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「生まれ変わり」と「生き直し」

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 そんな時、背中にジトッと汗が滲み、顔が紅潮してくるのが分かった。
 何も悪いことをしているわけではないのに、こちらを見つめている人は、自分の悪いところを必死で見つけようとしている。その必死さに圧倒されて、悪いことをしているはずなどないのに、
「悪いことをしているのではないか?」
 という思いを抱かせる。
 それも自然にである。自然に沸き起こる思いこそ、無意識であるだけに余計に、
「誰かに誘導されているような気がする」
 と思わせる。
 そう思ってしまうと、自分の意志というものが、どれほど脆弱なものなのかを思い知らされる。考えることすら、無駄であり、下手をすると、悪いことのようにさえ感じさせられる。そうなってしまうと、何を信じていいのか分からない。一番信じなければいけないはずの自分が一番信じられなくなってしまうと、すべてを否定してしまいたくなる。そのため、怖いこと以外は、記憶できなくなってしまうのではないだろうか。
「人の顔を覚えられない」
 あるいは、
「思い出を思い出すことができない」
 というのは、そこから来ているのだと、考えれば考えるほど、結論はそこにしか行き着かないのだ。
 修平は、大学に入学した頃から、あまり罪悪感を持たないようにしようと思うようになった。
 罪悪感というのは、自分が持つものではなく、もう一人の自分が感じているもので、息を潜めて表に出てこようとはしないもう一人の自分は、感じたことを、実際の自分のことのように転嫁しているのだ。
「本当は、楽しい夢にも、もう一人の自分が出てきているのかも知れない」
 記憶に残さないのは、記憶消去の意識を、もう一人の自分が握っているからだ。本当は怖い夢、楽しい夢という境はなく、もう一人の自分を意識したかしていないかという判断が、目覚めてから夢を思い起こした時に感じることだ。だから、楽しいと思っている夢は、記憶にないとも言えるのだろう。
 そういう意味では、もう一人の自分の存在がなければ、罪悪感でいっぱいの人生を歩んでいたかも知れない。もう一人の自分の存在は、自分にとって本当は悪いことではなく、ありがたいことなのかも知れない。臆病な自分は、もう一人の自分の存在を、
「怖いものだ」
 と思い込んでしまってるだけなのではないだろうか。
 罪悪感をあまり感じなくなった分、修平はもう一人の自分に感謝しなければいけないだろう。ひょっとして、それを分かっていながら感謝したくないという思いを持っているとすれば、自分の中にいる自分を、自分として見ているわけではなく、他人と同じ扱いで見ているのかも知れない。そう、まるで「守護霊」のようなイメージであろうか。
 修平は、幽霊や妖怪の類はあまり信じていないが、死んだ人の魂が肉体を離れて、今もどこかにいるという考え方は信じている。
 だからといって、特定の宗教を信じているわけではない。しいて言えば、子供の頃に祖母から聞かされた話を今も信じているだけのことだった。
 子供の頃に聞かされた言葉というのは、意外と意識として残っている。初めて聞いた言葉が新鮮で、その新鮮さが、修平少年の心に響いたのだろう。
 罪悪感がなくなったことで、修平は最初童貞喪失だけのために利用した風俗に対しても、罪悪感はなくなっていた。特に、最初に相手をしてくれた女性とは話も合い、
「また会いに来たい」
 と思わせるに十分な女性だった。
 情が移ったと言われればそれまでなのだが、情が移って何が悪いというのだろう。情が移ったと言っても、それなりに割り切っているつもりだ。しかも、お金が介在している関係ということが割り切る気持ちでもあり、逆に、普段から一緒にいて、気を遣いながら話をしている相手ではないということから、余計なウソはない。それが修平にとっての、
「新鮮さ」
 に繋がっているのだ。
 特に大学というところは、同じ考え方の人であれば、親友にもなれるであろう。お互いに向いている先は同じところのはずだと思っているからだ。しかし、ほとんどは表面上の付き合いで、一皮剥けば、
「自分が可愛い」
 と誰もが思っていることだろう。
 修平にしても、同じことだった。親友と言える相手というのは、同じ方向を向いていて、どんな話をしようとも、こちらが望んでいる答えを返してくれる人のことだと思っている。それは自分にとって都合のいい回答という意味ではない。自分のために言ってくれているという意味での望んでいる回答ということだった。
 相手をしてくれた女性は、修平よりも七つ年上だった。しかし、一緒にいる時は、七つも年上などという意識はない。ただ、お姉さんという意識は強く、彼女も弟のように接してくれた。
「私、弟がいるんだけど、まだ高校生なのね。どうも悪い友達とつるんでいるようで、心配なのよ」
 そういって、暗い顔を見せたこともあった。
「ごめんね。余計なことを言っちゃって」
 と、笑顔を返してくれるが、そんな時、七つ年上のはずの彼女に対して、自分の方が年上なのではないかと思えるほどの、優越感を感じた。癒してもらっているはずの相手に対し、唯一、
――俺にも彼女を癒してあげられることがあるかも知れない――
 と、感じさせた。
 そんな彼女も、修平が通い始めて一年もしないうちに辞めてしまっていた。もちろん、連絡先が分かるはずもなく、忽然と消えてしまった彼女のことを想うことしかできない自分に苛立ちを募らせた時期もあった。そんな時、それまで、
――どうせ軽い付き合いだ――
 と思っていたはずの大学の友達と一緒にいることで気が紛れた。それこそ、
「捨てる神あれば拾う神あり」
 とでもいうべきであろうか。
 しばらく風俗には通っていなかったが、この間、久しぶりに行ってみた。その日は会社で呑み会があり、少し酔いが回っていて、他の人は二次会に行くと言ったが、酔いのまわりが激しいと感じた上司が、「免除」してくれたのだ。
 実際には、かなり酔っているように見えたが、少し風に当たると、すぐにある程度まで酔いも覚めてきた。そのまま帰ってもよかったのだが、適度な酔いが気持ちを大きくしたのか、それとも、足が勝手に向いた先が風俗街だったからなのか。いや、それは言い訳で、最初から意識の中に風俗があった。一度思い立つと、自然と足が向いたというのが正直なところで、気が付けば店に入っていた。ちょうど今一人相手できる女の子がいるということで、修平は待合室で待つことにした。
「懐かしいな」
 三年ぶりだったが、同じ待合室でも、少し狭く感じられた。通いづめていた時に相手をしてくれた女の子が急に辞めてしまったことでたまらない気分にさせられたはずなのに、こうやって待合室で待っていると、そんな感情はどこかに飛んで行ってしまったかのようだった。
「お待ちのお客様、どうぞ」