短編集17(過去作品)
だったり、
「親や兄弟はこの職業を何て言ってるの?」
などといった、まるで身辺調査のような話は禁物だということは分かっている。きっといろいろな人に聞かれていてウンザリしているはずだからである。腫れ物に触るようなことはしたくない。彼女にしてみれば、真綿で首を絞められるようなものだろう。
そんなことを聞く人は悪気はないのかも知れない。女性と二人きりになり、会話もないままの息苦しさを何とかしようとやっとの思いで口にしてのことだろう。同情の余地はあるだろうが、私にはやはり彼女たちの方が、相当気の毒に思えてならない。そんな気持ちだけは持ってここにやってきたのだ。
そんなことを考えながら彼女を見つめていると、
「お客さん、優しそうですね」
ふいに彼女から言われた。
「え、そうですか? 嬉しいです。本当は女の子とお話ができるようにということで、友達がここに連れてきてくれたんです。まぁ、恋の悩みってやつですかね」
そういいながら自分でも表情が和らいでいくのを感じた。さっきまでの緊張した表情とはまったく違う。自分が最初はうまくいくのに、ある程度まで来るといつも決まって別れを告げられる同じパターンを繰り返していることに悩んでいるのを話した。
「私にはそうは思えないんだけどね。確かに人当たりがいい感じの方ですわね」
「ありがとう。でも皆同じように私の視線が怖くなるらしいんだ」
「あなたは真面目すぎるのかも知れないわね。もう少し落ち着いて女性を見ればいいのかも知れないわ」
「それはどういうことなの?」
「あなたはいつも同じような感じの女性を好きになるでしょう? それもとても真面目そうに見える方をね。それはそれでいいのだけれど、彼女たちはあなたの、社交的なところに最初引かれていると思うの。真面目に見える女性って、意外とプライドが高かったりする反面、怖がりでガードが固かったりするものなの。だからあなたが真剣になれば、こんなはずじゃなかったって思う女性が出てくるのでしょう。そこでプライドが邪魔をして、一人の男性に縛られたくないと思うようになる。そんな女の子って、一旦嫌だと思った男性を好きになるのが苦手なんでしょうね。それでも一人の男性に縛られたくないという本音を悟られるのもプライドが許さない。それでいつも視線が怖いって表現になるんでしょうね」
彼女の話をゆっくり反芻してみた。分かったようで分かりにくい。しかし、何となく袋小路に入り込んでいつも悩んでいたことを思えば、雲間から光が差したような気分になった。
急に彼女に親近感が湧いてきた。考えてはいけないのかも知れないが、普段の彼女や、学生時代の彼女のことをあれこれと想像している自分がいるのに気がついた。私は人を好きになれば、それ以前のその人のことを考える癖がついている。それは決して嫌なことではない。心地よい時間なのだ。
――私の好きになった女性の過去が、変なものであるはずがない――
きっと私にも変なプライドのようなものがあるのだろう。
「ピロリロリロ〜、ピロリロリロ〜」
壁に掛かってある内線電話が響き、一瞬ドキッとしてしまった。彼女はそれを取ると耳に当て、
「はい、分かりました」
と相手に告げる。きっと時間の通知なのだろう?
「まだいいのかい?」
「あと五分らしいの。せっかくのお話だったのに、残念だわ」
その言葉が本心なのか社交辞令なのか、初めての私には分からなかった。しかし、一つだけ確かなことは、
――もう一度来て彼女を指名したい――
と感じたことだ。
――そういえば、彼女の名前は何だっけ?
あまりに夢のような時間だったので、上の空だったようだ。後で田代に聞けば済むことだが、それではバツが悪い気がした。男として情けない気がするのだ。
「はい、これ。私の名刺」
と私の手を握りながら、もう片方の手で包み込むように一枚の紙を渡してくれた。まるで恋人同士のような仕草にドキリとしながら、わたしは自分の心を見透かされていたようで、恥ずかしさもあった。
それは手書きで書かれた手作りの名刺だった。数種類のマジックを使い、カラフルな演出がされており、さらに左上には自分の似顔絵なのか、女の子のイラストが描かれていた。イラストというより漫画っぽい、そこが可愛らしさを誘う。さっきまでのいろっぽさを感じさせないイラストの笑顔が、私に安心感を与えてくれた。
「今度来る時は、まいを指名してね」
そう言って、ほっぺにキスをしてくれた。
――まいちゃんか、名前に似合った雰囲気だったな――
まいは話し上手というより聞き上手に属する女性かも知れない。私のように寂しくなると誰かと話したくなるタイプの男性には嬉しい女性である。さらに仕事だからかも知れないが、その時々の笑顔が妖艶さの裏にある優しさを示しているような気がして仕方がなかった。
私が店の外に出ると、田代が待っていてくれた。
「どうだい、よかっただろう」
「ああ、ありがとう」
「お前が誰かと話したがっているのが分かったから、まいを指名してやったんだが、話はできたかい?」
「時間に制限があったからな、でも楽しかったよ」
「そうか、じゃあ、今度指名してあげるんだな。きっと喜ぶぜ」
そう言って田代とはこの話に一段落つけ、そのまま馴染みの炉端焼き屋へと場所を移動した。すっかり外は夜の帳が下りていて、ネオンサインが眩しく、入店までとはまったく違った風景を私に見せてくれている。
「お前は真面目だからなぁ。本当は恋愛の一つや二つさせてみたいよ」
「なかなか出会いがないからな。学生時代と違って」
しかし気持ちとしてはまんざらでもない。そのうちきっといい出会いがあると信じているからだろう。そんな私の横顔を見つめながら、
「大きな失恋を味わうのも勉強になっていいぜ」
失恋というまでの仲に本当になったことがあるのだろうか?
確かに相手を好きになり始めた頃に、相手が一歩引いてしまって、いつもそのまま別れてしまうという結末が多かった。お互いに好きだったことなど今までにあっただろうか?
片想いも失恋のうちだろうが、大きな失恋ではないだろう。自分のことだけで済むのだから……。
しかしその時に私が本当にそこまで考えていたか分からない。きっと後になって感じることだろう。
――後になって?
まるで堂々巡りをしているようで、酔いの回りが早かった。結局その日はそれ以上話をすることもなく、そのまま別れてそれぞれ帰宅したのだった。
その日はあまり眠れなかったようだった。というよりも何度も目を覚まして、べっとり掻いている汗が気持ち悪く、すぐに下着を着替えた。夢も見ていたことだろう。しかし何となくおぼろげでハッキリとは覚えていない。しかし完全に目が覚める頃に感じた記憶としては、
――夢を見ている夢――
そんなものを見ていたような妙な気持ちになっていた。
得てしてそんな夢を見る時というのは眠りが浅い時に多いのかと思っていたが、どうやら深い時の方が多いようだ。
――私も深い夢の中に入ってしまいそうな予感がする――
確かにその日の出来事は私の中では夢のような出来事だった。「風俗」と聞いただけで毛嫌いし、せっかくのお金を快楽だけのために、
作品名:短編集17(過去作品) 作家名:森本晃次