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「生まれ変わり」と「生き直し」

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 修平が自分を差し置いてさつきと付き合っていたとすれば、裕子の性格からして、何をしたか分からないだろう。それを思うと修平はゾッとするが、それが嫉妬から来るものだということを、修平は頭では分かっていても、自分に置き換えて考えることはできなかった。
 だが、その時修平は、
――もし、裕子が自分とさつきが付き合うようになったら、どんな気分になっていたか、分かるような気がする――
 と思っていた。
 裕子は、今から思えば猜疑心の強い女だった。ひょっとすると、別れる原因になった重苦しい空気に一つの要因に、
「さつきと自分への嫉妬」
 というものがあるのではないかと思った。
 裕子の重苦しい空気の奥を覗くことは恐ろしくてできなかったが、少しでも横から見る勇気と余裕が自分にあったら、そのことが分かったかも知れない。
 分かったとしても、その対策ができるかどうかは二の次だが、分かるために必要な有機と余裕を持つことは、困難を極めることであろうと思った。
 もし、そんなことが容易にできるのであれば、世の中の男女が別れる比率は、かなり低くなっているかも知れないと思った。
 だが、これも考え方だが、それはそれでいいと思っている。
「出会いの数だけ別れがあり、別れの数だけ出会いがある」
 という話を聞いたことがあるが、別れの数が多いから出会いの数も多いというものだ。
 別れの数が少なくなってしまったら、出会いの数は減ってしまう。矛盾していない当たり前の理屈なのだが、簡単に、
「はい、そうですか」
 と言えない複雑な心境から、思わず苦笑いが出てしまいそうだ。
 そういう意味では、嫉妬というのは、「必要悪」なのかも知れない。嫉妬によって別れる人が生まれる可能性は非常に高い。しかも、嫉妬というのは、別れる時にしこりを残すことも多く、そのため、
「あまりいい別れではない」
 と言われるが、確かにそうだ。
 だが、円満に別れることができても、まだ相手に未練を残している場合もないとは言えない。そのため、円満でありながら、完全な別れ出ない場合は、後々にしこりを残してしまい、新しい人と付き合い始めても、三角関係に陥ってしまったり、結婚してしまったあとでは、不倫ということにもなりかねない。そうなってしまえば、それこそ悲惨だと言えるのではないだろうか。
 後々にしこりを残さないという意味でも、嫉妬は必要なものだとは言えないだろうか。嫉妬は確かに気持ちのいいものではないが、元々人を好きになるという感情と相関関係にあるもので、切っても切り離せないものだと言える。修平は今までにも何度か嫉妬したという意識はあるが、そのたびに、
「悪いことなんだ」
 と自分に言い聞かせ、誰にも知られないように心がけていた。
 そのくせ、人が誰かに嫉妬しているのに気づくことは多い。見ていて、
「気持ちのいいものではない」
 と感じるのだが、考えてみれば、
「自分が他の人を見て見えるのだから、自分のことを隠そうとしても、他人からは容易に見えるものなのだ」
 と言えるだろう。
 修平はさつきから、さおりが結婚したという話を聞いて、どこか気持ちの悪さを感じた。悪寒にも近いもので、ゾクゾクしてくるものだった。それがどこから来るのかすぐには分からないと思っていたが、頭によぎった言葉が、そのすべてを表していた。
――嫉妬――
 その言葉を感じたのは、さおりが結婚したということを聞いた瞬間だった。胸の鼓動が激しくなり、一瞬にして顔全体が沸騰してしまったかのように熱くなり、思わず頬に掌を押し当てたほどだった。
 修平がさつきの話を聞いて、思わずさおりの顔を思い出そうとした。しかし、シルエットに浮かんだその表情を思い出すことができなかった。
――まるで夢の中のようじゃないか――
 起きている時、誰かの顔を思い出そうとして思い出せないことは何度もあるが、シルエットになってしまった顔を想像することはなかった。シルエットを思い浮かべるのは、夢を見ている時だけだったからだ。
――どんな顔をしていたんだっけ?
 起きている時に顔は思い出せなくても、どんな表情が似合っていたかという意識だけは残っていた。だからどんな顔だったのかということを感じることはないのだが、シルエットで思い浮かべてしまうと、
「表情がない」
 という状態で思い出しているので、それ以上を想像することはできない。
 表情がないというのは、無表情だというのとは全然違うものである。
 ただ、ここでいう表情がないという表現は適切ではないかも知れない。
「顔がない」
 と言った方が、無表情との比較という意味では当て嵌まるのかも知れないが、そう言ってしまうと、
「首から上がない」
 というグロテスクな発想に繋がりかねない。
 だからこそ、ここでは敢えて、
「表情がない」
 という表現をしたのだ。
 修平は、考えてみればさおりの顔を、萩で見た時の苦悶に歪んだ顔しかほとんど印象に持っていなかった。決して綺麗、可愛いというたぐいのものではない。それなのに、どこから嫉妬を抱くようなイメージになったのか。それは、
――シルエットに浮かんだ「表情がない顔」を思い浮かべたからなのかも知れない――
 と、感じたからだった。
 さおりが結婚したというのは、どんな男性なのか? さおりのことを気に入る男性とはどんな男性なのか、修平には想像もつかなかった。
「ひょっとすると、俺に似ている男性なのかも知れないな」
 と、感じたが、その思いが自分にとって、
「それでいいんだ」
 と容認できるものなのかどうか分からない。
 嫉妬しているのだから、容認できるはずないはずなのに、どうしてそんな気分になったのか、自分でも分からない。修平には分からないことだらけのさおりなのに、いや、分からないことだらけだからこそ気になるのか、そう思うと、自分が感じている嫉妬は、他の人に対して抱く嫉妬や、他の人が抱く嫉妬とも違っているものに思えて仕方がなかった。
 修平は、それからしばらくして、後姿がさおりに似た女性を見かけたので、思わず追いかけた。
「一体、俺は何をやっているのだろう?」
 と、自問自答してみたが、答えは返ってこなかった。
 追いかけてはいけないと思えば思うほど、足は彼女を追いかける。
「ここで見失ったら、ずっと後悔することになる」
 という思いだけはあった。
 さつきから話を聞いた時は、確かに嫉妬のような感情が浮かんだのは否定できない。しかし、さつきとその日別れてすぐから、さおりへの思いは急激に冷めていった。そんなに大きな盛り上がりではなかったはずなのに、急激に冷めるというのもおかしなもので、
「このまま、底なしの奈落に落ち込んでしまうのではないか?」
 という思いを抱くのだった。
 それは、思い抱いたのがさおりだったからだというわけではなかった。その時の精神状態がそんな気にさせたのかも知れないと思った。さつきとの会話には、修平の中で何かを感じさせるものがあるが、気持ちが盛り上がる時、普段なら一気に盛り上がるのに、相手がさつきの時は、一旦立ち止まって振り返る余裕があるのを感じさせられた。