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「生まれ変わり」と「生き直し」

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 そうであれば、彼女が修平を直視せずに、後ろにいる誰かを見ているように見えたとしても無理もないことだ。後ろに誰かがいたわけではなく、誰もいない虚空を見つめていたのだとすれば、この理屈の辻褄が合ってくるというものだ。
 ただ、懐かしそうに見ているその表情は、同じ時代を見つめているように感じなかったのはなぜだろう? こんな感覚に陥ったことのない修平には、分かっていることとすれば、
「どうやら、違う時代を見ているような気がする」
 と、自分で感じたことだった。
 そういう意味では、「再会」というには、文字通り、
「次元が違う言葉だ」
 と言えるのだろうが、それでも、修平には「再会」に他らないような気がした。そして、彼女とこれから何度会うことになるのか分からないが、そのたびに、毎回同じ「再会」という気分を味わうような気がしていた。そして、少なくとも次があるというのは間違いないと思っている。それが店での再会になるのか、それとも他での再会になるのか分からない。
「やはり最初は衝動的な感情が生まれるような気がする」
 という思いから、店とは違う場所での再会に思えてならなかった。まさか、彼女以外の人に同じ思いを抱くなど、想像もしていなかった修平だった……。

                 第四章 生き直し

 しばらくして、さおりの噂を聞いた。その話をもたらしてくれたのは、さつきだった。
「彼女、あれから結局流産したんだけど、それから少し体調を崩して病院に入院していたの」
「それは大変だったね。どれくらいの間、入院していたんだい?」
「半年くらいだったかな? その時に知り合った男性がいて、その人と結婚したらしいのよ」
 修平は驚いた。
 本当なら、驚いている表情をさつきには知られたくないと思うはずなのに、驚きを隠す気にはなれなかった。さつきも修平の驚きの表情を見て、さほどビックリはしていない。当たり前だと言わんばかりの表情だった。
「でも、さつきさんはさおりさんのことを今、『結婚したらしい』って言ったけど、結婚式には呼ばれていないの?」
「ええ、さおりは披露宴はしていないの。教会で二人だけで結婚式を挙げただけだって言っていたわ。私も深くは聞かなかったけど、さおりらしいとは思ったわ」
「彼もそれでいいって思ったのなら、それでよかったんでしょうね。でも、私にはその人にも何か人には言えないような苦悩があるような気がするな」
「会ってもいないのに、そう思うんですね?」
 さつきは意地悪っぽく微笑みながらそう言ったが、その表情から、自分も同じ意見であることは修平には察しがついた。
「ええ、さおりさんの性格を思うと、何となくそんな感じがしたんですよ。それに病院で知り合ったというのも、何か神秘的な感じがしてですね」
「そうですね。病人同士ということですからね」
「さつきさんは、その男性と会ったことはあるんですか?」
「ええ、一度だけさおりが退院してから会った時、彼も一緒にいたんですよ」
「どんな人でした?」
「正直、明るい感じの人ではなかったですね。寡黙な感じがして、よくこれでさおりと合うなって思ったくらいです」
 確かにさおりも寡黙な方だった。しかも、さおりの寡黙さには重さがあった。奥の深さが感じられるのだが、その奥を覗こうとしてしまうと、いつまで経っても行き着くことのない奥深い洞窟であることに気づけばよいが、気づかなければどこまでも嵌ってしまいそうな深さだった。
 修平は、途中で我に返ったことで、何とか深みに嵌ることはなかったが、中には深みに嵌ってしまった人もいるかも知れないと思った。それが、さおりの流産した子供の父親であり、今度結婚した相手だということになるのかも知れない。
「寡黙というのは、奥の深さを感じさせますね」
 と修平がいうと、
「そうですね。でもさおりの寡黙さは、奥深さの重みに気づく人でなければ、その奥深さに嵌り込むことはないと思うんです」
 さつきの話は、修平の考えていることと少し違っているようだ。さつきが一体何を考えさおりを見ているのか、修平には想像がつかなかった。
 どちらかが正で、どちらかが誤であるとは、一概には言えないような気がする。どちらも誤である可能性もあるし、ひょっとすると、どちらも正なのかも知れない。
――何を持って正とするか?
 などというのは、当事者の目線でも、まわりからの目線であっても違ってくるものだ。そう思うと、修平はさつきの話を、自分の考えとは違うということで、他人事のような目で見ることはできないような気がした。
 さつきと再会して思ったのは、
「さつきと裕子を比較して、裕子の方が重たく、さつきの方が軽い」
 と単純に思っていたのだが、
「実際には、さつきが軽いというよりも、さつきは裕子に比べて柔軟で、汎用性に長けている」
 と感じたことだった。
 こうやって、さおりの話をしている時、自分との考えの違いをあからさまに感じられる会話は、さつきのことをちゃんと理解できていなければ、
「ただ、考えの違う人だ」
 としてしか思えなかっただろう。
 会話に出てくる人も、会話の内容が、自分の思っていることと、ちょっとだけのすれ違いであったとしても、受け取る相手は、まったく違った人物像をその人に抱いてしまい、大きな勘違いを生んでしまうことになりかねない。
 裕子には、そんなところがあった。
 裕子と付き合っていても、絶えず考えていることは、
――この人は、一体何を考えているんだろう?
 という思いだった。
 付き合っている相手に絶えずそんな思いを抱かなければいけないというのは、実にやるせないもので、
――付き合っている相手なんだから、そんなことはない――
 と、無意識に自分の思いを抑え込んでいたのかも知れない。
 考えていたというのを今分かるのは別れたからであって、付き合っている時は、そんな思いを必死に覆い隠してきた。覆い隠すには何かが必要で、その時々で違っていたのかも知れない。だから、裕子と付き合っていた時の印象は、別れてからはほとんどなかったのだ。
 どんなことを考えていたのかすら思い出せない。別れた原因を、
「しっかりと相手を見ていなかったからだ」
 と思っていたが、実はそうではない。
 本当はちゃんと見ていたはずなのだ。しかし、考えを押し殺そうとするあまり、無意識に抑え込むことに必死になり、覆いかぶすことに躍起になっていた。覆いかぶされた思い出が表に出るはずもなく、修平は本当は重くて濃かったはずの裕子との関係が、闇に包まれた得体の知れないものだったように感じられ、なるべく思い出さないようにしようという意識が働いたに違いない。
「こんな男女の関係って、誰も自覚していないだけで、意外と多いのかも知れないな」
 と感じた修平だった。
――もし、最初に付き合っていたのが裕子ではなく、さつきだったらどうだっただろう?
 と思うこともあった。
 裕子とは、あまりうまく行っていなかったのは事実だが、裕子が修平のことを好きだったのも紛れもない事実だった。