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「透明人間」と「一日完結型人間」

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 時系列が曖昧な記憶を感じたことが今までにもあったが、これほど最近の記憶の時系列が曖昧だったのは今までにはなかったことだ。自分を納得させるのに、夢の続きを持ち出すのは本当はずるいやり方だとは思うのだが、そうでもしなければ、自分を納得させることはできないような気がした。
 しかし、つい最近のことのように思う昨日のことだが、思い出せるのは部分的なことだった。全体的に思い出せないのに、思い出せることは割合にしっかりしている。
――こんな記憶って、あまりないことだわ――
 彼の顔など思い出せない。彼の向こうから後光が指しているようで、眩しくて見ることができないような感覚だ。まるで神様か仏様のようだが、宗教を信じているわけではない亜衣には、ピンと来なかった。
――私は宗教なんて大嫌いなのに――
 しかし、昨日の男性を思い出してみると、彼の話には宗教的なことが入っていたような気がする。それを亜衣も納得して聞いていたような気がしていたが、それがどんな話だったのか思い出せるわけではなかった。
 次第に、昨日の話が頭の中によみがえってきたが、最初に感じた宗教的な話を思い出すことはできなかった。
 本当は、宗教的な話を最初にしていたのだが、それを亜衣は、
――曖昧に覚えている――
 という意識しかなかった。
 本当なら、
――漠然としてしか覚えていない――
 と感じるはずのものを、逆の感覚で覚えているのだった。
 それは、本当は一度話したことを、彼が意図してその意識を亜衣の中から消したからだった。亜衣はそんなことなどまったく知る由もなく、そもそも消してしまうような話を彼がするはずもないと思うからだった。
 だが、実際には、彼が話の導入部分で宗教的な話をする必要があった。そうでなければ亜衣が彼の存在を認めないと思ったからで、その思いに間違いはなかった。もし、最初に宗教的な話をしなければ、亜衣は彼の存在すら否定していただろう。そう思うと、亜衣が彼との話がついさっきのことだったという意識になったのも無理もないことなのだが、あまりにも直近すぎて、思い出せないこともあった。
 一つのことが思い出せないために、すべてが繋がらない。繋がらないので、記憶が曖昧なのだ。意識が覚えていることを認識している。しかし、覚えていることは、繋がっていない。だから、漠然としか覚えていないという減算法ではなく、曖昧に覚えているという加算方式での記憶となっているのだった。
 覚えていることの一つとして、彼が別次元の男性であるということ、そして、時代というものが我々の世界とは違い、その時々のタイミングによって築かれているということ。そのうちにいろいろと思い出していくに違いないが、その一部で覚えていることは、彼に対して感じた違和感からだった。
「あら?」
 いろいろ考え込んでいるうちにも時間というのは過ぎていくもの。そろそろ布団から起き上がって出勤準備をしないと、その日が始まらない。布団から飛び出るのは、それほど苦にならなかった。頭の重たさは布団から飛び出るのと同時に収まった気がした。
――気のせいだったのかしら?
 余計なことを考えている暇はない。とりあえず、いつもと同じ朝を迎えなければ、今日という日が始まらないと思ったのだ。
 いつものように、コーヒーの用意とトーストを焼いた。それぞれ着替えながらでもできることで、むしろ着替えながらの方がいつものペースであり、それが亜衣の性格でもあった。
――私は、身体を動かしている方が性に合っているのよ――
 と考えていた。まさにその通りだった。
 トーストはこんがり目に焼く方が好きである。コーヒーも濃い目で砂糖のみ、これが毎朝のパターンだった。たまに卵料理を作ることもあったが、その日は時間的に難しかったので、前の日にコンビニで買っておいた一人用のサラダをおかずに朝食を並べた。
 一人の朝食は慣れているとはいえ、たまに寂しいと思うことがあった。そんな時は東側に向いた窓から朝日が差し込んでくる時で、その眩しさが心の中にポッカリと空いた穴を照らすのだった。
 年齢的にはまだ二十代前半なので、結婚を意識することもないと思っていた。彼氏が今までにいなかったわけではない。付き合った男性はすべて大学時代のことで、社会人になってからは、なぜか彼氏がほしいと思うことはなかった。
 それなのに、一日のうちに何度か、彼氏のいないことを寂しいと感じるのだが、すぐに忘れてしまう。だから、全体として彼氏がほしいという感覚になることはないのだ。
 テレビをつけると、いつもの報道番組だった。
「ここ数日暖かい日が続くようで、雨が降るという予報もなく、すっかり春めいてきました」
 と、天気予報士の女性レポーターが話していた。
「何日か前も同じようなことを言っていたわね」
 それが何日前のことだったのか覚えていないが、確かにあれから数日、穏やかな天気が続いた。
 しかし、この時期というのは、そんなにいい天気が何日も続くというのは珍しいことで、そろそろ雨が降ったり、風の強い日があったりするはずだということを認識していた亜衣は、
――今年は異常気象なのかしら?
 と感じた。
「それでは次のニュースです。明日から始まる臨時国会で、政府に対する内閣不信任案を野党が全会一致で可決し、提出される見込みになっています」
 というニュースが聞こえてきた。
――あれ? 内閣不信任案はこの間提出されて、国会で否決されたはずでは?
 と感じた。
 おかしいと思いながらニュースに注目していると、今度は、
「心臓病を患って入院していた俳優の山口哲治さんが、病気療養から立ち直り、昨夜退院していたことが、当社の取材で明らかになりました。山口さんは奥様に付き添われ、病院のスタッフから祝福されて笑顔で退院され、今後は自宅療養を重ねながら、通院によるリハビリを続けていくということです。よかったですね」
 と、笑顔で朗報を報じていた。
――この話も確か以前に聞いていたような気がする――
 ビックリして、テレビの下に小さく写っている日付と時間を見たが、ちゃんと自分の認識している日付になっていた。
 ホッとした亜衣は、テレビを見ながら、腰を下ろし、コーヒーを一口口に含んだ。
――でも何かおかしいのよね――
 ふと気になったのが、左手首の違和感だった。
 昨日までなかったはずの腕時計が嵌っている。さっきから違和感を感じてはいたが、昨日の記憶の中に残っている男性のイメージが次第によみがえってくる。
――彼は別の次元から来たと言っていたけど、あの時は、信じたのよね――
 自分がどうして信じることができたのか不思議だったが、信じたことに変わりはない。
 亜衣は、腕時計を見てみた。
「あっ」
 その時計にも日付と時間が表示されていたが、時間はテレビの時計と同じで正確な時間を示していた。しかし、日付は一週間前のもので、その日付を見た時、亜衣の頭の中には、一週間前の記憶が少しずつだがよみがえってきた。
 よみがえってくると、まるで一週間前に戻ったかのように思い、さっき感じた、
――前にも見たことがあるような――
 という思いは次第に薄れていくのだった。