短編集17(過去作品)
今や私の中でその友達の存在感は膨らんでいる。ハッキリと分からない正体不明の存在感だけが膨らんでいるのだ。何とも不気味なことだろう。気持ち悪いと思いながらも、頭から離れてくれない。
そういえば、この間小学校の頃の同窓会があった。
その時にはそういえば幹事の人が、
「皆さん、欠席者もなく、よく集まっていただいて」
と言ってたっけ。皆それほど遠くに行っているわけではなく、地元で就職したり、家の稼業を継いだりしたやつが多いのは聞いていた。それだけに、皆久しぶりなのに、それほどずっと会ってなかったような気がしなかったのだ。
しかしそのことを感じているのは私だけなのだろうか?
他の連中から、その友達の話は一切出ない。そういえば、小学校の時にも疑問に感じていて話さなかったが、他の人がどう思っているか気にはなっていた。しかし、その話がタブーであるかのように誰の口も貝のように堅く閉ざされたままだった。もちろん、そんな中で私一人が話題に出すようなこともしなかった。
あれから何年経ったのか、時間とともに記憶が風化してしまったのかも知れない。しかし、私は違っていた。風化するどころか、最近になってさらに強く思い出すようになった。ひょっとしてトラウマのようなものではないかとまで感じるのである。
「夢というのは恐ろしいもの、忘れようとしていたことをことごとく思い出させてくれる」
そう友達が話していたことがあった。話を聞いた時はそれほど意識などなかったが、小学生の時の夢をよく見るようになってからの私は、その言葉も一緒に思い出すようになっていた。
――夢というのは、潜在意識が見せるものであるとするならば、確実に私はあの時、何かを忘れようとしていたのではないだろうか?
潜在意識という言葉、微妙である。
忘れたいが忘れられず、心の奥底で眠っているもの、いわゆるトラウマというものも潜在意識かも知れない。また、自分の中でまったく意識として出てこず、ふとしたきっかけで自分の意志を超えた形が行動に現れる時があるらしい。そんな時、
「お前どうしたんだ?」
と友達から言われても、
「え? 何がだい?」
まったく意識の外での行動をした時など、この後の会話が続くはずもなく、そのままぎこちない状態で会話を終えなければならないこともあったりした。それがすべて潜在意識のなせる業だとは思わないが、少なくとも自分の意識の外の何かが、私の意志を上回って行動に移させたに違いない。
その両方であることもあるだろう。
――何かを忘れた。だが、いったい何を忘れたいというのだろう?
一生懸命に考えるが、また同じところに戻ってくる。頭が廻っているようで廻っていない。そんな状況が「夢」として作られるのかも知れないからだ。夢というものが潜在意識と深く繋がっているとすれば、その理屈も成り立つだろう。
私がその影に気がついたのは、その日が初めてだった。
日もだいぶ西の空に傾き、遠くに見える山に隠れかけた最後の明るさを醸し出していた時、長く伸びる自分の影を横目に見ながら歩いていた。途中までは正面に見えていた太陽も蛇行した道なりに、影も前に移ってくるというものである。自分の位置からは綺麗に見える影を見ながら、
――これだけ細身なら女性にもモテただろうに――
と考えていたのだ。
私は以前から太り気味を気にしていた。学生時代まではそれほど太っておらず、どちらかというと細身の方ではなかっただろうか? 今まで太ることに関して気にしたことはなく、食事に関してもそれほど気にする方ではなかった。
学生時代、スポーツをするでもなく、ただ歩くのが好きな方というだけで、歩く分には駅から自宅までバスでも少し掛かるところを平気で歩いて帰っていたりしたものだった。
――私は太る体質じゃないんだ――
勝手にそう思っていた。
実際今までに太った記憶もないし、周りから言われたこともない。しかし、あれはいつからだっただろうか? 女子社員の噂話を偶然耳にした中で、
「うちの会社、最近肥満の人が目立ってきたわね」
と普段おとなしい女性が一言いうと、
「そうなのよ、課長だけが目立ってたんだけど、最近はそうでもないみたい」
と新人のOLが口を挟む。給湯室での話題などロクなものではないだろうとも思っていたが、新人がへらず口を叩けるくらいなので、相当乱れていることはそれだけでも十分に分かった。
数人候補が上がった中で、
「緒方さん、あの人も最近気になってきたわね」
今まであまり喋らず控えていた「お局さま」のまるでドスの効いた重低音の声が私の耳に飛び込んできた。それが他の人ならそれほど気にならなかっただろうが、彼女の言葉には仕事上、かなり説得力があるため、どうしても気になってしまう。
――そうか、そんな風に見られていたんだ――
少なからずのショックを受けた。ひょっとしたら社内恋愛くらいあるかも知れないなどと淡い期待をしていた自分が一気に情けなくなった。
どちらかというと肥満という言葉を蔑視していたところがあるためか、その嫌悪感にはさすがに参っていた。
――しかし、そこまで気にするほどではないのでは?
という思いも半分はあり、そのためか、次の日にはさらりと忘れていた。
――俺のいいところは、割り切りのいいところなんだろうな――
そんな風に考えることがある。確かに落ち込むと酷い時もあるが、「熱しやすく冷めやすい性格」と自覚していることもあってか、それほど尾を引くこともない。ただ、肥満に関しては、時々気になって落ち込むことはあった。それゆえ、短気といわれるゆえんがそこにあるような気がする。
肥満と短気、どこかで結びついているのだろうか? 肥満を気にし始めてから釣りが好きになったような気がする。それほど気にはしていなかったが、今思えばそんな気もするのだ。
だが、そういえば一度女性と付き合ったことがあるのだが、それは肥満を気にし始めてからだったような気がする。
あれは大学時代のまだ遊びたい頃だったから、二十歳になる前だった。
私が変わったのは二十歳になってからである。確かに三年生になり、学校が忙しくなると、それなりに変わった気がする。だがそれも二十歳の時に変わっていたので、それほど苦になることもなくスムーズに変わることができた。二十歳になって何が変わったというわけではない。成人式にしてもただ出席しただけだった。
その日に皆で同窓会をやったっけ。小学校の頃の友人が中心で、昔の話に花が咲いて、私もその日はすっかり小学生時代に戻っていた。その時に例のかくれんぼの話が出たかどうか定かではないが、少なからずあったような気はする。皆それぞれ顔が「大人」になっていて、女性もきれいだった。そんな中で小学校時代の話をするのはなんとなく違和感があったが、じっと見ているうちに顔が小学生の頃の友達に見えてくるから不思議だ。
話に花が咲き、饒舌になってくるのが自分でも分かってくる。
「お前彼女できたのか?」
「ああ、一応な」
「その言葉久しぶりに聞いたよ」
作品名:短編集17(過去作品) 作家名:森本晃次