「生まれ変わり」と「生き直し」
その日は結局、そのまま家に帰った。スッキリとしない気分だったので、
「今日は夢見が悪いだろうな」
と、目が覚めた時に、怖い夢を見たという意識を持ったまま朝を迎えると思っていた。目が覚めるにしたがって、忘れていく夢ではないと思っていた。
しかし、その日、夢を見たという意識はなかった。本当に夢を見なかったのか、それとも、夢を見たはずなのに、夢を見たということすら覚えていない状況なのか、分からなかった。
今までであれば、
「今夜、夢を見るだろうな」
と思って眠りに就いて、そして朝目を覚ました時、どんな夢であれ、
「夢を見た」
という感覚だけは少なくとも残っていたのである。
次の日、修平は同じようなシチュエーションに誘われた。
朝から前兆があったというわけではないので、夜のその時間になると、昨日の出来事を忘れてしまっていた。
気が付けば、昨日と同じ時間、同じ場所にいた。それは結果論であり、目の前に、
「どこかで見たことのある後姿をした女性」
が通り掛からなければ、そのまま、似た人を追いかけたという事実さえ、決して思い出すことのない記憶の奥に封印されたに違いない。
まったく同じシチュエーションであることで、これが昨日と同じだということが分かった。少しでも違っていれば、過去に同じことがあったとしても、それがいつのことだったのか、ハッキリと思い出すことはできなかったであろう。
この感覚も、小学生の時に同じ感覚に陥ったことがあったことを思い出したから感じたことだった。
意識や記憶に通じることは、思い出しても、すぐに忘れてしまうことはない。記憶にしても意識にしても、今自分で理解できるまで忘れることはなかった。逆に言えば、理解できてしまうと、思い出したことは意識から消えてしまっている。またこうやって思い出したということは、理解できない何かが修平の中に芽生えたということであろう。
最初のシチュエーションが同じであっても、昨日とまったく同じことが起こるとは限らない。
なぜなら、今日は昨日ではないからだ。いくら同じシチュエーションであっても、日が違うのだから、どこかしらまわりの状況は変わっているはずだ。昨日も今日も、通りを歩いている人は誰もいなかった。昨日は気づかなかったのに、今日は気が付いた。それだけでも昨日とは違っている。
つまり、修平本人の精神状態が違っているからである。少なくとも、昨日と同じシチュエーションを感じているという時点で違っている。昨日は、その前の日に同じシチュエーションだなどとは思っていないからである。
それでも、進んでいる状況は昨日とまったく同じだった。昨日と同じところで、
「これ以上、追いかけないようにしよう」
という気持ちになった。
今日も昨日と同じように、追いかけないようにしようと思うに違いないという意識はあったが、どこでそのことを感じたのか、その時点にならなければ分からなかった。
「今日感じていることは、すべて昨日の出来事ありきなんだ」
と、思えた。
――そうなると、昨日の出来事、あるいは今日の出来事、本当にどちらも必要なことだったのだろうか?
という思いが頭をよぎった。
同じことを繰り返す必要があるのであれば、その理由を教えてほしい。そうでなければ、昨日の出来事なのか今日の出来事なのか、どちらかが、まったく無意味であるという結論にした達しないのだ。
修平にとって、そのどちらかが夢での出来事だとすれば、気が楽である。もし、今日が夢であるとすれば、昨日見たことが夢となってもう一度再現されたことになり、もし、昨日のことが夢であれば、昨日の夢は、今日の現実を予告する「予知夢」のようなものだと言えるのではないだろうか。
気が付けば、距離が縮まっていた。追いかける修平の方はまったく気づかなかったが、追いかけられている女性の方が追いかけられていることが分かったようだ。
彼女は立ち止まった。修平も驚いて立ちすくんだ。
相手が止まったから止まったわけではない。足がすくんで動けなかったのだ。
修平の目から見ていると、ゆっくりと振り返った彼女の顔はやはり分からなかった。
相手の顔が分からないことに、
――昨日と同じだ――
と感じたが、どこかが違うという気もした。
彼女はこちらに近づいてくる。どうやら、修平のことを知っているようなのだが、声がするわけでもなく、気配だけで嬉しそうな顔になっているような気がしていた。
懐かしい人にでも会ったかのような表情に、修平は小学生の時のお姉さんを思わず思い出した。それは、その時に癒しを感じることができる人を想像した時に、最初に出てきた表情が、お姉さんだったのだ。
しかし、次の瞬間、お姉さんではないということが分かった。自分がお姉さんを想像した瞬間に、目の前の女性の表情に翳りを感じたからだ。
――俺が違う人を想像したことで、少しショックを感じたのかな?
と思った。
そして、次に癒しを感じることができるのが誰なのか、すぐに想像はついたのだが、その時はすでに、目の前の女性の表情を感じることができなくなっていた。
――あくまでも、俺に相手が誰なのか、知らせないつもりなのか?
この場を仕切っている神様がいるとすれば、その人の気持ちが分からない。きっと神様の考えていることに逆らってしまったことで、目の前の女性の正体を、知らせないようにしているのかも知れない。
修平がその時に誰を想像したか、夢の中では分かっていたつもりだった。しかし、目が覚めるにしたがって、夢の内容は忘れなかったくせに、二人目に誰を想像したのか気沖にはなかった。
「その人を目の前にすれば、思い出すかも知れない」
と、自分の心がそう言っているように思えたが、相手がどう思っていたのか、修平は、夢に出てきた女性は、自分が夢の中で作り出した虚空の世界の人だとはどうしても思えなかった。お互いに夢を共有しているという思いが強かったのだ。
それから少しして、修平は街中で、
「どこかで見たことがある」
と思う女性を見かけた。
その人が誰だかすぐに分かったが、声を掛けてはいけない相手だという認識だった。
「もし、声を掛けると、嫌な顔をされるに違いない。あの人のそんな顔、見たくはない」
と思った。
だが、相手も修平に気づいた。
「あら、こんにちは。会社からの帰りですか?」
スーツにネクタイ姿の修平に、彼女は笑顔で答えた。
「ええ、そうなんですよ。今日は早めに帰れたので、今くらいの時間になったんですけどね」
「私も行動が夕方からになるのは、昔からのくせですかね」
と言って笑った。
彼女は、風俗で何度か誘わせてくれたりほだった。
「声を掛けると悪いかなと思ってたんだけど、君の方から声を掛けてくれるなんて感激ですよ」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
そう言って微笑む彼女を見て、
――この癒しなんだ――
と、自分がいつも求めているものをすぐに思い出した。
「私、お店辞めたんです」
そう言って、ホッとしたような表情になった。
「今はどうしてるの?」
作品名:「生まれ変わり」と「生き直し」 作家名:森本晃次