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「透明人間」と「一日完結型人間」

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 自分の中の自分が、語りかけてきた気がした。
「そんなバカな」
 すぐに否定した自分がいたが、一瞬でも違和感があれば、なかなか消えてくれないものだ。
 それよりも、今回は、消えるどころか、不思議と膨らんでいった。きっと昨日の彼ともう一度話をしなければ、消えることはないだろう。
 そう思うと、バーの中にいても、昨日の彼を思い出していた。
――あれ?
 確か、朝起きた時は、彼と会ったという記憶はあっても、いつのことだったのか覚えていなかったにも関わらず、今では昨日のことだったと思い出すことができた。
 今度は、腕時計を見てみた。
「えっ?」
 朝見た時は、確かに一週間前の日付だったにも関わらず、今見ると、今日の日付に戻っているではないか。
――朝の自分と今の自分とでは、別人なんだろうか?
 亜衣は、そんなことを感じていた。
 今日一日があっという間だったこともあって、今日が一週間前だという意識はまったくなく、後から思い返しても、今日のできごとは一週間前ではなかったとハッキリと言えた。――やはり、朝の私は別人だったんだ――
 夢を見ていたのだとは思いたくなかった。もし、あれが夢だとすると、自分の気持ちの中に、
――過去を繰り返す――
 という意識があり、何か潜在意識の中にそう思う根拠のようなものがあるのではないかと感じることだろう。
 ただ、今までの間ではあるが、今日一日を思い起こすと、違って感じるターニングポイントは夕方だった。退社の時間になって、
――今日はあっという間に過ぎた――
 と感じたにも関わらず、それ以降の時間は思っていたよりもゆっくりと過ぎている。
 あれからまだ三時間しか経っていないにも関わらず、それまでの一日と比べても、長かったように思えるのだ。
――そういえば、夕方あっという間だったと思い立った時、身体にだるさを感じたが、今思えば、よくあの状態で、まっすぐ家に帰ろうと思わなかったものだわ――
 と感じていた。
 時計を見ると、そろそろ九時近くになってきた。この時間に我に返ったというのも、何かの暗示なのかも知れない。
 いつもであれば、そろそろ帰ろうかと思う時間だった。しかし、この日は帰りに昨日立ち寄った児童公園に行ってみようと思ったからだ。
――あれは何時頃だったんだっけ?
 確か十一時は過ぎていた。日付が変わってはいなかったので、十二時前であることは間違いない。
――十一時を目指していけばいいかな?
 ここからあの児童公園までは、三十分みておけばいい。ただ、夜の時間帯なので、電車の本数は少ないだろう。一駅なのだが、夜ともなると、かなり遠くに感じられるから不思議だった。
 ここからの時間は想像していたよりも短かった。特に九時半を過ぎてからというもの。あっという間に十時近くになっていた。
「それじゃあ、私は帰ります」
「お気をつけて」
 普段ならもう少し饒舌な亜衣なのだが、緊張すると口数が少なくなる。そのことはマスターは承知しているので、マスターの方から話題を振ってくることはなかった。
 店を出ると、何となく生暖かい空気が流れていた。空気の匂いも塵や埃が舞っているようで、
――雨が降る前触れなのかしら?
 と思い、朝の天気を思い出してみると、
――雨が降るような予報ではなかったわ――
 と、感じた。
 そう思うと、少しだけ臭いと思った空気が、今度は匂わなくなり、錯覚であったことを悟らせた。生暖かい空気が身体を包んだ時、
――雨が降る――
 という感覚に陥ったのは条件反射だったのだろう。身体がだるく、重たく感じた。
――夕方の退社時も、同じようなだるさを感じたわ――
 ということを思い出すと、今日の自分にとってのターニングポイントでは、身体がだるくなるのが一つのキーなのではないかと思えたのだ。
 歩いているうちに、身体のだるさは気にならなくなってきた。身体が慣れてきたのであろうか? 前を見つめていると、自分がどこに向かっているのか意識しているはずなのに、そんなことはもうどうでもいいと思えるほど、何か他のことを考えているようだった。
 しかし、気がついてみると、何を考えていたのか、考えようと思っていたのかハッキリとしない。ただ足が前を向いて歩いているだけで、
――昨日の場所を覚えているのは自分の頭ではなく、足なのだ――
 ということを分かっているのだ。
 だるさを感じなくなったのは慣れてきたからだというよりも、足が覚えているということに気付いたからなのかも知れない。
 さらにさっきまで、
――雨が降る――
 と感じていたことも、まるでウソのように、空気が乾いてきているのを感じた。
「カツッ、カツッ」
 という音が響いている。それは自分の足音だった。自分の履いているヒールに空気を響かせるような音を感じたことがなかったのに、いくらまわりに誰もいないシーンとした空間だとはいえ、ここまで自分が感じるというのもおかしな感じだった。
 むしろ、シーンとした静けさの中では、ツーンという耳鳴りばかりが目立って、それ以外の音は意識しないようにしていたからだ。
 足元の影が細長く伸びている。しかも、炎のように揺れているのを感じた。自分がよろめいているという感覚はない。ただ、その揺れを感じているせいか、足元から目が離せなくなっていた。
 顔を上げようと何度思ったことだろう。たまにであるが、何度か感じた正面から当たる光があった。言葉にすれば、白い閃光とでもいうのであろうか、まるで異次元世界への入り口を感じさせた。
 異次元世界を想像すると、顔を上げたくなる衝動に駆られたのも事実だったが、自分の影が変化したのは、その白い閃光のタイミングと同じだった。
――顔を上げたくても上げることができない状況を作り出しているのは、影の元になっている自分なのかも知れない――
 と、亜衣は感じていた。
 ゆっくり歩く方がいいのか、それとも、急いでその場所を抜け去る方がいいのか、亜衣は思案のしどころだった。しかし、それ以前に自分の身体が動かない。今の速度を変えることは自分にはできなかったのだ。
――見えない力が働いていて、何かに導かれているようだわ――
 そう感じたのは、顔を上げられないのを、その見せない力によるものだと感じたからだった。しかし実際には見えない力が原因ではなく、自分の奥にある潜在意識がそうざせるのだと気付いた時、亜衣は余計に見せない力の存在を意識せざるおえなくなっていた。
 そんなことを考えていると、自分の歩いているスピードが一定していないことに気がついた。ゆっくり歩いている時もあれば、急にスピードが上がっている時もある。気がつくまでに結構時間がかかったはずなのだが、それまでは一定のスピードで歩いていると思い込んでいた。
 つまり、同じ距離を歩くのにかかった時間に差があるということだ。
――自分の感覚とはかけ離れた時間差が存在していた時がある――
 そう思うと、
――ひょっとすると、時間を飛び越えているのかも知れないー―
 などと、今までに考えたこともない思いが頭をよぎる。
 だが、
――本当に考えたことなかったんだろうか?