
――まさかね――
 と、すぐに否定した。
 今まで自分に言い寄ってくる男性はいなかったし、言い寄られて嬉しいという感情はなかった。確かに彼氏がほしいと思うこともあったが、それはずっと感じていた思いではなく、感情の高ぶりが定期的に襲ってきて、無性に寂しさを感じるからだった。
 寂しさが彼氏をほしがっている自分とシンクロしたとしても、気持ちの高ぶりは少し違っているような気がした。一気に気持ちが高ぶって、身体に震えが襲ってくるのだが、すぐに我に返ると、身体の震えは止まっている。
――何なのかしら? この感情――
 それが寂しさからやってくるものだという思いは、後になって感じることだった。もし、その時に寂しさからやってくる震えだと感じていたら、それが彼氏をほしがっている自分の気持ちから出ていると気付いたかも知れない。
 彼氏をほしがっているというのは感情からではなく、身体がほしがっていると思うことで、寂しさを否定しようと思ったのだ。同じ寂しさでも身体から起こる寂しさは、自分を納得させるだけの力があったのだ。
 彼が亜衣に、
「少し相談があるんだけど」
 と言って切り出した時、その表情には、寂しさが感じられた。
 亜衣は、自分が感じる寂しさは他人に知られたくはないが、他人が自分に見せる寂しさは、放っておくことができない。その気持ちをいとおしいとまで思うほどで、その思いは母性本能に似ていると感じていた。
 亜衣が、まわりを見ていて、
――他人事だわ――
 と感じるようになったのは、小学生の頃、友達のお兄さんが亡くなった時からだった。
 お兄ちゃんを交通事故で亡くした友達は、あまり悲しそうにしていなかった。母親が葬儀の帰りに、他のお母さんたちと話をしているのを偶然聞いてしまった亜衣は、その時の会話を今でも覚えている。
「奥さんの憔悴した様子は見ていられなかったわね」
 と、一人のお母さんが言うと、
「あら? そうかしら? 私が見た時は、涙を流してまわりを憚ることなく、号泣していましたわよ」
 と、他の奥さんが言った。
「じゃあ、涙が枯れるまで泣き明かして、最後には疲れ果てたという感じなのかしらね」
 と、言ったのは、自分の母親だった。
 亜衣もその話を聞いていて、
――お母さんの言うとおりなのかも知れないわ――
 と感じた。
 そして、自分の母親が冷静に状況を判断しているのだと、その時の亜衣は感じた。まだ小学生の低学年で、あまり人の感情や大人の話が分かる年齢ではないはずなのに、その時は自分なりに理解できていた。
――成長していく中で思い出すたびに、感じ方が変わっていったのかも知れないわ――
 とも感じたが、それだけではないとも思えた。
 子供心に、何とか大人の会話を理解しようという気持ちがあったのは間違いないが、自分でもビックリするほど冷静に話を聞いていたように思う。深刻な話だったからなのかも知れないが、それだけに、ゾッとするような感覚が身体を襲ってきそうで、それを拭うには、他人事のように考えなければいけないと悟っていたのかも知れない。
 だが、今から考えても、あの時ほど冷静な自分を感じたことは今までにはなかったように思う。いくら他人事のように見たとしても、どこかに感情が残っていて、あの時ほどの冷静さを持つことはできない。だから余計に、他人事を貫こうという思いを抱いているのだろう。
 大学生になって、高校時代と違い、まわりが明るくなったのを感じると、今まで見えていなかったものが見えてきた気がした。友達も自分が望む望まないに限らず、勝手に増えていった。それは、自分の力ではないと思いながらも、潜在している自分の性格に、まわりが興味を持ったからだと思ったが、それを嬉しいと思いながらも、冷静な自分を取り戻したいという思いもあってか、他人事を貫く姿勢を崩すことはなかったのだ。
 亜衣は、門脇との待ち合わせを快く承諾し、待ち合わせ場所には、いつものように二十分早くやってきていた。
「どうしていつも亜衣はそんなに早く待ち合わせ場所に来るの?」
 と、団体の中の一人に言われたことがあったが、
「人と同じでは嫌なので、誰よりも早く来ることを心がけているのよ」
 と答えた。
「そうなのね。素晴らしい考えだわ」
 と、友達は感心していたが、亜衣は感心されればされるほど、気持ちが冷めてくるのを感じた。
――何が素晴らしいというの? 人と同じでは嫌だって言っているのに――