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短編集17(過去作品)

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 正直そんな感じを受けたのだ。
「いやいや、本当にないんだよ。いつも無表情で、君との話の時も真剣な顔しかしていないからね」
 確かに話の途中は、まるで目の玉が飛び出しそうなくらいに興奮した、真剣な面持ちである。だが、話を始める前のシゲさんの顔には穏やかさを感じ、それほどの緊張感も感じない。
「もちろん話を始める前だよ」
「話を始める前の顔はいつも無表情じゃないかい? 君だけは違う顔に見えるって言うことなのかな?」
 話を聞いている限りその通りである。真正面から見ている表情と横から見ている表情とでは、明らかに感じ方が違うだろう。普通に正面に対峙して話をしたことのある人なら、イメージが沸くはずなのでそれほどの違いを感じないはずだろう。しかし確かに他の人がシゲさんと面と向かって話したところなど見たことがないし、考えてみれば想像したことすらなかった。
「そうなのかも知れないですね」
 半分認めたくはなかったが、認めざるおえない状況でもあった。それだけ、シゲさんに対して皆不思議な思いがあったに違いない。かくゆう私もシゲさんに対して「神秘性」を感じているのは確かで、ひょっとしてある意味「神秘性」という意味で波長が合うのかも知れない。
 シゲさんが少しいつもと違うと思い始めたのはいつからだっただろう? いつものように同じ時間にやってきてはコーヒーを飲みながら私に話しかけてくる。いつもと変わらぬ行動だった。しかし、私にはいつもと同じシゲさんだとは、どうしても思えなかったのである。
 きっとまわりの人には気付かなかっただろう。気にしているように見えるのだが、内心ではなるべく「考えるのはよそう」と思っているはずである。私のように波長の合う者でなければ、ただ疲れるだけの人だからである。
 その日のシゲさんには少し落ち着きが感じられなかった。まわりの目が気になるのか、視線に落ち着きがない。まわりを見ないようにしている素振りがバレバレで、キョロキョロとしたことのないシゲさんだけに、少しのリアクションでも大袈裟に見えてしまう。
 いつもであれば、間髪入れない話し方に圧倒されるかのような私だったが、少しまわりを見る余裕があった。すると、今まで感じなかったまわりの視線を感じるのである。その視線はシゲさんに向けられているものではなく、明らかに私にだった。なぜ私に向けられるのか分からないまま、まわりを見てみた。
――おや?
 まわりの視線はやはり私に集中している。しかも視線を向けている人たちは皆微動だにしていない。まるで金縛りにでもあったかのように私に視線を向けたまま、まるで凍りついてしまったかのようで、少し気持ち悪い。
 中には口をポカンとあけた、何となく情けない表情の者や、じっとこちらを真剣な表情で見ている人と、さまざまな表情が見受けられるが、一様に私を見つめたまま、固まってしまっているのだ。
――こんなことってあるのだろうか?
 私は背筋に言い知れぬ寒さを感じた。ゾッとしてしまって出てくる冷や汗を感じるのだが、ゾクッとするような冷たさしか感じない。シゲさんのことよりも、まわりのことが気になってしまって、それ以降、シゲさんとどんな話をしたのか覚えていない。時間の感覚などもすでになく、話に対して、ただ相槌を打っていただけだったに違いない。しかし話はいずれ終わるもので、気がつけば終わっていた。もちろん話の内容など覚えていないので、どういう終わり方をしたかなど、分かるはずもなかった。
 私は何か言い知れぬ不気味さを感じた。そしてそこから一刻も早く立ち去りたいという思いだけが強く、気がつけば小刻みに震えているのを感じていた。もちろんその震えがどこからくるものなのかも分からない。ただ、原因はどうやらシゲさんにあるのだろうということだけはおぼろげながら分かっていた。
「今日はそろそろ……」
 ここまで切り出すのにどれだけの時間が掛かったであろうか。
 シゲさんは相変わらずの無表情で頷いただけだった。却って気持ち悪く感じるほどで、明らかに感情が表に出ていない。
 いつものような後ろ髪を引かれるような思いはなかったが、
――本当にこのまま帰ってもいいのだろうか?
 という思いがないわけでもない。
 それはシゲさんに対する遠慮ではなく、自分自身が本当にこれでいいのかという後悔の念に近いものを感じたような気がしてならない。
 そういえば、昔はよく考えたものだ。
――話を中途半端に終わらせると、何か良からぬことが起こりそうな気がする――
 確かに気分的に気持ちのいいものではない。しかし一刻も早く立ち去りたいとまで思ったことのない私にとっての会話は未知数であり、その「良からぬこと」にしても未知数なら、本能的に逃れようとするのも無理のないことである。私は躊躇することなく、席を立った。
 私は買い物をする時でも少し変わったところがある。
 万単位の買い物をする時であれば、あまり迷うことなく買うのであるが、数千円の服を買う時には、なぜか迷うことが多い。店で一時間も二時間も迷っていることもしょっちゅうで、それも自分の性格なのだろうと割り切っている。
 万単位の買い物をする時は、あらかじめ決めていくことが多いからだろうが、数千円のものに対しては、使った後のことまで考えてしまうのだ。高額な買い物は最初からお金を使ったものとして考えているからに違いない。
「お前は変わってるな」
 毒舌な友達から言われることもあるが、最初はそれについて弁論の余地はなかった。自分でも分かっていなかったからである。しかし最近はしっかりと説明できる。それだけ自分の性格を把握してきたからだろうと自負している。
 シゲさんの表情は相変わらず無表情だ。そういえばシゲさんの他の表情を今までに見たことがない。もちろん、他の表情を想像したこともないので、無表情が板についていて、違和感がなかったのかも知れない。
 しかし今日は少し違う。目を瞑れば寂しそうなシゲさんの表情が浮かぶのだ。それは今までに見た他の人とも違う表情で、一見してそれが寂しい表情だとよく分かったものだと我ながら感心してしまう。あくまでも無表情な中に現れた表情で、普通見ただけなら感情が感じられない表情なのかも知れない。眉が微妙に動いたり、目の焦点が少しずれていたりと、知らない人なら分かるはずもない微妙なところだ。
 だが、目を開けると同じ表情をしているではないか。しかし目を開けて見ている分にはそれが寂しさの表情とは、どうにも想像できるものではない。背景やまわりの雑踏から雰囲気が打ち消されているのだろうか? 目を瞑って想像する限りでは、真空状態にある中で、集中力が削がれることがない。元々集中力の欠如を感じている私でも、目を瞑って想像することができるのだと教えてくれたのもシゲさんだった。
 後ろ髪を引かれる思いでやっと店を出た。かといってこれから会社に戻るには少し早すぎるかも知れない。ぼんやりとしながら、とりあえずゆっくり歩いてみることにした。
――こんな気分になるなんて久しぶりだな――
作品名:短編集17(過去作品) 作家名:森本晃次