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「生まれ変わり」と「生き直し」

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 スタッフが呼びにくる。女の子との対面よりも、この瞬間の方がドキドキする。待たされた分だけ、余計に興奮するというものだ。スタッフから注意事項を聞かされる時間、焦らされているようだが、毎回同じ話なので、それほど時間が経った気はしない。カーテンの向こうにいる女の子との対面は、いくら分かっている相手とであっても、ドキドキさせられる。お部屋に入るまでの時間は独特で、毎回同じはずなのに、同じではないような気がするのは気のせいであろうか。
 薄暗い通路を抜けて、お部屋に入る。それまで女の子は終始俯いていて、どんな表情なのか分からない。
「恥じらいを感じさせる」
 そう思っているからこそ、お部屋までの時間がドキドキしたものになっている。表情が分からないほど通路が薄暗いのも、そんな演出からだろうかと思えてきた。
「はじめまして、りほと言います」
 お部屋に入り、再度膝をついて挨拶をする女の子に、ドキドキした。頭を上げると、やっとその顔を拝むことができる。
「はじまして」
 挨拶に対して、返した挨拶は衝動的だった。そのため、修平の挨拶はいかにも中途半端なもので、頭を下げたか下げないかという程度のもので、視線はしっかりと前を向いたままだった。
「あれ?」
 思わず、修平は声を挙げ、目の前に鎮座しているりほという女の子を見つめた。
「どこかでお会いしたことがある?」
 と、言いかけたが、その声を寸でのところで飲み込んだ。きっと人違いだと言われるのがオチだと思ったのと、もし知り合いだということが分かると、この後の時間が、どれほどギクシャクしたものになるかを考えると、言葉を飲み込んで正解だったに違いない。
 しかし、相手も気が付いたようだ。一瞬たじろいだのが分かったからだ。たじろいだのが分かったと言っても、それは、修平の方が、
「どこかで会ったことがある?」
 と思ったからで、もし、そんな意識がなければ、りえのたじろぎを感じることはできなかっただろう。それほど一瞬のことで、すぐに彼女は意識を戻し、何事もないかのように振舞っている。
――いや、振舞っているように見える――
 と思ったが、彼女が何事もなかったかのように振舞っているのであれば、修平も何事もなかったかのように振舞うのが礼儀だと思った。そういう意味でも、
「言葉を飲み込んでよかった」
 と思っている。
 それまでの間、瞬時のことだったはずなのだが、二人の間の空気は、かなりの時間が経ったかのように流れていたようだ。
 大正ロマンの衣装は、女性を美しく見せる。最初は可愛らしいく見せるものだと思っていたが、それも身に着ける人によって違っていた。最初に感じた相手は可愛らしく感じさせたが、この日相手をしてくれた女の子は、綺麗に見せるアイテムとなった。
 ただ、それは彼女が修平の知っている女性をベースに考えた場合であるが、綺麗に見える彼女を見つめれば見つめるほど、やはり、自分の知っている女性に思えて仕方がなかった。
「一度、どこかでお会いしたことありましたか?」
 笑顔でそう言って話しかけてきたが、その笑顔の後ろに見える真剣な眼差しに、修平はドキッとした。
「ええ、知っている人によく似ているものですから……。ごめんなさい」
 思わず、修平は謝った。
 すると、女の子の視線の中にあった真剣な眼差しが、嬉しそうに感じられた。どういうことなのだろう?
「そうなんですね。実は私、記憶が半分ないんです」
 そう言って、寂しそうな表情を浮かべた彼女だったが、急に我に返って、
「あっ、ごめんなさい。話が重たくなりそうでしたわね。何でもいいから、ゆっくりお話ししたいですわ」
 彼女は修平にしな垂れかかった。それはまるで恋人同士のような感覚で、いつもの割り切った気持ちとは少し違った心境になっていた。
「僕は大学時代に、旅行に行くのが好きだったんですよ。それも一人旅ですね。ありきたりな言い方ですが、自分を見つけることができるんじゃないかって思ったのが最初だったですね」
「見つかりましたか?」
「いいえ、見つけることはできませんでした。でも、いろいろな人と知り合うことができたのは嬉しかったですね。旅行中だけの友達の人もいれば、それから友達関係を続けた人もいました。恋人関係になった人もいたりして、でも、一番新鮮だったのは、出会った時だったって、今は思っています」
「そうですね。出会いって大切ですよね。出会いがあって初めて相手を知ることができる。そこから盛り上がるのも、すれ違うことになるのも、まずは出会いからですからね」
「記憶が半分ないって言ってましたけど、僕には半分ないという理屈が理解できないんですよ」
 記憶というのは、意識の繋がりだと修平は思っていた。だから、半分記憶がないということは、繋がっている意識のどこかで途切れていることになる。でも、記憶を意識の繋がりだと思っている人は少ないだろう。半分記憶がないという自覚があるということは、意識の途切れ目を理解していなければ感じられないことだと思う。つまり、彼女は無意識にかも知れないが、意識の繋がりを自覚しているということだろう。そして、途切れている記憶には結界のような分厚い壁が存在し、その先は絶対に見えないものだと思っているのではないだろうか。そう思うと修平は、彼女が思っている以上に利発な女性であると思うに至ったのだ。
「きっと、なかなか理解してもらえないと思うんですが、何か見えない壁のようなものの存在を感じるんです。それはある時期から感じ始めるようになったんです。でも、壁の存在を知らない間は、自分に記憶が半分ないなどという意識はまったくなかったんです。だから、自分の記憶がいつ半分なくなったのか、その時期は曖昧なんです」
 どうやら、修平が感じている意識に近いものを彼女も感じているようだった。そして、その話をしている間に、彼女が似てはいるが、自分の知っている相手ではないという確信めいたものが生まれたのも事実だった。
――やっぱり、さおりさんじゃないんだ――
 と思うと、ガッカリした気分にもなったが、どこか安心した気分にもなっていた。相手がさおりではないと思うと不思議なことに、顔や表情じゃまったく変わっていないのに、さっきまで似ていると思った気持ちがウソのように、次第にまったく違っているように思えてきたから不思議だった。
――ということは、自分の記憶の中のさおりという女性のイメージに変化があるということだろうか?
 確かに、さおりと会ったのは、数年前のことで、それほど親しくしていたわけでもない。記憶が曖昧で、似ている人への思いとともに記憶が変わってきているというのも、まんざらおかしな考えではないような気がした。
 しかし、その思いは寂しくもあった。
――記憶に残っている人が、現在の事情によって、変化してしまうのだとすると、記憶っていったい何なんだろう?
 という思いに駆られるからだった。
「あなたが知っている、その私に似ているという人のことを、知りたいわ」
 りほは、そう言った。
「君が彼女ではないということが分かると、今度は彼女の記憶が曖昧になってきたんだよ。それほど親しい間柄だったというわけではないからね」