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短編集17(過去作品)

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 もう一人の女の子はまだ十代に見えるが、ここで黙々と作業をしているのを見ると、十代としての魅力は感じない。むしろ私に視線を送っている女の子の方が落ち着いて見えるのだが、大人の雰囲気の中にあどけなさを感じ、目が合えば思わず微笑んでしまいそうな感じがする。
 妖艶な雰囲気を醸し出しながら見つめられると、さすがに視線を合わせるのに気持ちの高揚が必要だ。落ち着いた雰囲気もあり、きっと私よりもかなり年上なのだと感じた。
「おいくつですか?」
 いきなり彼女が私に話しかけてくる。
 店内の賑やかな中で、トーンの低い彼女の声が響いた。しかし、きっとその声は私にしか聞こえていないようで、まわりの人は何もなかったかのように私たちのことを気にする人は誰もいなかった。
「二十八歳です。少しふけて見えるでしょう?」
 大学の頃から歳よりもかなり上に見られていた私は、実は歳のことを聞かれるのはあまり嬉しくなかった。
「思ったよりお若いんですね」
 などとずっと言われ続けていたので、また同じリアクションだろうと思っただけでウンザリするのだ。
 しかし彼女は違っていた。
「いえいえ、十分お若く見えますよ。きっと皆さんに老けて見えるのは、知的な感じがするからではないですかね」
 時々、鏡で見る自分の顔があまり好きではなかった。好きになれるところを探すのに一苦労するからだ。嫌いなところはいくらでも見つかるのに、好きなところはなかなか見つけることができない。それでも鏡を見るのは、何とか好きになれるところを見つけようと、半分意地になっているからかも知れない。
 最近、そんな私が少し好きに感じるところは、知的に見えるのではないかと思ったことである。それも以前にはなかったことから、きっと自分の顔が知的に見える年齢に達してきたからだと感じている。そういえば以前、友達に自分の顔があまり好きではないということを話した時に、
「お前はきっと中年になると魅力のある顔になるんだろうな」
 と言われたことがあった。
 友達の意見としては、誰でも一生のうちで最低でも一度は魅力のある顔立ちになる時があるという。若い頃に自分の顔が嫌いな人は、ある程度の年になれば好きになれるんだそうだ。それはきっと自分の理想が変わることがないからであろう。理想に近づいていこうとする意志がある限り、魅力を感じれるはずだという。
「顔はその人の気持ちを最大限に表に表したものだからな。それでこそ表情というんだろうな」
 私も同意見である。確かに落ち着いた雰囲気の精神状態を欲している私は、年を重ねるごとに熟練してくることを願っている。その時の表情の変化をひそかに楽しみにしているといっても過言ではない。
 その時の彼女が、まどかである。
 表情ということでいえば、まどかの表情には絶えず哀愁のようなものが漂っている。普通に話している時はニコヤカで楽しそうなのだが、時折見せる寂しそうな表情を私は見逃さなかった。あまり意識していなければ見逃してしまうであろうと感じたことから、きっと私は最初からまどかが気になっていたに違いない。
 店が暗いので余計に表情を捉えにくい。接客をするまどかにとって都合のいいことだろう。一旦気になってしまった私の頭から、まどかのその時に見せた哀愁の表情が当分消えることはなかった。
 その日はあまり話すことはなかった。まどかを意識していたこともあったのだが、何となく店の雰囲気が静かすぎて私から話すことはできなかった。他の連中は小声で話をしていたが、とても私はそんな気分にはなれなかった。
――ここはやっぱり一人で来るか、アベックで来る店なんだろうな――
 そう思いながら溜息をついたが、その表情を見ていたまどかの顔が一瞬緩んだ。まるで私の考えていることを見透かされたような気がして思わず照れ笑いをする私に、まどかは微笑んでくれた。
「何も語らなくても気持ちが分かり合えるってのが理想なんだよ」
 と、常々友達に漏らしている恋人に対しての理想を、今さらながら思い出していた。
――そうだ、今まで付き合った女性にはそれがなかったんだ――
 付き合い始めはよくても、途中で相手に重荷に感じられてしまう私は、ずっと同じペースで会話をしているに違いない。相手の気持ちの変化に気付くこともなく、相手も私の気持ちの変化にも気付いてくれない。本気なのか遊びなのか、自分でも分からないまま、言葉だけが先行していた。それでは長く続くわけもない。肝心な時に大切な言葉が出てこない私に愛想をつかせた女性もいただろう。
 重荷という言葉で考えてみても、相手と気持ちが通じ合えていればそんな返事にならないだろう。もし付き合いをやめるとしても、もっときつい言い方になったかも知れない。抽象的すぎて私の理解できるところではないのは、きっと相手が気を遣って言葉を選んでくれているからだと思った。もちろん、それも後になって気付いたことである。
 その日はあまり話すこともなく、ただ黙々と呑んでいた。別に楽しくないわけではない、まどかの視線を感じながら呑むのは、それなりにドキドキして、心地よさを私に与えてくれる。
――今度はゆっくり一人で来てみよう――
 と心の中でほくそえんでいた。
 その機会は思ったより早く訪れた。
 仕事も一段落すると次の仕事が入るまでに少し間があるのだ。定時に帰ることができ、久しぶりに明るいうちに会社を出ることができる。西日がまだ眩しい中、歩いていると、建物の影が細長く地面に横たわり、怪しく揺れている感じがした。今までにも見たことがあり、つい最近も見たような気持ちになるのは、それだけ影に対する印象が深かったからに違いない。
 会社の近くは完全なオフィス街で、ビルが立ち並んでいる。そんな中、ビルの谷間にある児童公園を通り抜けて帰ることが多いのだが、久しぶりの明るい時間に、思わずベンチに座ってみたくなった。
 今日は昨日の店に寄ろうと、定時に帰れることが分かってから考えていたのだが、それにしても時間的に早すぎる。たぶん、午後七時くらいが開店時間のはずなので、まだ午後五時過ぎの今はまだ早すぎるのだ。
 スーツ姿のまま公園のベンチに座っているサラリーマンの姿を想像するだけで、本当であれば情けなさを感じている。どちらかというと長身の私がベンチに座ると、ついつい前かがみになってしまい、横から、あるいは後ろから見られると猫背になっているのが一目瞭然だろう。そんな自分の姿を想像できないわけでもないが、たまに座ってビルを見上げたい気分になることもあるのだ。
 今日のように仕事が一段落した時など特にそんな気分になる。本当であれば仕事が一段落し、満足感にあふれているはずなのだが、どうしても物足りなさが残ってしまう。
 仕事が忙しい時に考えること、特に自分のことを考える余裕が少しでもある時は、
――この仕事が終われば、ゆっくりしていろいろな楽しいことを考えたい――
 という気持ちでいっぱいになる。
作品名:短編集17(過去作品) 作家名:森本晃次