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「生まれ変わり」と「生き直し」

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「でも、私を見て、衝動的にその人だと思ったんでしょう? ということは、表向きは親しい間柄ではなかったのかも知れないけど、どこか思うところはあったんじゃない?」
「確かにそうかも知れないけど、でも、違うと分かって、記憶が曖昧になってきたんだから、やっぱりそれほど自分の中での意識は深いものではなかったということなんじゃないかな?」
「私がさっき、自分の記憶の半分がないって言ったでしょう? あなたはよく分からないと答えたけど」
「ええ」
「記憶の半分がないというのは、他の人のいう記憶喪失も、記憶の半分がないという意味では同じことなんですよ。だって、本当に記憶のすべてを失っていれば、本能しか残らないでしょう? でも、それまで学習したことは記憶として少なくとも残っていることになる。学習したことは、持って生まれたものではないので、私は、『記憶したこと』だって思うんですよ」
「なるほど、その通りですね」
「だから、学習した部分の記憶は残っていて、それ以外を失っている。私の場合はそうではないの。学習した部分以外の記憶の中での記憶の半分がなくなっているのよ。もっとも半分と言っても、ほんの一部なのかも知れないし、記憶のほとんどなのかも知れない。そこが分からないだけに怖い面もあるんだけど、私の場合は、そういう意味で、『記憶が欠落している』と思っているのよね」
「でも、他の記憶喪失の人でも、記憶が欠落していると言われている人はいると思うんですけど、その人たちは、君のように、記憶の半分がないという風に理解していいのかな?」
「時と場合によるとはこのことかも知れないわね。記憶の欠落がすべて記憶を半分失った人だとは言えないと思うけど、逆に記憶を半分失った人の記憶は、すべて欠落したものだと私は言えるんじゃないかって思うんですよ」
 りほの考え方は、かなり奇抜だが、こうやって話をしてみると、理解できる気がしてきた。
「目からウロコが落ちる」
 という言葉があるが、まさにその通りなのかも知れない。
「でも、君は最初、僕を見た時、何かビックリしたように感じたんだけど、それは僕の顔を見てからなの? それとも表情で感じたの?」
 もし、表情からであれば、りほを見てさおりを思い出したことで、驚きの表情をしたはずの修平のその表情に、反応しただけのことになるが、顔を見てビックリしたのであれば、それはりほの失われた記憶を呼び起こす起爆剤のようなものになるのではないかと思ったからだ。
「うーん、どっちだったのか、今では思い出すことはできない。何かビックリしたという意識はあるんだけど、それも衝動的なものだったのよ。だから、意識したとしても、一瞬にして意識は飛んでしまったのかも知れないわ」
「その感覚が、記憶を欠落させているということは考えられないのかな?」
「そんなことはないと思うの。普段から衝動的なことは多いけど、すぐに意識は元に戻るの。でも、衝動的な意識がどういうことだったのかということは、少しの間、意識できているの。こんなにすぐに忘れてしまうということはないわ。それだけ、今日は衝撃的だったのかも知れないわ」
「君の中で、自分の知らない人を思い出そうとしている意識があるからなのか。それとも知っている人の、意識したことがないと思っている別の面を思い出そうとしているのか、そのどちらかなのかも知れないと僕は思うんだ」
「私、実はこのお店のこの衣装、他の人とは違って、特別な思い入れがあるの。以前、この衣装をずっと着ていたような気がするの。遠い過去のことのように思うんだけど、衣装を着ると、まるで昨日のことのように思えてくるの。身体にピッタリと貼りついているようで、時々、『脱げなくなったらどうしよう』なんて思ってしまうことだってあるくらいなの」
 そう言って、はにかんで見せた。
 最初は綺麗に感じられた衣装も、今度は普通に可愛らしく感じられる。それは、彼女のいうように、毎日着ている姿をずっと見てきていたような気がするからだった。
――本当に彼女のこと、まったく知らない相手なのだろうか?
 初対面であることは間違いないが、知らない相手ではないような感じがして、その矛盾は、修平の感情をムズムズとくすぐるものだった。
「そういう意味では、ここ、私の天職なのかも知れないわね」
 この笑顔が可愛らしさを演出している。綺麗だと最初に感じたあと、可愛らしさを感じるなど、今までにはなかったことだ。可愛らしさを感じてから、その人を好きになり、綺麗な部分を探すというのが、今までの修平が女性を好きになるパターンだった。最初から難しい話になってしまったが、それも、この思いを引き出すためだったと思えば、これほど新鮮な感覚はないというものだ。
 結構長い間の会話だったような気がしたが、時間的にはまだ十分も経っていなかった。
 どこか照れくささもあったが、彼女からの癒しを受けるのは、至高の悦びだった。さすがに表で会うのは控えなければいけないと割り切っているので、その時は、普通に店を出たが、店を出てしまうと、さっきまでの懐かしさは次第に薄れていく。
「まるで夢のような時間だった」
 怖い夢以外は、目が覚めるにしたがって忘れていくものである。修平は、今まさにその思いを感じていた。
 普段は、感じていないように思っていても、少なからずの罪悪感めいたものが意識として芽生えているのだろうが、その日は、罪悪感がなかった。そのかわり、スッキリとしたものがあったわけでもない。記憶と同じで、感覚も意識同様、忘れてしまったのかも知れない。
 店にいたのは、確かに修平の知っているさおりではなかった。似ていることに変わりはないが、最初に衝動的に感じた、
「似ている」
 という感覚は、店を出てから感じることはなかった。
 話をしてみて、次第に違う人だということが分かったというよりも、彼女が修平を見る目に懐かしさを感じたことで、
「この人は違う」
 と思ったのだ。
 その懐かしさは、数年くらいの懐かしさを感じさせるものではなかった。そんなことを考えていると、
「彼女が懐かしそうに見ていたのはこの俺ではなく、俺の後ろに誰か、また別の人を見ていたのかも知れない」
 と、感じたのを思い出した。
 そう感じたことが、
「この人は、さおりではない」
 と感じさせる決定打になったのだ。
 しかし、さおりでなければ、この懐かしさは何なのだ? 彼女の方にだけ懐かしさがあり、自分の方にはないというのか?
 いや、彼女の錯覚ということはないだろうか? 彼女は記憶が半分欠落しているという。つまり、記憶の中で繋がっていない部分があるということになる。そうなれば、繋がっていない部分を繋がっていると勘違いして、勘違いした部分から、修平の最初の表情を見て、何か自分の中で気が付いたものがあったのかも知れない。
 その気が付いた部分を欠落した記憶の一部だと勘違いしたのであれば、分からなくはない。ひょっとすると、
「この人は自分のことを知らないまでも、何か記憶を取り戻すきっかけになることを知っているのかも知れない」
 と思い、懐かしそうな目で見つめたのではないだろうか?