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「生まれ変わり」と「生き直し」

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 と考えていた。
 普通に声を掛けるくらいなので、それほど緊張することもないと思っていた。だが、実際に彼女が一人の時に声を掛けることはできなかった。それは緊張から来るものではなく、むしろ彼女の中にある、
――話しかけられない雰囲気――
 を感じたからだ。
 彼女はあまりにも素直だった。はた目から見れば、どうして話しかけられないのか不思議に思うだろう。彼女が修平を無視しているわけでもなく、修平に興味を持っているかのようでもあった。彼女の方から頭をペコリと下げられると、修平には何もできなくなってしまう。まるでヘビに睨まれたカエルのように、金縛りに遭ったかのごとくであった。
 ペコリと下げたその時の顔は、満面の笑顔だった。屈託のない笑顔ほど、自分との距離を感じるものはなかった。近づきがたい雰囲気はいかんともしがたく、声を掛けるなど、大それたことにしか思えなかった。
 そんなことを感じているうちに、次第に屋敷のことも意識しなくなり、少女の存在も意識の中で次第に薄れて行ったのだ。

                  第二章 裕子とさつき

 今回の萩に出かけた時、武家屋敷を歩きながら、懐かしさを感じたのは、大学近くの屋敷を思ってのことだった。そのことは、自分でも意識していた。しかし、その時に少女のことを意識したわけではないのは、同じような大きな屋敷であっても、大学近くの屋敷のイメージでしか、少女の存在を意識できるものではないと思ったからだ。
 それに、萩の街は江戸時代や明治時代を思わせるレトロな街だ。少女の真っ白いワンピースのイメージとは少し違う。しかし、萩の街を散策していた時に、大正ロマンを感じさせるいで立ちの女性が円筒形の筒を片手に和気あいあいと歩いている。どうやら、卒業式があったようだ。
 白いワンピースの少女のイメージは、武家屋敷をバックに歩いている大正ロマンの衣装の女の子を見ることで、一気に遮断された。それからというもの、萩に来ると、大正ロマンの女の子の面影が瞼に焼き付いてしまい、一番想像することができないのが、白いワンピースの少女のイメージになってしまっていた。
 彼女たちは、数人で一軒の喫茶店に立ち寄った。そこは観光ガイドブックにも載っているお店で、夏みかんジュースが評判の、観光客ご用達と言ってもいいようなお店だった。彼女たちを見かけたのは、旅行二日目で、最初の日にその喫茶店には立ち寄っていたので、店の雰囲気は分かっていた。その時は店に入らなかったが、彼女たちのいで立ちが、店の雰囲気に映えることは分かっていた。修平にはその様子が手に取るように分かり、これほど想像するのが簡単だったことは今までになかったような気がしていた。
――夏みかんジュースを飲んでいるのだろうか?」
 と想像してみたが、全員が夏みかんジュースを飲んでいるような気がしなかった。中にはコーヒーが似合いそうな女の子もいて、最初に見た時は衣装に気を取られていて、皆同じに見えたが、喫茶店に入ってからのことを想像すると、それぞれに個性があることに気が付いたのだ。
 彼女たちは五人のグループだった。大人っぽい雰囲気の女の子、まだ幼さの残る女の子、頼りなさそうに見えることで、男性なら放っておけないと思わせる男心をくすぐる雰囲気の女の子、皆それぞれだったが、一様に屈託のない笑顔が一番印象的だということに変わりはなかった。
 最初は、地元の女の子だと思っていたが、どうやらそうではないようだ。彼女たちが喫茶店に入ったのを見届けて、そのまま城址公園へ向かったが、その後、萩焼の工房で、彼女たちとまたバッタリと出くわしたのだ。今回の旅では、気に入ったところに二度行ってみようというつもりでいた。
――俺と同じ観光客なのかな?
 女の子が大正ロマンが漂ういで立ちの時は、成人式か卒業式だろうと思っていた。時期的には卒業式の季節なので、ひょっとすると、卒業式が終わって、そのまま旅行に出かけてきたのかも知れない。
 皆楽しそうに会話をしているが、羽目を外すほど大きな声を上げているわけではない。話の内容は他愛もない思い出話のようだったが、話を聞いてみると、五人組の中の二人は、この萩と因縁があるような話をしていた。
 一人の女の子は、先ほどの夏みかんジュースの喫茶店で、昔、アルバイトをしていたという。つまりは、その間、萩に滞在していたことになるのだが、その期間が、自分ではあっという間のことだったと言っている。
「私が最初に萩に来たのは、夏みかんジュースがおいしいと聞いたからなのね。でも実際に来てみると、この街の雰囲気に嵌ってしまい、そのまま滞在することになったのよ。その時のことが懐かしいわ」
 というと、もう一人が、
「そうね。あなたは元々、一人旅が好きだったものね。何か一つでも気になることがあれば、行ってみたいと気が済まないタイプの行動的な人ですものね」
 その言葉は聞きようによっては、皮肉にも聞こえる。しかし、言われた彼女はそんな意識はまったくないようで、
「あなたも、ここの焼き物に魅せられたんですものね。就職した会社で出張があれば、この街に来ることもあるんでしょう?」
「ええ、今から楽しみなんだけど、でも、好きなことを仕事にしてしまうことへの抵抗がないわけではないの。だから、少し不安でもあるのよね」
 夏みかんジュースを出してくれる喫茶店でどんな会話になったのか分からないが、さっきまでの屈託のない満面の笑みに少し陰りが見えているのが分かった。会話の内容からして、そうそう満面の笑みばかり浮かべているわけにはいかないだろう。
 焼き物工房の見学が終わると、皆宿に向かった。偶然にも彼女たちは修平と同じ宿に泊まっているようだ。これが他の街だったら、もっと安い宿に泊まるのだが、萩だけは特別な感じがしていたので、少し贅沢して、観光ホテルに泊まることにしたのだった。
 その日はチェックインまでには時間が少しあったので、ロビー奥の喫茶店に彼女たちが入ったので、修平も一緒に入った。
 そのうちに彼女たちの一人が、トイレに立った。その横顔は先ほどまでの笑顔はまったくなく、少し苦痛に歪んでいるような気がした。
 彼女は、修平の座っている席の横を通り、トイレに入って行った。
 その時、
「おや?」
 修平は、一瞬の息苦しさとともに、息苦しさの元凶が血の臭いにあるということを連鎖的に思い出したことで、彼女が通ってできた一塵の風の中に、以前感じた血の臭いが混ざっていることに気が付いた。
――生理なのかな?
 と思ったが、そのわりには、彼女はなかなかトイレから出てこなかった。
 二十分、三十分と時間が過ぎていく中で、彼女たちがざわめき始める。その様子は尋常ではなく、その中の一人が何か事情を知っているようで、顔が青ざめていた。スタッフにトイレのカギを開けてもらい中を開けると、一人の女の子の悲鳴が聞こえた。
「キャー」
 その声にビックリして「人が集まってくる。ホテルのフロントからもスタッフがやってきて、交通整理をしていた。そして、スタッフの一人が、
「大丈夫、とりあえず、救急車の手配を」
 と、もう一人の若いスタッフに言いつけて、野次馬の人払いをしていた。