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短編集17(過去作品)

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 悪循環を繰り返す時ほど、悪循環を感じていないものだ。なぜ喉が渇くのか分からずにただ飲んでいる。飲みたいから飲んでいるのであって、完全に本能だけの行動だ。
 店への階段を見た時、
――ここまで急だっただろうか?
 と感じたのは、その長さにもあったのかも知れない。前は田代の後ろをついていくだけで、待合室まであっという間だったような気がしている。待合室もこれほど狭かっただろうかと感じるほどで、まるで初めてきた店という雰囲気だ。
――まるで昨日のことのようだ――
 と待合室を見渡して感じるのだが、イメージは完全に違う店だ。
「いらっしゃいませ、どなたかご指名ですか?」
 この間のように、小さいが部屋に響くような声で店員が私に聞いた。その声はあまりにも落ち着いていて、心臓の鼓動が激しかった私も、
「まいさんをお願いします」
 と告げた。自分でも不思議なくらいの落ち着きだった。
――これでまいに会える――
 と思ったのも束の間、返ってきた答えが、
「まいはやめました」
 私は言葉を失った。目的はどうであれ、まいと話ができることは信じて疑わなかったのである。
――どうしてなんだ? あれから何日も経っていないじゃないか――
 こういうお店では、これほどまでに入れ替わりが激しいのだろうか? もしそうだとするならば、やはりまいも風俗の女性、他の人とは違って、私の中でまるで恋人のような考えていたのは間違いだったのだろうか? 途方に暮れていたが、
「どうされますか? お客さん」
「え? あ、じゃあ誰でもいいです」
 と答えてしまった私も優柔不断である。体は正直なのか、それともまい以外の女性とも話してみたくなったのだろうか?
 待っている間は複雑だった。まいではないことへの、誰にぶつけていいか分からない憤りに戸惑いながら、胸の鼓動はしっかり感じる。待合室という独特の雰囲気の中で、私は何を考えていたのだろう?
 誰もいない待合室、一人だけで助かったという思いが強い中、何をしていいか分からない戸惑いもあり、正直手持ち無沙汰であった。しかしそんな時間が長く続かないのは分かっていたので、とりあえず雑誌を見ていた。
 やっと精神的に落ち着いてきたその時、
「フリーのお客様、どうぞ」
 そう言って私を招く。フリーのお客様って、他に誰もいないではないか。
 喫茶店などに行ってもウェイトレス同士で、威勢のいい掛け声を抱いているイメージがある。マニュアル化されているのだろう。
 そこまで冷静に考えられる自分が不思議だった。しかし考えてみればここで待っていたこの間がまるで昨日のように感じるのである。さすがに最初とは違って落ち着いて当たり前だとも思える。
 この間と違う部屋の前に店員は立ち、
「ゆかさんです、どうぞごゆっくり」
 とそういって、私を部屋の中に招き入れると、扉を閉めた。目の前に鎮座して頭を下げている恰好はこの間のまいにそっくりである。
「いらっしゃいませ、ゆかです。よろしくね」
 そう言って顔をあげるゆかは、まいに比べて数段綺麗な女性だった、まるでグラビアに出てきそうな女性であまりにも間近にいることが信じられないほどだった。目は完全に二重でくっきりしていて、顔立ちもはっきりしている、唇もおちょぼ口で、大人しいというより落ち着いて見える風情は、どこかのお嬢さまを思わせる。
 すべてがまいと違って感じた。少し気の強そうな雰囲気のゆかに比べ、いつもオドオドしていそうな雰囲気のあるまいの方が、この店の雰囲気には合っていないような感じがするくらいだ。服を脱がせてくれる手際よさもすべてが手慣れていて、どうしてもぎこちなかったまいと比べてしまう。そこにはこの間が初めてだったという思いもあるのだが、贔屓目にみても、やはり違っていた。
 テクニックも会話の引き出し方も、何から何までゆかにリードされっぱなしだった。
 今から考えれば、まいとの会話は彼女の雰囲気が、私に言葉を出させていたのかも知れない。
――私からも何か話さなくてはいけない――
 と思わせる何かがあった。そこにまいの素朴さを感じ、完璧なるがゆえに何となくの物足りなさをゆかには感じたのだ。
「まいちゃん、やめちゃったんだね」
 ゆかに聞いてみた。
「ええ、あの娘、きっと合わなかったのね。指名も少なかったし、あまり自分から話そうとするタイプじゃないのよ」
 少し複雑だった。私との時は自分から話をしてくれた。それは私が初めてだということで、無理してでも話してくれたのだろうか?
――いや、きっと相手が私だったから話してくれたんだ――
 そう思いたかった。静かで控えめな女性ほど、自分に合った人に対しては尽くそうとするのではないだろうか? それがまいに対する私のイメージである。
 すべてが終わり、
「私は、ゆかね。また今度いらした時は私を指名してね」
 軽くほっぺにキスをしてくれた。まいと同じであった。しかしまいとは何かが違う。店を出る時は完全に興奮は収まっていた。
――きっと、ゆかを指名することはないだろう――
 普通に遊びにいくにはいいかも知れないが、当分顔を出そうとは思わない。興奮の代わりに私には言い知れぬ後悔が襲ってきた。それは精神的な後悔と金銭的な後悔であった。
――まいに会いたい――
 その思いを強く店に残してきたのだ。
 入った時と出てきた後ではまるで別人になってしまったような気がする。それでも身体だけはしっかり満足してしまっているその時のアンバランスさは、しばらく頭に残っていくだろう。
 しばらくは、やはりその店へ顔を出すことはなかった。
 仕事が少し忙しくなってきた。
 仕事が忙しくなったのは私に幸いしたのかも知れない。決してまいを忘れることはなかったが、身体の方にそれほどのストレスは溜まらない。
 適度な仕事が身体に的確な刺激を与えてくれたのだろう。元々嫌いな仕事ではない。下手に暇になった方が、きっと余計なことを考え、自分に甘えを生むような気がする。忙しければ寂しさなどを味わう暇もないだろう。
 そんな頃であった。会社でも人手が少し足らないということになった。かといって正社員を雇うほどの余裕のある会社ではない。少数精鋭で細々とやってきたいわゆる零細企業なのだ。
 募集は広告や新聞にかけているらしい。そういえば、新聞の求人欄で見た覚えがある。どちらにしてもスタッフが少しでも楽になればそれは有難いことだ。
 私はどちらかというと立案から作成まで一人でやってきた。それで満足していたところもあり、一人でやると効率はいいのだが、間違いがないとは言えない。誰かが途中に入ってチェックしてくれれば防げることもでき、一人だとそのまま通ってしまうのだ。それが恐ろしい。
「来週から一人女性が来てくれることになった。皆よろしくな」
 人事関係を引き受けている課長が金曜日の帰り際、皆に告げた。
「おい、女の子だってよ。楽しみだなぁ」
 そんな声も聞かれる。ここは事務員といっても四十を過ぎた主婦が二人いるだけで、あとは男だけの職場だった。しかも事務員は昔からいるので、ベテランであるがプライドも高い。要するに「お局様」が二人もいるというわけだ。
作品名:短編集17(過去作品) 作家名:森本晃次