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「生まれ変わり」と「生き直し」

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 ただ、修平は自分一人で考えている時よりも、人との会話の中から、それまで自分の中で消化できなかった考えを新たに発展させることができる性格だった。それは、人との会話で自分の考えを咀嚼できるからであって、そのことを一番理解できるのも、人との会話の最中であることが分かるようになってきた。
 さつきの中にある、
「人間中心」
 という考えは、自分の考えをあまり表に出したくないと思っている自分とは別に、
「他の人と同じ考えでは満足できない」
 という欲張りなところがある修平独自の考えでもあった。
「結婚というのは相手があることなので、なかなか成就することは難しいのかも知れませんが、願望を持つことには何ら仔細はありませんからね」
 さつきは話を戻した。
 しかし、さつきは一体何が言いたいのだろう?
「願望があって、その中で自分に合う人を探すわけですからね」
「確かに今は離婚も多いし、夫婦生活をしている人の中に、本当に幸せを感じながら過ごしている人がどれほどいるかということですね」
「でも、結婚したという事実は、それ以降どうなろうとも変わりがあるわけではないので、結婚願望を持って結婚したという意味では、その瞬間は、幸せだったということですよね」
「その通りなんです。結婚したいと思ったから結婚したという考えは、ごく自然なことなんですよ」
「さつきさんは、その行動を本能だと思っておられるんですか?」
「本能……、確かにそうですね。でも、本能というと、意志が働いていないということですよね。だから、本能という一言で表すのには、少し抵抗があります」
「でも、さつきさんは、本能だと言いたいと思っているように感じられて仕方がないんですが……」
「恋愛と結婚は違いますからね。そういう意味では、結婚は恋愛の延長ではないということです」
「さつきさんは、過程があって結論に達するという理論は、結婚と恋愛に関しては当てはまらないと思っているんですか?」
「少なくとも私は思っています。もし、そうであるなら、恋愛結婚が成就する可能性は、もっと少ないんじゃないかって思うんですよ。結婚するのは簡単かも知れませんが、別れるというのは、大変なことです。恋愛で別れるのとは訳が違いますからね」
「離婚は結婚の数倍の労力を必要とすると聞いたことがありますが、終わらせるということがどれほど難しいかということなんでしょうね」
「話は飛躍しすぎているかも知れませんが、戦争も始めるよりも、いかに終わらせるかということが重要だと言います。つまりは、無理がある戦いなら、戦いを始める前から、どうやって終わらせるかという青写真を描いておかないといけないということなんでしょうね」
「結婚だって、誰もが期待と不安を胸に抱いてするものなんですよね。しかもほとんどの人が期待よりも不安を強く持つことになる。最初から期待を強く持ってしまった人は、途中で必ず『こんなはずではなかった』と思い、不安の方が強くなる。遅かれ早かれそう思うんでしょうが、かなりの人は、そう感じた時、すでに後には引けなくなってしまい、修復が不可能な状態に陥ってしまうんじゃないかな?」
「でも、そんなことばかり考えていたのでは、寂しい限りですよね」
「でも考えなければいけない時は必ず来るんだから、最初から頭に入れておくというのは悪いことではない」
 さつきは、その言葉を聞いて、頷いた。
 修平も、言葉には出さないだけで、さつきのような考えを持っていた。就職してから、大学時代の友人とも、ほとんど交流のなくなった修平は、こんな話ができる相手がいなかったのだ。
 まさか、会社の同僚とこんな話ができるはずもない。少なくとも金融機関のような「お堅い」職場では、恋愛についての会話など、ありえることではなかった。
 仕事が終わって、同僚と呑みに行くこともない。普段は、会社と家の往復で、家に帰ると疲れからか、何もする気にはなくなっていた。殺風景なので、テレビはつけているが、画面を目で追っていたとしても、見ているわけではない。チャンネルとすれば、ニュースかバラエティという極端なものだが、ニュースもよほど自分に関係のありそうなことでもない限り、スルーしていた。最近は仕事にも慣れてきたので、それほど疲れることもなくなったが、これまでの習慣を変えるまでには至らず、相変わらずの生活を続けていた。
 そんな時に再会したのがさつきだった。
 実は、さつきとの再会の少し前から、萩の街を恋しく思っていた。ただ、思い出すのは観光についてのことばかりで、さつきやさおり、裕子との出会いに関して思い出すことはなかった。
 あの思い出は、萩の街での思い出でありながら、自分の中では完全に切り離していた思い出だった。その二つの思い出を結びつけるキーワードとなるのが、「夏みかん」だったのだ。
 夏みかんジュースの喫茶店、あの店のイメージは、あの三人を最初に見かけた時、そのままに印象に残っている。そして、観光した時に感じた思い出も、同じように残っているのだが、同じ店だという感覚にまったく違和感はなかった。
 つまりは、夏みかんジュースの喫茶店だけは、萩の街の印象と、三人と出会った時の印象を思い出させる唯一の環境だったのだ。
 しかし、実際に印象深かったのは、夏みかんジュースの喫茶店ではない。さおりが救急車で運ばれたのは、宿の中にある喫茶店だった。にも拘わらず、どうしても夏みかんジュースの喫茶店に頭がこだわっているのは、自分の中にある記憶と思い出そうとする意識の中に、何か違いがあるからなのかも知れない。
 その違いも大きなものであるならば、違和感が満載のはずなのに、違和感がないということは、本当に些細なことに違いない。
 その時のさつきのイメージで印象的だったのは、笑顔だった。
「笑顔の似合う女性というのは、少しくらい雰囲気が変わっても、同じ笑顔でいてくれる」
 という思いが強い。さつきに関しても、思い出として残っている場所が、夏みかんジュースのお店とはいえ、記憶と意識の間にギャップは感じられない。その思いがあるから修平は、さつきへの記憶が鮮明なのだと思っていた。
「萩で救急車で運ばれたさおりがいたでしょう?」
「ああ」
「さおりは、あれからすぐに結婚したの。あの時に付き合っていた人だっただけどね」
「確か、そういう話だったね」
「ええ、その人と今はうまく行っていて、私たちの中で、今一番幸せなのが、さおりなんじゃないかって思うの」
「かなり追い詰められていたようだったって話だったよね?」