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「透明人間」と「一日完結型人間」

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 と言って微笑むと、彼女は同じように微笑んでくれたが、その表情は、心から微笑んでいるようには思えなかった。
 それを見て、亜衣は自分の思いを話した。
「自分が読んでいた漫画が、テレビアニメ化されるというので、楽しみにしていたんだけど、実際にアニメ化された映像を見ていると、どこか面白くないのよね。どうしてなんでしょうね」
 と聞くと、
「それはきっと、亜衣ちゃんの想像力が、映像の力に及んでいないからなんじゃないかしら?」
「どういうこと? それって逆なんじゃないの?」
 と言うと、
「ほら、亜衣ちゃんはちゃんと自分で分かっているじゃない。そうなのよ。亜衣ちゃんの想像力にアニメの方がついてこれていないのよね。でも、それって、誰もが感じることなのよ。漫画から入った人は皆、映像を見て、どこか物足りないって思うものなの。そしてその時に感じるのは、自分の想像力に、映像がついてこない。つまりは、映像の限界のようなものを感じるんじゃないかしら?」
「ええ、確かにそうだわ」
――彼女は何を言いたいんだろう?
 という思いを感じながら、彼女の言葉を待っていた。
「でもね、亜衣ちゃんは、自分の中で矛盾を感じていることに気付いていないのかも知れないけど、亜衣ちゃんは他の人と同じでは嫌だって思っているのよ。だから、私に『どうしてなんでしょうね?』などという質問をしてきたの。私に認めてもらうことで、同じことを考えていても、他の人よりも先に進んでいると思いたいからなのね。でも、それも結局は他の誰もが感じていることなので、五十歩百歩、そんなに違いのないことなのよ」
 亜衣の期待している答えとは違い、実に冷たくいい放たれたような気がした。しかし、同じ冷徹に見えても、冷静さが救いになることもあるようで、言われて初めて気づくことがあることを教えてくれた。
――本当は私だって分かっているのよ――
 と感じながらも、それを否定する自分がいる。
 そんな自分をも含めて見てくれている彼女は、他の人にはない心に触れる心地よさがある。それが暖かさに勝るとも劣らない感覚に、亜衣は彼女だけを親友として、小学生時代を過ごした。
 まだ思春期にはほど遠い頃だったが、子供とはいえ、そこまで考えていた自分を、亜衣は、
――あれって本当に自分だったんだろうか?
 と感じるほどだ。
 あの時の自分は、思春期を迎えると鳴りを潜めてしまったような気がする。急にいろいろなことが不安になり、まわりの人が皆自分より優秀に見えてきたのだ。それまでの亜衣は、
――他の人よりも自分は優れているんだ――
 と思っていた。
 それは、その時の親友がいたからだ。彼女が自分のそばにいてくれるだけで、自分は他の誰よりも優れていると思っていた。唯一親友とだけは、甲乙つけがたいものであり、それでも彼女よりは劣っているとは思っていなかった。
 それなのに、理由もなく、まわりの皆が優れているように思えてくると、それまでの自分の中にあった基盤のようなものが音を立てて崩れていくのを感じてしまった。
――どうしてなのかしら?
 一旦不安に感じてしまうと、不安が不安を増幅し、
――募ってくる――
 などという言葉では片付けられないほどになっているようだった。
「これが思春期というものなのよ」
 と親友から言われると、
「あなたも、そうなの?」
「ええ」
 その言葉を聞いて、亜衣は急に我に返った。そして、不安の原因などもうどうでもよくなってきた。後は五月病になった時に思い出したような「負の連鎖」に陥ることになるのだが、そのせいもあってか、親友とは距離を置くようになった。
 これが、今、亜衣が思い出した記憶だった……。
 五月病に罹った時に思い出した記憶とは違っているかも知れない。しかし、違っている中でもその時々に思い出す内容の真髄に変わりはないだろう。
 自分だって、過去の記憶に曖昧なところがあるのだ。それをまったく今まで知らなかった相手を調査したからと言って、どこまで分かるというのだろう。予備知識として知っておくことは大切な場合もあるだろうが、下手な先入観に繋がってしまったり、誤解してしまったまま出会ったとすれば、そこから先は、
――交わることのない平行線――
 を描くことになるのかも知れない。
 それを思うと亜衣は、、
「あなたのことを何も知らない」
 と言った彼のその言葉に、暖かさを感じていたのだ。
「あなたとは、前から知り合いだったような気がするわ」
 と、亜衣は彼に対して口にした。
「僕もそんな感じがしていたんだ。でも、この言葉を口にするのは、偶然に出会って、そこに運命を感じた時に使う言葉のような気がして、少し気が引けていたんだ。言葉に出してしまうと、何だか軽く感じられてしまうのは、僕だけなんだろうか?」
 亜衣は、彼のその言葉を聞いて、さっきまでの自信に溢れていた雰囲気が少し変わってきたのを感じた。
――まるで、子供のような素直さ――
 彼には最初から素直さを感じていたが、それはあくまでも、自分から見て、たくましさが感じられる素直さだった。それまでに感じたことのないたくましさの中の素直さ、そちらの方が違和感があるはずなのに、今感じている子供のような素直さは、今までに感じなかった彼に対しての初めての違和感のように思えた。
――どうしたのかしら?
 それはきっと、
「前から知り合いだったような気がする」
 と言った言葉が、自分の意思から出てきたものではなく、無意識によるものだったからに違いない。
「亜衣さんは、自分が透明人間になってみたいって思ったことありますか?」
 と、唐突に言われてビックリしたが、考えてみれば、いきなりではない。彼を最初に見た時に、シーソーに乗った透明人間を想像したではないか。
 ということは、
――自分の中で、出会ってからの時間が果てしなく続いていたような気がしているからなのかしら?
 と感じているのだろう。
 さっき感じた、
――初めて会ったような気がしない――
 という思いは、この果てしない時間の流れの中で、どこか中略のような感覚があり、それが最初の頃の彼が、だいぶ前に会ったという感覚に陥らせたのかも知れないと感じたのだろう。
 そう思うと、彼が言った言葉の意味も分からなくはない。
 確かに偶然出会って、そこに運命を感じるということはあるのだろうが、運命的なものではなく、ただ前にも会ったような感覚に感じるのは、それだけ、時間の感覚がマヒするほど、ずっと一緒にいたと思っているからなのかも知れない。
――やっぱり彼は子供のような素直さがあるのではなく、大人になってからも、素直な気持ちが変わっていないということなのかも知れないわ――
 この感覚は、彼の素直さが、
――子供のような素直さではない――
 ということであろう。
 普通の人であれば、大人になってから素直さを持っていたとしても、それは子供の頃の素直さとは違うものである。なぜなら、その間に思春期が存在し、思春期という現象は、子供の頃の感覚をそのまま大人になるまで残しておくほど、生易しいものではないと思っている。