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「生まれ変わり」と「生き直し」

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 という思いは、さらにそれからしばらくしてから感じた。元々好きだったという思いはあったはずなのだが、血の臭いを嗅いだ時に、その思いに迷いが生じた。お姉さんだけは特別だと思った時も、迷いのせいで、本心と一致しない。その二つを一致させるまでには、少し時間が掛かったのも仕方のないことだろう。
 だが、お姉さんのことを好きだという、
「気持ちと本音の一致」
 を見た時、修平は家で嗅いだ血の臭いを意識しなくなった。忘れてしまったと言ってもいいくらいだ。
 だが、本当に忘れてしまったわけではなく、記憶の奥に封印しただけなのだ。忘れてしまったと思っていただけに、中学時代の公衆トイレで嗅いだ生理用品による血の臭いに対して、気持ち悪さだけしか思い浮かばなかった。
 だが、公衆トイレで血の臭いを嗅いだ後、しばらくは気持ち悪さが印象として頭の中にこびりついていたはずなのに、いつの間にか忘れてしまっていた。
 公衆トイレで血の臭いを嗅いだという事実さえも、頭の中では風化されていた。本当の意識がなくなってしまっていたのだ。
 小学生の頃、お姉さんの家に少しの間立ち寄らなかった。それは血の臭いを嗅いだにも関わらず、気持ち悪くなったことを責めている自分に気づいたからだ。自分の中での頭の整理ができるまぜ、お姉さんに会うのが怖かった。
 お姉さんはそのことをそれほど深く考えていなかったが、おばさんの方が意識しているようで、
「修平ちゃん、ごめんなさいね」
 何がごめんなさいなのか分からず、曖昧に頭を下げていただけだったが、おばさんは、それでも謝るしかできないようだった。
 お姉さんが中学に入ると、今度は急にお姉さんを見かけなくなった。しばらくしてからお姉さんの家が人知れず引っ越していたということを知らされた。そのことを話していた人も、少しの間引っ越したことを知らなかったようで、
「一声、掛けてくれればよかったのに」
 と、喋り方は普通だったが、雰囲気は怒っているようだった。この街から急に去ったのも、なんか夜逃げのような雰囲気があったようで、少しの間おかしな噂が流れたが、すぐに誰も噂しなくなった。
「人の噂も七十五日」
 子供の修平はそこまで分からず、
「誰も噂しなくなったのは、それだけ皆が怒っている証拠なんだ」
 と思っていた。
 だが、実際にはそれ以上に、他人のことに関心がないからだということに気づいたのは、中学に入ってからのことだった。
 中学に入ると、すぐにそのことに気づくようになった。まわりのことを気にしているように見える人が白々しく感じられるようになると、次第に自分が何を考えているのか分からなくなる。自分のことが分からなくなると、
「自分のことも分からないのに、他人のことを気にするなんてできない」
 と思うようになった。
 人が他人のことを気にしないのは、冷たさというよりも、自分のことを分かっていないからだと思うようになると、自分が思春期に入ったことを悟った。
「大人になるためには避けて通れない道」
 それが思春期なのだとすると、
「それなら、俺は大人になんかなりたくない」
 と思うようにもなっていた。
 自分の中で生まれて初めて理不尽だと思うことを感じるようになったからだった。小学生の頃にも感じたのかも知れないが、その正体が何なのか分からなかったのだろう。
「子供の自分に分かるはずはない」
 と思うことで、それ以上は考えなかった。しかし、中学に入るとそうもいかない。自分というものを嫌でも分からなければ、まわりの波から乗り遅れるという意識が強く、乗り遅れると、永遠に大人になれない気がしたのだ。
 思春期というのは、まわりを意識しているようで、実は自分をいかに納得させられるかということを最初に感じる時期なのだということが次第に分かってきた。そんな時に嗅いだ生理の血の臭い、自分を納得させるための考えに至るまで、遠回りさせられる悪しき経験であると悔しくて仕方がなかった。
 子供の頃に嗅いだ血の臭い、そして思春期になって嗅いだ生理の血の臭い。それぞれに感情の違いこそあれ、修平に少なからずのトラウマを与えたことは事実だった。その時に感じた共通の思いは、
「息苦しさ」
 だった。
 呼吸困難に陥り、息ができなくなる感覚は、ケガをした時、感じる呼吸困難と同じように思えたが、実際には違っていた。ケガをした時の呼吸困難はすぐに回復するのが分かっているが、血の臭いを嗅いだ時の呼吸困難は、いつ元に戻るか分からない。しかし、それでもさほど恐怖感がないのは、呼吸ができない状態でも、そんなに苦しみを感じないからだった。
「違和感に毛が生えた程度」
 と言えば、本当にさほどでもないようだが、気持ち悪さからくる呼吸困難の正体は、
「呼吸をしたくない」
 という自分の精神的なものである。
 自分の中の精神的なものであれば、自分でコントロールも可能である。無意識に強弱をコントロールし、しかも呼吸困難が精神的なものから来るのではないという暗示を与えていたのである。それなのにどうしてそのことに気が付いたのかというと、
「血の臭いというのが、本当に嫌いなものなのだろうか?」
 という疑問が生じてからだった。
 確かに気持ち悪さは否めないが、嫌いかどうかまで考えたことはなかった。むしろ、中学時代に感じた生理の血の臭いには、何か淫靡なものがあり、思春期の自分の感性をくすぐっているかのように思えた。
「思春期に通らなければいけない道があるとすれば、この経験はその道への道しるべのようなものだったのかも知れない」
 と感じた。
 そして、この息苦しさは血の臭いを嗅がないかぎり、感じることのできないものとして、修平の頭の中にインプットされていた。
 修平は大学近くの大きな家を通った時、血の臭いを嗅いだ時の息苦しさを感じた。
「感じるはずないのに」
 と思いながら通り抜けたが、その思いを感じたのは、一度きりだった。その時に何か血の臭いに関係のあることが起こったはずなのだが、それを確かめるすべもない。
 もちろん、赤の他人が、
「何かあったんですか?」
 と、平然とした状態の家に聞けるはずもなく、しばらく悶々とした日々を過ごすことになった修平だった。
 修平が、大学の近くの屋敷に、一人の少女が住んでいるのを知ったのは、いつのことだったのだろう?
 息苦しさから血の臭いを感じた時よりも前だったのは間違いない。暖かい日差しが差し込む中、眩しいばかりの真っ白なワンピースに身を包んだその少女を見た時に感じたときめきは、
「初恋だったのかも知れない」
 という思いを感じさせた。
 しかし、彼女を見かけることは稀で、それから何度見かけたのか、片手の指で足りるくらいだった。
 しかも、そのいで立ちはいつも真っ白なワンピース。それ以外の服装を身に纏った姿など、想像もできなかった。声を掛けたことなどあるはずもない。ほとんどの時は、屋敷に勤めている執事なのか、絵に描いたようなタキシードを着ている初老の男性がいつも彼女のそばにいた。
 たまに一人でいることもあったが、一人の時の方が余計に声を掛けることができない。自分一人の時はいつも、
「いつか、彼女が一人の時、声を掛けてみたい」