小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集17(過去作品)

INDEX|17ページ/23ページ|

次のページ前のページ
 

 一階が酒屋になっていてその横にある小さな階段を田代は上がっていく。少し急な階段なので、同じくらいの背丈である田代が長身に見えて何となく奇妙な感じがした。
 上がりついてすぐのところに小さなカウンターがあり、そこにはボーイが構えていた。
「いらっしゃいませ、お二人ですか?」
 ボーイの言葉に田代は黙って指二本を出した。
「ご指名はございますか?」
「僕はえみさん、連れは、まいさんでお願い」
 迷うことなくそう告げると、横で構えているボーイから待合室に案内された。
「少しだけ待つがいいよな?」
「ああ、構わないよ」
「本当はこの時間ほとんど人はいないんだが、用意があるからな」
 そう言って、待合室のソファーに腰掛けた。カウンターの上には雑誌や漫画がぞんざいに置かれていて、本当なら綺麗にラックにしまっておくべきなのだろうが、こういう店の雰囲気では却って目の前の手に取りやすいところにあった方がいいのかも知れない。
 田代は一冊の雑誌を手にとって眺めている。まるで何事もないかのように眺めているように見えたが。
――おや?
 よく見ると田代の雑誌を持つ手が小刻みに震えているのが見えた。今まで威風堂々としていて頼もしさだけを背中に見ながらついてきたのに、さすがに寸前になれば田代も緊張しているようだ。
――田代も人の子なんだな――
 妙な安心感と親近感を感じた。友達だとは思っていたが、今まで田代に感じたことのない親近感だった。どちらかというと一緒にいていろいろ対人関係などの勉強をさせてもらっていて、田代も私からいろいろな雑学やちょっとした教養のある話を聞き出そうとしていたようなそんな関係だった。需要と供給が一致したかのような関係だと思っていたのである。
 壁を見ると、いわゆる本番行為は厳禁という店だった。テレビドラマで見るソープランドのような綺麗さではない。私がキョロキョロしていると、
「とりあえず女の子と二人きりになれる場所だ。君にふさわしい女の子を指名してあげたつもりだよ」
 経験者として、変な意味での尊敬の眼差しをしているかも知れない。ここまできたら最後、腹をくくるしかないのだ。それにしても言葉尻に落ち着きを感じる。自分が経験者だという優越感があるのだろう。
 しばらくするとボーイがやってきて、
「えみさんお待ちの方、どうぞ」
 田代を指差した。
「じゃあ、お先に」
 そう言うと、さっきまで落ち着いて見えた表情が心なしかニンマリと微笑んで見え、頬が赤らめているようだった。きっとどんなに経験を積もうとも、この瞬間はいつでも新鮮なのだろう。
 少しの間一人で待つことになった。
 まだ、他に客がいないのが不幸中の幸いだった。一人での心細さが指先に震えとなって現われる。手持ち無沙汰で雑誌を手に取り読もうとするのだが、焦点が一致していないのか、集中して読めていない。そのうちに気がつけば雑誌を手に持って、あらぬ方向を見つめていることに気付いた。
 思わずカウンターの中を覗き込む。
――こんな私を店員はどんな思いで見ているのだろう――
 と、そんな思いが頭をよぎる。初めてだから仕方がないのだろうが、毅然とした態度でいなければと、思えば思うほど身体に余計な力が入ってしまい、指先の震えが止まらなくなっていった。
 手を握りしめていたら、きっと汗が滲み出ていただろう。しかし、震えのため握りしめることができず、汗は掻いていない。普段緊張することがあるといつも手に汗を掻いていたことを思うと、その日は完全にいつもと違っていた。想像もつかなかった場所に対しての緊張なのか、これから起こるであろうことへの期待と不安からの複雑な心境がそうさせるのか、とにかくいつもの私とは完全に違っていた。
「まいさんお待ちの方、どうぞ」
 いよいよ私だ。最初呼ばれた時、一瞬誰のことか分からなかったが、私しかいないという意識があったことで、それが私のことだと分かったのだ。実に妙な感覚である。
 思わず返事をしようと喉元まで、
「はい」
 と言いかけたが、その言葉を必死で飲み込んだ。なるべく落ち着いた雰囲気でいようと思ったことからで、まるで背伸びをしたい子供時代を思い出した。
 そういえば子供の頃もあまり返事をしない子供だった。その理由は背伸びをしたいからであって、本当は女の子の前などで素直な印象を与えたいと思っている反面、素直じゃない自分が顔を出したりしていた。
 その日の私もきっと素直ではなかったのかも知れない。これから起こる未知の世界へ思いを馳せるあまり、緊張感が素直な自分を封印させているのだろう。
 しかし、そんな気持ちも長くは続かなかった。
「まいさんです」
 店員が、個室の扉を開いたその先に、三つ指をついて鎮座している女性が、下を向いてお辞儀している。そして店員が無言でそのままその場から立ち去ると、それが合図であったかのように女性が顔を上げた。
 紅潮しているかのような頬、少し潤んだような眼差しに、目が光っているようにさえ見える。
「いらっしゃいませ。よろしくお願いします」
 ほとんど下着姿であるにもかかわらず、まるで着物を着ているかのような仕草にアンバランスを感じているのは、彼女の古風な顔立ちのせいもあるだろう。
「初めてなんです」
 思わずしゃべてしまった。
 さっきまであれだけ背伸びをした態度を取っていたのに、どうしたことだろう。思うに彼女に対して失礼があってはいけないと感じたからに違いない。大人の雰囲気の中に、素朴で純情な、
――彼女を欺いたりしてはいけない――
 という思いが無意識に働いたのだ。
 それと、素直に話した方が、彼女も私に接しやすい気がした。背伸びして何も知らないのに、知っているフリをするより素直な方が、きっと何でも話ができる気がしたのだ。
「まぁ、そうなの。じゃあ、私に任せてね」
 そういうとニコヤカに接してくれた。そこに嫌らしさはなかった。それからは服を脱ぎ、シャワーを浴びて、いわゆる彼女のテクニックで快楽を得ることができたのだが、終わってからの私は口を聞く元気を失っていた。
 男性が快楽を放ったあとに待っているのは、いい知れぬ脱力感であった。しかも今回はお金を払ってのこと、罪悪感も襲ってきた。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、少し彼女は私の様子を見ているようだった。
「先にお着替えしますか? まだ、お時間はありますけど」
 一言そう言っただけで、後は黙っていてくれた。
――時間はある――
 ということは「早かった」ということの裏返しでもあった。確かに初めてなので、よく分からなかったというのもあるが、少し男としての情けなさもあった。
 しかし考えてみれば女性と話しをしたくてやってきたのだ。脱力感の中で私はそのことを思い出していた。
 彼女は簡易ベッドの横にある小さな冷蔵庫の中から缶ジュースを出して、私に勧めてくれる。これもサービスのうちなのだろう。お互い一本ずつ開けて、少しだけ口に含んだ。
 お互いの目が合い。彼女が私を見つめている。顔を背けたくなるほど恥ずかしかったが、かなしばりに遭ったかのように、目は彼女を捉えて放さない。
 こういうところでの会話で、
「どうしてこういうことをしているの?」
作品名:短編集17(過去作品) 作家名:森本晃次