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「生まれ変わり」と「生き直し」

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「ええ、かなり追い詰められて、結局暴挙に出たんだけど、そのショックから立ち直るまで、少し時間は掛かったんだけど、それでも、ショックから立ち直ると、自分のことがよく見えてきたようなの。何をしなければいけないのかって、ずっと考えていたらしいんだけど、今の自分に何ができるのかっていう考えに変えると、スーッと気が楽になったらしいの。その時に見つけた結論が、『目の前にいる人を大切にすることだ』っていうことらしいの。するとそれまで、夢にずっと出てきていた彼が出てこなくなったんですって、許してくれたんだって思うと話してくれたわ。許す、許さないの問題ではないとは思うんだけど、さおりが自分で納得したんだから、それでいいと思うの。その話を聞いていると、私はそういう結末を望んでいたって思っていたんだけど、どこか違う気がするの。ありきたりな言葉では言い表せないようなね。私はさおりと話していると、今、どうして一番幸せに見えるのがさおりなのか、分かる気がしてきたのよ」
 さつきの言葉にウソはない。話を聞いていて、修平も、
――まるで自分が考えていたことそのものだ――
 と思ったが、ゆっくり考えていくうちに、少し違っているような気がしてきた。安心感は与えられたが、もう一つ、何か違うものが潜んでいるように思う。それが何なのか、その時の修平には分からなかった。
 さつきとは、それから何度か待ち合わせて会うようになった。さつきにも今は誰も付き合っている人がいないということだし、修平にも最初から誰もいない。別に誰に後ろめたいわけでもなく、普通に会って話ができた。
 だが、二人は交際しようとまでは思っていなかった。二人の間で引っかかっていたのは裕子のことで、なるべく修平は裕子の話題を出さないようにしようと心掛けていたが、さつきの方は、そんな意識はなく、むしろ裕子のことを話題にしたいくらいだった。
 それまでは夕方仕事が終わってから会うことが多かったが、休みの日に朝から待ち合わせてみたいと言い出したのは、さつきの方だった。
 それまで夕方から夜が多かっただけに、修平の方も少し戸惑いがあってか、昼前から暖かくなるという話だったのに、冬のいで立ちで現れた。
 さすがにマフラーはしていなかったが、コートを羽織っているのは目立つようで、会ってからすぐにコートを脱いで、腕にかけて歩いていた。片方の腕にはさつきが手を伸ばしていて、知らない人が見れば、どこから見ても付き合いだしてから結構長いカップルに思えるに違いない。
 それでも、さつきは修平に心を許しているわけではない。修平の方でもそのことは分かっていて、しな垂れるように身体を預けてくるさつきを抗おうとはしなかった。
 本当は付き合っているのに、まわりから付き合っていないように見えるようにしようとするのはよくあることだ。しかし、まわりから付き合っているように見られても、実際には付き合っていないというような関係は、今までの修平の頭に中にはなかったことだ。
――ひょっとすると、さつきの頭の中にもなかったことかも知れない――
 しかし、二人にはこれが自然だった。
「別に付き合うってお互いに公言する必要ってあるのかしら?」
「それは、友達以上恋人未満という意味?」
「それに近いかも知れないわね。友達と恋人の間に何かもう一つあってもよさそうな気がするの。それが私たちのような関係なのかも知れないわね」
「僕は自然な関係だって思っているけど、どうなんだろう?」
「自然な関係と、普通の関係というのは、まったく違っているのよね。普通の関係というと、友達というのを差していて、自然な関係というのは、恋人になる前のプロセスのような気がするの」
「ということは、恋人になれるかも知れないし、友達のままということになるのかも知れないということ?」
「恋人というのは、どこからが恋人なのかって私は思うの。例えば、恋人になってから、別れることになるとすると、普通なら、『もうお友達には戻れないわ』ってことになるでしょう? でも、自然な関係から恋人になれるのだとすれば、別れても、友達のままでいられるんじゃないかって思うの」
「それって、夫婦間にも言えるのかな?」
「そうね。別れた夫婦が、別れてからも相談相手になったり、友達関係になれたりすることがあるんだけど、きっと、自然な関係から結婚したのかも知れないわね」
「そうかも知れないね。僕には理解できないけど」
「実は私にも理解できないの。離婚した夫婦が、友達同士でいられるなんて、どんな心境なんだろう? ってね。私には理解できない」
 話を自分の方から振っておきながら、少し不愉快になっていたさつきだった。
 さつきは続ける。
「実は、私の両親は離婚しているの。離婚する時、私はまだ小学生で、離婚しないでって、両親に泣いて頼んだんだけど、その望みは儚く消えたわ。離婚してから私は、母親の方に引き取られたんだけど、父親とはたまに会ってもいいってことになってるの。私が希望した日を父に伝えて、大丈夫なら二人で会うことにしたんだけど、お母さんはその時、絶対についてこないのよね」
「憎しみ合ってとまでは行かないまでも、あまり円満な離婚ではなかったんだろうか?」
「私もそれならそれで仕方がないかって思うのよね。中学生から高校生、成長していくうちに、世の中にはどうしようもないことがあるんだってこと、分かってきたつもりだったから。でも、本当はそうじゃなかったのよ」
 さつきは、修平の顔を見ることもなく、虚空を見つめて、考えながら話しているようだった。
「というと?」
 と、修平が聞くと、さつきはまた考えながら虚空を見つめて話し始めた。
「二人が、憎しみ合っているんだって思えばそれまでだったんだけど、実は、私の知らないところで、二人はたまに会っていたようなのね。もちろん、因りを戻そうなんて考えているわけではないと思うんだけど、どうやら、母が父に、私のことで相談に乗ってもらっているらしいの」
 さつきがそのことをどうして知ったのか、修平には興味があったが、それを聞いても仕方がないので、さつきの話を黙って聞いていることにした。さつきは、修平の態度から、その気持ちを察したのか、ゆっくりと話を続ける。
「お父さんと私が会っている時、よく私の話を聞いてくれていると思ったんだけど、それはお母さんからの質問に答えられるようにするためだったのかも知れない。でも、考えてみれば、悪い関係でもないような気がするの。お母さんには言えないことを、お父さんには話せる。しかも、両親が揃って話をしているわけではないので、片方に気を遣うことはない。ただ、話し方について考えればいいだけ。余計なことさえ言わなければ、それでよかったのよ」
「奇妙な親子関係だけど、そんな関係もありなのかも知れない?」
「ええ、そうね。そう思うと、いまさら二人がどうして離婚したのかっていうのは、どうでもいいことのように思えてきたの。離婚して一緒に住んでいないけど、これも立派な家族なのかなって思うのよ」
「さつきは、嫌が離婚した時、相当親を恨まなかった?」