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「透明人間」と「一日完結型人間」

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「確かに創造したことで、目の前に存在しているわけではないあなたと会話しているわけですから、想像しなかったとは言えないでしょうね」
「そうよ。認めたくないという気持ちも分からなくはない。でも、人は誰でも少なくとも一度は、自分の中の自分と会話することができるのよ」
「でも、そんな話は聞いたことがないわ。誰もが夢だと思って口にしないのかしら?」
「そういう人もいるかも知れないけど、でもほとんどの人は、亡くなる寸前に、もう一人の自分と話ができるようになるの。つまりは、段階を追っていかないと、自分と話ができるところまでは行き着かないということではないかしら」
「じゃあ、私ももうすぐ死ぬということなの?」
「そんなことはないわ。もし、そうだとすれば、私は今、段階を追う話をするために、他の人の話をしないはずなの。私たちは表に出る本人に、寿命を知らせてはいけない規則になっているの」
「じゃあ、あなたたちは、私の寿命を知っているということ?」
「ええ、知っているわ」
「何だか、気持ちのいいものではないわね。そもそも、知らせてはいけない規則だって言ったけど、その規則ってどこで誰が決めているの?」
「それは言えないわ。でも、私があなたの前に現われたのは、あなたにとって決して悪いことではないということだけは確かなの。それだけは信じてほしいわ」
「ええ、分かったわ。少なくとも、私にはあなたの言っていることを信じる義務があると思うの。あなたが自分の中の自分だって分かっているからなんだって思っているわ」
「ありがとう。私もそういってもらえて素直に嬉しいわ。私だってここに出てくるのには勇気がいるのよ。あなたが望んだことだとしても、それは私の意志すべてではないんですからね」
「意志というよりも、感情に近いものなのかも知れないわね」
「ええ、私はきっとあなたに比べて感情的なんだって思うの。でも、冷静になれる時は、あなたよりも冷静だって思うわ」
「どうしてなの?」
「それは、あなたよりも自分のことをよく知っているからだって思うの。感情的になるのも、あなたが抑えようとしている感情は、自分をよく知らないところで起こったことには自信がないからなんじゃないかって思うの。だから私は、あなたよりも冷静で、しかも感情的なのよ」
「まるで、あなたの方が表に出た方がふさわしそうだわ」
「それはダメ。私が表に出ると、あなたが私の中の私になるわけでしょう? あなたの感情はやっぱり表に向けられたものであるべきなのよ」
「そうなのかしらね。でも、私は人と同じでは嫌だっていう感覚が強いのよ。なるべく表と接触したくないわ」
「それは違うわ。あなたの感情はあくまでも表と接触しているから感じるものであり、まわりに何もなくなると、張り合いがなくなって、他の人と同じでは嫌だなんて感覚、忘れてしまうに違いないわ。そのためにあなたはまるで抜け殻のようになってしまい、結局、毎日をまったく同じにしか生きられなくなる」
「そうするとどうなるの?」
「あなたは、その一日から抜けられなくなって、永遠にその一日の世界の中で生きていくことになるのよ」
「そんなバカな」
「そう思うでしょう? でもね。だから私たちがいるの。そうなった時に、私たちが表に出て、それぞれの一日を繋いでいくの。その時には、きっと翌日の自分に、自分の意識や記憶は伝授されるんでしょうね。だから自分でも気付かないし、まわりの人も気付かないんじゃないかしら? 私はそうなるんだって思っているわ」
「難しいお話ね」
「あなたのまわりにも、ひょっとするとそういう人がいるかも知れないわね。その人はよく見ると前の日のその人と別人のように感じられるでしょうね。そうなると、さらに他の人を見ても、そんな感じがしてくる。そのうちに誰が同じ人間として次の日を迎えているのか分からなくなるかも知れないわね」
「そんなことを言われれば、これからまわりの人をそんな目で見てしまうことになるじゃない。それって困るわ」
「大丈夫よ。あなたは他の人同じでは嫌なんでしょう? その気持ちがある以上、他の人への意識を必要以上に持つことなんかないのよ」
「私にその思いがあるから、あなたは今日私に話しかけたの?」
「そういうわけではないわ。あなたは覚えていないかも知れないけど、ほら、左腕の手首を見てご覧なさい」
 言われて初めて気付いたが、左腕の手首に違和感があったのは事実だった。
「そういえば、何となく違和感があったのよ」
 手首には、締め付けるほどの圧迫感があったわけではないが、見覚えのない腕時計が嵌っていた。
「そうでしょう? でも何となく意識はあったはずよ」
「ええ、でも、どうして腕時計なんて」
「覚えていないの?」
「ええ、でも、腕時計を一度目にすると、しばらく目が離せなくなりそうなの。初めて見るはずのものなのに……」
「初めて見るはずのものではないのよ。本当に覚えていないの?」
「ええ、もし見たとすれば、かなり昔に見たような気がするの。どうしてなのかしらね?」
「じゃあ、意識の中には、以前にどこかで? というものがあるのね?」
「それが意識の中にあるのかどうなのか分からないのよ。あなたは私の中の私なんだから、それが意識なのかどうなのかって分からないの?」
「私はあくまでも、あなたの中の一部でしかないのよ。あなたが感じている意識があなたの一部なわ、私はそれと同じラインにいるようなものだわ。だから、私には意識という感覚がないのよ」
 亜衣は、まるで自分の意識と話をしているような気分になり、不思議な感覚に陥っていた。
――誰もいない部屋で鏡に向かって話しかけている――
 まるでそんな感覚だった。
 自分の中の自分と話をしていると、急にアラームの音が響き、我に返った。目覚ましに気が付かなかったわけではなく、想像以上に早く起きただけだった。ビックリして我に返ってしまったせいで、さっきまで話をしていたと思っていた自分の中の自分を感じなくなっていた。
――あれは夢だったんだろうか?
 自分の中に、もう一人自分がいるという感覚は日ごろからあった。しかし、実際に話をするなど想像もしていなかったことであり、まさか考えが違っていたり、自分の認識の中にはないことを考えているなど、思いもしなかった。夢だと思うのは無理もないことであり、まだ亜衣は夢心地が抜けていないようだった。
 亜衣は無意識に腕を見た。
「あら?」
 普段していないはずの腕時計が左腕に嵌められていたからだ。
 まず最初に、さっきの自分の中の自分の言葉を思い出した。
――確かに違和感があったわ――
 というのを思い出すと、今度は、昨日(だったと思うけど)公園に現われた男性を思い出した。
 そしてその二つを思い返してみると、昨日のことがまるでさっきのことのようで、自分の中の自分と話をしたのが、かなり前のことのように思えた。
――まだ夢の続きのようだわ――