「透明人間」と「一日完結型人間」
実際には考えたことはなかったはずなのに、ごく最近似たようなことを考えたと思えるふしがあった。この思いはなかなか消えないという感覚に陥ったのだが、それが本当に過去のことだったのかという思いを一瞬だけ感じたのだが、すぐに消えてしまった。
つまりは、未来に起こることを予見したと考えたのだ。
だが、それはあまりにも突飛すぎる発想だとして、急に怖くなったのか、自分で否定してしまったのだ。あまりにも突飛な発想をするのも自分だし、それを一瞬のうちに打ち消してしまうのも自分である。それを考えただけでも、
――明らかに自分の中には、別の人格が存在していて、それぞれを補う形で表に出たり裏に回ったりしているようだわ――
と感じていた。
亜衣は時々自分のことを冷静に考えるが、かなり的を得ていることを感じながら、その一方で、
――そんなことはない――
と否定している自分がいる。
やはり、否定する自分が存在していることは間違いないのだ。
亜衣は最近、あまり疲れを感じない日と、疲れ切ってしまい、身体が動かなくなるほど憔悴することがあった。それぞれの日に、片方は何もしていないからだとか、片方に集中してこなしているからだとかいうわけではない。同じようなことをしているだけにも関わらず、身体に残る疲れがまったく違っているのだ。
そもそも最近は、何か目立ったことをしようと考えているわけではない。毎日を無難にこなしているだけの毎日なので、そんなに毎日感じるストレスに違いがあるとか、余計な心配事があるなどということもなく、精神的にまばらなことはないはずだ。肉体的にも精神的にもそんなに変化がないのに、身体に残る疲れにこれほどの違いがあるということは、無意識のうちに何かを感じているからではないかと思うようになった。
特に自然の変化は気にするようにしている。雨が降りそうな時は湿気や匂いを感じるなど、些細なことも気にするようにしていた。しかし、それこそが余計なことを気にすることになるのではないかと思い、なるべく考えないようにしたのだが、そんな時に限って、無意識に考えていることが多かった。
だからといって、それが疲れに繋がっていくわけではない。疲れというのは無意識に起こるものではないと思っていた。何か予感めいたものがあって、それが意識に繋がって、疲れを感じさせるのだ。あまり疲れを感じない日であっても、まったく疲れているわけではない。そんな日は、
――疲れていないと思うことにしよう――
というもう一人の自分の考えが、表に出てきているのではないかと考えるようになっていた。
今日は、さほど疲れを感じない日であった。ただ、会社にいる時間の中で、一時間ほど、無性に眠たい時間があった。その時間を通り越えると、今度は疲れをほとんど感じなくなるというのが今までの経験であったが、その日も昼休み前に感じた眠気のせいで、その時間以降、一向に疲れを感じなかった。昼休みになってから、さすがに睡魔に対して我慢ができなくなり、少し仮眠した。自分では一時間近く眠っていた気分だったが、気が付けば十五分ほどしか眠っていない。
それでも、目が覚めてしまうと、もう睡魔は襲ってはこなかった。疲れまでも一緒に排除してくれた睡眠に、亜衣は感謝したいほどだった。残りの時間でゆっくりと昼食を摂ることもでき、昼からの時間は、あっという間に過ぎたのだった。
亜衣は夜の道を歩きながら、いろいろなことを考えていた。発想が次々に浮かんでくる時というのは、時間があっという間に過ぎていき、気が付けば目的地に着いていることが多い。その日もあっという間に昨日の児童公園のあるあたりまでやってきていて、昨日のことが思い出されてきそうだった。
昨日の記憶を呼び起こしてみたのだが、なぜか、ハッキリとしなかった。
昨日のことを覚えていないということも、たまにではあるが確かにある亜衣だったが、そんな時は、まるっきり記憶から消えている時だった。その日の亜衣は、思い出せそうで思い出せないという消化不良のような状態だった。あまりそんな感覚に陥ったことがなかったはずの亜衣なのに、頭の中では、
――こんな時ほど、思い出すことができないんだわ――
と思えてならなかった。
実際に思い出そうとすればするほど、記憶が遠ざかっていくような気がしている。手を伸ばせば届きそうな距離だったものが、あっという間に遠くに離れている。
――そんな現象で、思い出せるはずなんてないわ――
と思ってしまうと、その思いは次第に確かなものになっていくのを感じていたのだ。
「確かに、この辺りだったはずなのに」
おぼろげな記憶ではあったが、どの角を曲がれば公園があったのかということは分かっていた。そこだけは記憶の中でもハッキリしていて、その場所に辿りつくのは難しいことではなかった。
――間違いない角を見つけたんだわ――
と思うと、曲がった先の公園が、自分の記憶を呼び戻させてくれると感じた。
しかし、実際にはそんな甘いものではなく、角を曲がると、
――やっぱり、私に思い出させたくないんだわ――
何かの力が働いているとしか思えない。あくまで亜衣に、昨日の記憶を呼び戻させたくない何かの力が働いているのだろう。
その力は、どこの誰がもたらしているものなのか分からない。考えられるとすれば、昨日の男性であろうか。
しかし、彼が昨日亜衣の前に現われたのが必然であるとすれば、何も亜衣の前から姿を消すような暗示をかける必要などないのではないか。
もし、何かが違っているとすれば、昨日の亜衣と、今日の亜衣とでは別人に感じられると思っているからではないかと、その時、亜衣は感じていた。
亜衣は、確かに昨日の自分と今日の自分では別人のような気がしていた。
――どちらが、本当の自分なんだろうか?
問いかけてみるが、その問いを誰が誰に問いかけているのかということが問題だった。問いかけている今日の自分と昨日の自分とでは違っていると思っているのだから、問いかけている相手は当然、昨日の自分なのだろう。
だが、昨日の自分は何も答えない。今日の自分が本当の自分だと当然のように思っていたが、昨日の自分が何も答えてくれないことで、だんだん不安になってきた。
――そういう意味で、今日の私に彼は会いたいとは思わないのかも知れない――
と思えた。
しかし、それだけに、余計に昨日の彼に会いたかった。会って確かめたいと思うことがいくつかあるのだが、もし彼を目の前にして、それをキチンと聞くことができるだろうか?
角を曲がると、そこには昨日の公園は存在していなかった。彼がいないだけならまだしも、公園自体が消えているということは、やはり昨日の自分は今日の自分とは違っているのではないかと思えた。
――昨日のことなのに――
目の前にあると思って疑わなかった光景が、まったく違う光景になって現われたのだから、戸惑っても無理もないことだ。
しかし、考えてみれば、昨日のできごと自体がまるで夢のようではなかったのだろうか?
作品名:「透明人間」と「一日完結型人間」 作家名:森本晃次