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「生まれ変わり」と「生き直し」

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 人が徐々に散々していくと、中の様子が少し見えてきた。
「!」
 修平も一瞬息を飲んだが、それは、トイレの中に血が散乱しているのを見たからだった。その様子を見ると思わず嘔吐してしまいそうになったが、この惨状のわりに、スタッフの落ち着きが却って不気味で、その様子は、現場を矛盾だらけにしているように思えたのだった。
 次の瞬間、息苦しさが襲ってきた。
「ハァハァ」
 本当にこんなに息苦しいのは久しぶりだ。もちろん、血まみれの様子を見たのだから、修平の今までの習性から考えると、息苦しくなるのは仕方のないこと。しかし、同じ息苦しさを感じたのも、小さい頃に感じた意識よりも、中学時代にトイレで嗅いだ生理の臭いの時の方が、今と近い気がした。
 ほどなくして救急車が到着した。しばし、ホテルのロビー付近は騒然とした雰囲気に包まれたが、救急車に運び込まれ、サイレンの音が遠くの彼方に消えて行った時には、すでにロビーは何事もなかったかのように平然としていた。
――こんなにも、ここは平然とした場所だったんだ――
 と、いまさらながらに思い起こさせられたのを思い出した。
 女の子五人のうち、二人が救急車に乗ってついて行った。残された二人は、これからどうするのかと思ったが、さっきまでの席に残って、さっきまでの注文を一度下げてもらい、いっぱいずつコーヒーを注文した。
 知らない人から見れば、最初から二人の客だったということを信じて疑わないに違いない。もちろん、修平も例外ではなく同じことを思うだろう。そう思わない環境に出くわしたことを、偶然と言わずして何というのかと、考えていた。
 さすがに先ほどのような満面の笑みというわけにはいかず、神妙な面持ちになっていた。会話もほとんどなく、それぞれに何かを考えていた。だが、どちらからともなく話し始めたことで、先ほどの惨劇の理由が少し分かってきた気がした。
「でも、私はさおりはてっきり自殺したのかと思ったわ」
 一人の女の子が、
「さおり」
 という名を口にした。トイレの中で倒れていた女の子のことだろう。
「そうね。さおりが悩んでいたのは、私もウスウスだけど気が付いていたわ。だけど、自殺じゃなかったにしても、今回のことは何と言えばいいのかしら? 許されることなのかしら?」
 自殺ということになれば、本当に悲惨である。こうやって、彼女たちも喫茶店に残ってコーヒーを飲んでいるようなわけにはいかないだろう。ただ、彼女たちにとっても、さおりと呼ばれた女の子の行動は、いろいろ物議をかもしているに違いない。
「許す、許されないという問題よりも、さおりの気持ちの問題よね。かなり追い詰められていたのは間違いないけど、それにしても、相手のあることなので、私たちだけで何かの結論が出るというものではないわ」
――相手がある?
 彼女はトイレという密室の中で、血まみれになった部屋の中で倒れていた。話の内容から、自殺という線は消えたが、女の子が悩んでいたことは事実であり、今回のことに大いに関係があることのようだ。
「裕子はさおりの気持ちの変化に気づいていた?」
 裕子と呼ばれた女の子は無言で首を振った。
「さつきはどうなの?」
 さつきと呼ばれた女性は、
「私は気づいていたわ。でも、まさかこんなことになるなんて、思いもしなかった」
 さおりという女性は、体調不良だったのだろうか?
「さおりは自分でやったのかしら?」
「きっとそうね。でも、どうして今ここでしなければいけなかったのかしら?」
「私たちが全員いる時に決行しようと思ったのかも知れないわね」
「ということは、さおりは、私たちの中の誰かを疑っているということ?」
「そういうことになるわね。でも、少なくとも私でもあなたでもないということは、今の会話で証明されたわ」
「でも、さおりの思い違いなんじゃない?」
「それは大いにありうることだわ。でも、そこまでさおりが精神的に追い詰められていたのは確かなようね。だって、さおりの精神的な気持ちの変化に最近気づいていたにも関わらず、今回の旅行では、すっかりそんな素振りはなかったので、私は安心していたのよ。それを思うと、私はさおりが不憫で仕方がないの」
 さつきという女性はそこまでいうと、考え込んでしまった。
 その様子を裕子は黙ってみていたが、さつきの話を頭に思い浮かべているのだろうか。裕子の方もいろいろと考えていた。
 話の内容から、二人が考えている内容は同じでも、次元の違いを感じる。さつきはより深いところで考えていて、裕子は、まだそこまで考えるには、遠く及ばない雰囲気だった。
 二人が膠着状態に入ってから、結構な時間が掛かった。ここまで長いということを考えると、修平には別の考えが浮かんできた。
――裕子とさつきは、さっきまで考えが同じで、深さが違うだけだと思っていたけど、ひょっとすると、二人は別のことを考えているのかも知れない――
 さおりのことを考えているのには間違いないのだろうが、同じさおりのことであっても、二人が感じているのは、根本から違っていることではないだろうか?
 話の内容としては、どうやらさおりという女性は妊娠していたようだ。そして、ここのトイレでその子を生もうとしたのか、それとも、始末しようとしたのか分からない。本当にそんなことが可能なのかどうかも、男性の修平には想像もつかないが、ここに残った女性二人は分かっているようだ。
 今日の会合は五人参加になっていて、sのうちの三人が、実際に子供を妊娠していたさおりという女性、そしてさおりに付き添いで病院までついて行った二人。そして、ホテルに残り待機している聡明そうなさつきという女性に、どこか控えめなところのある裕子という女性だということだ。
 この五人がどこの人なのかまでは、まだ分からない。ホテルで会合していたということは旅行者なのかも知れない。ただ、ということになると、さおりという女性は旅先で、かねてからの計画を実行したということだろうか。
 もし、旅行だということであれば、今回の騒ぎは計画されたものではなく、本当に妊娠している女性が体調を崩しただけのことなのかも知れない。旅行で疲れたのか、それとも普段との環境の違いから、体調が急変したのかも知れない。それにしても救急車を呼ぶというくらいのことなので、結構大変なことであったのは事実だろう。二人が救急車に乗ってついて行ったというのも、それだけ大変だということにもなるだろう。
 そんな中、ここに待機している二人がいる。考えられることとすれば、五人は本当に旅行をしていて、さおりという女性に誰か連絡があった時のための待機とも考えられる。
 彼女は妊娠しているということなので、結婚はしていないまでも、フィアンセの男性が「定時連絡」をしてくる可能性があるからだ。
 普通の状態なら、携帯電話へ連絡を入れて、そこで連絡を取ればいいのだろうが、今の彼女は救急車で運ばれたということもあり、電話に出れる状態でもない。マナーモードにしていないとしても、彼女の所持品は、別のところに置かれていれば、電話が鳴っても分からないだろう。