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「生まれ変わり」と「生き直し」

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 連絡できないと分かった彼氏であれば、次に連絡してくるところは、旅行先の宿である。もちろん、彼女の友達の連絡先を知っていればそちらに連絡をしてくる可能性もあるが、病院にいれば、携帯電話の電源はオフにしておかなければいけない。そうなると、誰かが宿で待機しておく必要があるのだ。
 宿に直接連絡してくるにしても、友達の携帯電話に連絡してくるにしても、ここにいるのが正解であろう。
 もし、彼がさおりの友達五人全員を知っているとするならば、誰が病院に向かってもいいのだが、先ほどの付き添いを決める時の手筈として、
「私はここに」
 と最初に言い出したのは裕子だった。そして、裕子の肩を抱くようにして、
「じゃあ、私も」
 と言って残ったのが、さつきだった。
 先ほどの話の内容から考えると、さつきの方がいろいろ知っているようにも聞こえたが、そうやっていろいろと考えてみると、さおりという女性と、相手の男性との間のことを一番分かっているのは、裕子のように思えた。ただ、裕子は二人の関係に親密に関わっているのかも知れないが、いかんせんその心境まで理解できていなかったのだろう。表情は冷静を装っていたが、見る限りでは、あまり状況をよく分かっていなかったようにも見えた。ひょっとすると、他人事のようにさえ見えていたかも知れないと感じるほどだ。
「それにしても、先ほどの焼き物工房で見かけた時は、別に何とも感じなかった五人なのに、あれから少ししか経っていないのに、かなり前から何らかの形で関わっていたかのように思える」
 と、感じた。
 さつきと裕子を見ていると、顔が心なしか青ざめているように思えた。特に裕子の場合は最初から青ざめていて、
「普段から目立たない女性を意識してみると、案外と皆、青ざめた顔をしているのかも知れないな」
 と思った。
 青ざめた表情というのは少し大げさかも知れないが、暗いという「負のオーラ」をまき散らせていたことは事実だろう。「負のオーラ」がどんなものかということはあまり意識したことはない。なぜなら「負のオーラ」を気にしてしまうと、自分まで暗くなってしまうのではないかと思い、なるべく目を背けてきたからだ。自己暗示に罹りやすい、修平らしいと言えるのではないだろうか。
 修平は、さつきという女性よりも、裕子という女性の方が気になっていた。確かに「負のオーラ」をまき散らし、今までであれば、
「気にしたくない相手」
 だったはずなのに、今回は最初から裕子のことを見つめていた。
 もちろん、裕子に「負のオーラ」を感じなかったわけではない。最初から「負のオーラ」を感じていたから、顔を見た時、青ざめていると感じたのだ。むしろ今まで「負のオーラ」をまき散らしている人を凝視しなかったことで、その人がどんな表情をしているのか分からなかった。暗いという雰囲気だけがイメージされて、それこそ、のっぺらぼうをイメージしていたのだ。
 だから、裕子を見て青白い顔をしているのが分かったことで、
「今までに『負のオーラ』をまき散らしていた人のほとんどが青白い顔をしていたのではないか」
 ということは思わない。
 ただ、どうして裕子にだけは最初から顔を向けようと思ったのか、そこが自分でも疑問だった。
「旅先だからかな?」
 旅に出ると、開放的な気分になることは往々にしてある。普段過ごしているところとは違う感覚に陥るものだし、今回のように以前に訪れたことのあるところをまた訪れる時というのは、
「懐かしさを感じる」
 という意味で、解放感とはまた違った、時間を遡るという感覚から、次元の違いすら感じさせるものだった。
 裕子には、何かその懐かしさを感じた。
「以前、どこかで会ったことがあったのかな?」
 という思いが頭をよぎる。
 言われてみれば、
「どこかで見たことがあるような気がする」
 と思えてきた。
 しかし、それは、どこかで会ったことがあったのではないかという思いからの連鎖での発想である。
 さらにもう一つ感じたのは、
「懐かしいと感じたのは、彼女の顔を見てのことだろうか? それとも、青白い表情を見ているうちに、どこかで見たことがあると思ったのだろうか?」
 つまりは、裕子自身をどこかで見たことがあると感じたというよりも、裕子を見ていて、かつて青白い顔をした女性を見た記憶の中から、誰か一番印象深い人を思い浮かべて、どこかで見たことがあると思ったのかも知れない。
 裕子という女性をじっと見ていると、さすがに裕子の方も修平の視線に気づいたようだった。
――いまさら気づいた?
 鈍感と言えば鈍感に思えるが、裕子の中に怯えが生まれるのではないかと思っていたが、どうやらそうではないようだった。
――怯えというよりも、助けを求めるような懇願の表情に見える――
 裕子は、青白い顔を修平に向けて、距離はあるが、まともに対峙していた。最初の頃のように、完全に目が泳いでいた時とはまったく違っている。怯えは残っているものの、誰かに助けを求める表情は懇願であり、懇願は修平の中からさっきまで感じていた裕子の中の「負のオーラ」を払拭するものであった。
 それにしても、一緒に話をしているはずのさつきはそんな裕子をどのように感じているというのか。裕子の名前を呼んで、自分の方に意識を戻そうとする意識はないようで、裕子の顔を凝視していたが、その視線の先にあるのが修平だと分かると、何も話すことはなかった。
 どれくらいの時間が経ったのだろうか? 修平の方が我に返り、視線を裕子から離した。裕子も我に返り、正面を向き直り、笑顔を浮かべた。その時にはさっきまでの青白い表情はまったくなくなっていて、さつきを見ていた。
「おかえり」
「ただいま」
 と、さつきも裕子も何事もなかったかのような表情だったが、さつきが迎え入れた言葉に、疑念も逆らう気持ちもなく、素直に受け止めた裕子も、一言かわすことで、今までの時間が別次元であったことにしようと思っているに違いなかった。
 修平はそれでいいと思った。
 元々、目の前の二人は他人なのだ。
 どこかで見たことがあったかも知れないが、少なくとも会話を交わしたこともない相手である。他人以外の何者でもないはずだ。
 そして、修平も思わず、
「ただいま」
 と声を掛けた。
 そこには誰もいなかったが、誰もいない空間から耳鳴りのような、
「おかえり」
 という声が聞こえたのだった。
 その時修平は、どこか息苦しさを感じ、いつの間にか自分の顔が青白くなっているのではないかと思えてきた。少し気が遠くなってきたのか、意識が朦朧としてきた。そして、気が付けば、さっきまで目の前にいたさつきと裕子の姿は消えていた。
「あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう?」
 意識が朦朧とした時間が分からないのでピンと来なかったが、どうやら自分が意識しているよりも短かったような気がする。独り取り残された修平は、ゆっくりと精算を済ませると、ロビーでキーをもらい、部屋に帰った。
 気が付けば睡魔は最高潮に達していた。先ほどの意識が朦朧としたのも、睡魔のなせる業だったのかも知れない。そう思うと、その日は、シャワーを浴びるのも億劫で、何とか浴衣に着替え、ベッドに潜り込んだ。