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「透明人間」と「一日完結型人間」

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「時代と仰られましたが、時代という定義は私たちの考える時代とは違っているんですか?」
「ええ、少しでもタイミングが合わなければ、他の世界から見た場合、時代というのは、違っているんですよ。あなたたちの場合は、権力者が変わったり、政治体制が変わらないと、時代が変わったという認識がないですよね。それは、きっとあなた方が僕たちの世界を見ても同じかも知れません。そういう意味では次元が違っていると、同じ人間でも、種類の違う人間に見えるのかも知れませんね」
 時代という単位の小ささが自分にどのような影響を与えるのか、亜衣にはハッキリとは分からなかった。
「瞬間瞬間を時代として捉えるのは究極なのかも知れませんが、何となく分かる気がします。でも。あなたが私を選んだ理由としては、まだ納得のいくものではないんですよ」
「そうでしょうね。でも、次第に分かってくると思います。これに関しては、あなたでなくとも、環境に馴染んでくると、自然と分かってくるものではないかと思っています。そういう意味では安心されてもいいと思います」
 まるで、長いものに巻かれているような気がしていたが、確かにこの際、彼がいうように、自分だけではないというのは、心強く感じられる。他の人と同じでは嫌だという感覚と矛盾しているかも知れないが、相手が得体の知れないものであれば、それも致し方のないものに思えてきた。
 それだけ不安が募ってきているのか、弱気になっているのではないかと思えてきた。そのためにも少しでも彼の話を理解しなければいけないという思いも強く、今、自分が全体の中でどれだけ理解しているのか見えないことが一番の不安だった。
 そのことは彼にも分かっているようだった。
「あまり不安にならなくてもいいですよ。亜衣さんは僕の話にこれほど理解を示してくれていて、キチンと自分の意見を言ってくれているのだから、僕は亜衣さんを選んでよかったと思っています。一つ気になるのは、今僕が目の前にいて話をしているから理解できているのだと思いますが、僕が目の前から消えてしまうと、夢だったのではないかと思うのではないかということです。普通の人であれば、きっと夢だとしてすぐに忘れてしまうのでしょうが、亜衣さんは、気持ちの中に燻るものが残ってしまい、気持ち悪く思うかも知れませんね」
「そうなんです。私もそれが心配なんです」
「僕が今日お話できるのはここまでなんですが、また近いうちにあなたの前に現われることになります。その時に、夢だと思う気持ちがずっと残ってしまっていれば、あなたに悪いと思いますので、僕があなたの前から姿を消して、あなたが普段の意識を取り戻した時に、腕を見てください。普段していないはずの腕時計をしていると思います。その時計は僕からのプレゼントです。でも、その時計は特殊な時計で、僕がいない時はこの世界の時刻を性格に刻んでいますが、僕が現われると、僕の時代の時間を表すようになります。だから、あなたがこの世界でのいつもの意識を取り戻した時、腕を見てください。その時計が僕とあなたの接点になっていますからね」
 そういって、彼は亜衣の左腕を指差した。亜衣の気付かない間に手首には腕時計があり、なぜか嵌っているというような違和感はなかった。重さを感じることもなく、ずっと以前からしていたような感覚になり、不思議だった。
「それじゃあ、また」
 と言って、彼は夕闇に包まれて消えて行った。
 亜衣はその場に取り残されたのだが、亜衣の姿も、しばらくすると、彼と同じようにスーッと闇の中に消えて行ったのだ。


                  一日完結型

 亜衣が目を覚ましたのは、自分の部屋の布団の中だった。
 普段は目覚まし時計で目を覚ますのだが、その日は、部屋に差し込んでくる朝日で目が覚めた。目覚まし時計は、朝日が差し込む前に鳴るようにセットしてあったので、その日は目覚ましをセットし忘れたのだろうか?
「う〜ん」
 両手を精一杯に上に上げて、背筋を伸ばしながら、身体を起こしている。いつもの目覚めと変わらない目覚めだった。
「何だか、頭が重たいわ」
 亜衣は、普段に比べて頭が重たいことで、普段と目覚めが違っていることを意識していた。
 昨日のことを思い出そうとしていた。
――確か、友達の家に行って、いろいろ話をしたのは覚えているんだけどな――
 それから、
「泊まっていけばいいのに」
 という気遣いを制して、
「いえ、今日は帰るわ」
 と言って、彼女の部屋を後にしたのも覚えている。
 その時、何となく後ろ髪を引かれる思いがした。
――もっといろいろ聞いてあげればよかったのに――
 という気持ちもあったが、そこにいづらいという気持ちがあったわけでもなく、家に帰ってから何かをしなければいけないという気持ちがあったわけでもない。別に泊まってもよかったはずなのに、どうして帰ろうと思ったのか、そんなに頑なな何かがあったわけでもない。今から思い出しても、そこに何があったのか、よく分からなかった。
 友達の話を聞きながら、その時自分が何を考えていたのかを思い出そうとしたのだが、なぜか思い出せない。ただ、感じることは、
――昨日のことは、本当に昨日だったんだろうか?
 ということである。
 なにやら禅問答のような感覚だが、では昨日のことではないとすればいつのことだというのだろう?
 亜衣は自分に問うてみた。
「昨日のことが昨日ではないとすると、今日は何なの?」
 その答えは出るはずもない。自分の中で疑問に感じた自分には、昨日、今日という概念がなかったのだ。
――どういうことなのかしら?
 と感じた時、自分の中の自分が答えてくれた。
「私は、昨日の私ではないのよ。今日の私なの」
 それを聞いて、いや、感じて、何を言っているのか分からなかった。
「だから、昨日の私ではないと言っているのよ。昨日の私は別人なのよ」
 なるほど、自分の中の自分は、その日だけの自分なのだ。表に出ている自分だけが、日付が変わっても同じ自分なのだが、自分の中の自分は、日付が変われば、違う自分になってしまうのだ。
「じゃあ、昨日の私はどうなったの?」
「消えてなくなったんでしょうね。だから、今の私も今日という日が終われば、消えてなくなっちゃうんじゃないのかしら?」
「私にはよく分からない」
「だって、私たちのような存在があるからこそ、表に出ているあなたに、一日一日という感覚があるのよ。もし、この感覚がなければ、あなたは同じ日を繰り返すことになるんじゃないかしら?」
「えっ、私は自分の中の自分の存在を意識したことはあったけど、まさか一日で入れ替わっているなんて想像したこともないわ」
「それは、ウソ。だって、想像しなければ、私たちがあなたの前に現われるということはないんですよ」
「私たち?」
「一日一日で違う私だって言ったでしょう? 明日もあなたが想像すれば、明日のあなたが現れるということよ」
 亜衣は、目の前に鎮座している人と話をしているわけではない。自分の頭の中で想像した相手と話をしているのだ。つまりここまで来ると、想像したわけではなく、創造したのである。