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「生まれ変わり」と「生き直し」

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「醜い顔」
 を無視できなくなることを意味している。
「俺は嫌だ」
 と思っていたが、隆と一緒にいると、同じ思春期でも、醜い顔の彼らとは違った思春期もあるのではないかと思えるようになっていた。
 思春期というと、どうしても背伸びしたくなる時期である。その背伸びというのが、性的な成長であることは分かっていた。
「いやらしいこと」
 が、直な表現で、
「見てはいけないと言われることほど、見たくて仕方がない」
 ということが、思春期の根底にあるということである。
 つまり、
「見てはいけないことは、いやらしいことであり、いやらしいことは恥ずかしいことなんだ」
 ということである。
 一人でいると、恥ずかしいことは隠れてでも見たくなる。いや、見てはいけないことなので、隠れてしか見てはいけないのだと思っていた。そして、自分は隠れて見なければいけないものは、決して見ようという気にはならなかった。
 天邪鬼だと言ってもいいだろう。皆がそんなに隠れてでも見ようとするものなら、余計に見たくなんかないと意地を張ってしまう。それが自分の個性であると思っていたのだ。
 しかし、隆と一緒にいると、隆は別に恥ずかしいことでも、気にすることなく堂々と見ていた。本屋でも、エロい本を平気で立ち読みしている。買う時でも、こそこそ買うのではなく、堂々とレジに持っていく。そんなところに、彼の潔さを感じたのだ。
「俺もあんな風になりたいな」
 そう思うことで、エログロなことに目を背けていた自分が、少しちっぽけに感じられるようになった。堂々としている姿を思い浮かべると、
「恥ずかしいものをこそこそ見たりするから、余計にいやらしく感じるんだ」
 と自分に言い聞かせた。
「なんだ、こんなものなんだ」
 あれだけ避けていながら、堂々と見てみると、思ったよりもグロテスクなものであることにガッカリした。もっと神聖なものであり、恥じらいの中にこそ、本当のエロさがあるのだと思っていただけに、グロテスクそのものに見えたのだろう。だが、ガッカリしたということはそれだけ興味を持っていたということであり、自分の気持ちを押し殺してばかりいたことの証明でもあった。
 ただ、それよりも、堂々と見ることができたことの方が、修平にとっては嬉しかった。ネガティブに考えるよりもポジティブに考えた方がいいということを教えてくれたのが隆だったのだ。
 そんな中学時代だったが、それでも、女性に対しての興味が消えたわけではない。性交渉が神聖なことであることに変わりはないと思っていたからだ。
 そんな時だったか、歩いていて、修平は急に腹痛を訴え、近くに立ち寄って入ることのできるビルを見つけ、トイレに駆け込んだ。ちょうど男子トイレは満杯だったが、障害者用のトイレが開いていたこともあり、急いで飛び込んだ。その時には額から汗が滲み出ていて、呼吸困難に陥りそうなほど苦しい状態で、まともに息もできなかったに違いない。
「ドックンドックン」
 呼吸困難は、胸の鼓動を耳鳴りの中で耳の奥から響き渡らせた。ほぼ感覚がマヒしているお腹を押さえると、氷のように冷たくなっていた。意識が朦朧とする中で苦しみのピークを何とか乗り越えると、それまで感じなかった喧騒とした雰囲気や臭いを感じていた。
 すると、
「なんだ? この臭いは?」
 今までに感じたことのないような臭いだった。いや、似たような臭いを感じたことが一度だけあったのは分かったのだが、それがいつだったのかすぐには思い出せなかった。それが小学生の時、蔵で遊んでいてケガをした時に嗅いだ血の臭いだと思い出した時には、修平のお腹は、だいぶ楽になっていた。
 小学生の頃の思い出がよみがえったからと言って、それがまるで昨日のことのように思えるほど、身近に感じたわけではない。遠い記憶を探っている間に偶然見つけたという印象が強く、ただ、最終的には、
「何かの力に導かれた」
 という印象が強いのも事実だった。
 どちらにしても、小学生の頃を身近に感じられないのは、似たような臭いであっても、完全に一致しているわけではなく、むしろ、
「決して交わることのない結界を感じる」
 というほど、どう解釈しても、同じ臭いには感じられなかった。
 しかし、トイレで感じた臭いが血の臭いであるということに間違いない。同じ血の臭いでも違った臭いであるということは、
「同じ血の臭いでも種類がある」
 ということなのか、それとも、
「感じた年齢の違いが、臭いの違いに直結している」
 ということなのか、修平は考えていた。
 確かに、過去の記憶に近づくことができないという意味で、感じた年齢の違いの方が説得力があるが、それよりも、同じ血と言っても匂いに種類があるという考え方の方が現実的に思えてきた。
「どちらも間違いではないのかも知れない」
 修平は、そう感じた。
 血の臭いだと分かったのは、鉄分を含んだ臭いだと感じたからだ。小学生の頃まだ小さかったにも関わらず、血の臭いを嗅いだ時、
「鉄分を含んだような匂いだ」
 と感じたのを思えている。
 本当はその時にそこまで感じることができたのか分からない。ひょっとすると、もっと大きくなって同じような経験をした時に感じたことと子供の頃の思い出とがバッティングしただけなのかも知れない。心当たりがあるとすれば、偶然見かけたバイク事故だった。
 事故現場は喧騒としていて、実際にけが人は搬送された後だった。残されたのは血糊の痕、余計に悲惨な想像を強いられたのを覚えている。
 しかし、実際に現場を見たわけではないので、それほどのショックがあったわけではない。そのため、普段は記憶の奥に隠れていて、表に出てくることはなかった。
 ただ、ハッキリと覚えているのは、その場の喧騒とした雰囲気だった。けが人はすでに運ばれていて、現場では警察による現場検証が行われていた。制服警官が慌ただしく、それでいて規律正しく動いている。まるで自衛隊のようだ。
 規律正しい動きが、修平の頭の中で、余計についさっきどのような惨劇があったのか、想像を絶するものであることを感じていた。
「俺に想像できるはずなんかないんだ」
 という思いがあるくせに、ついつい想像してしまう。そのため、過剰な想像が生まれたのだ。
 現場に残った生々しい血の痕、もうすでに臭いなど消えているにも関わらず、想像できてしまう自分が怖かった。まわりの人を見ていると、誰もが視線を同じくして、血の痕を見ている気がした。
「考えていることは同じなんだろうか?」
 と考えると、人の血の方が自分の血を見るよりも、気持ち悪いという発想は自分だけではないということなのだろうと感じた。
 その時からだった。血を直接見るよりも、血痕として残っている方が余計に気持ち悪く感じたり、臭いが残っているのを感じるようになったのだ。
 修平は、公衆トイレで感じた臭いも、どこかに血糊が残っているのではないかと思い、探してみた。本当は、
「やめておけばよかった」
 と後悔することになるのだが、その時は衝動に身を任せるしかなかったのだ。
 臭いの元凶は、すぐには見つからなかった。注意深く見ていると、タイルにしみついた汚れがリアルに気持ち悪かった。