「生まれ変わり」と「生き直し」
「私も高校時代に好きな男の子がいたんだけど、私の親友も彼のことを好きだって言ったのよ」
裕子の性格からいけば、自分からまわりに言うようなことはしなかったはずなので、友達は、そんな裕子の気持ちを見越して、自分から先に言ったのかも知れない。二人の関係がどの程度のものなのか分からないが、先に告白した方が有利だという一般的な考え方からなのか、それとも、親友に気持ちを隠して相手にアタックすることをフェアではないと思うような女性だったのか、どちらにしても、裕子の方が不利であることは目に見えていた。
「それで?」
「彼を友達に譲る決心をしたのよね。元々私は自分から口に出して気持ちを表に出したわけではないので、簡単に諦めがついたの」
そんなことだろうと思った。そして、裕子は続ける。
「でも、彼のことを譲る気持ちになると、急に友達は彼に対しての気持ちが冷めてしまったっていうのよ。まるで私はバカみたいだって思ったの」
「本当にそう思ったの?」
修平は聞き直すと、裕子は苦笑いを浮かべながら、
「本当はね。友達に譲ろうと思うまでは、真剣に好きだったっていう思いはあるの。でも、譲ろうと思った瞬間から、私の気持ちは本当に冷めてしまったの。本当に彼のことが好きだったのかどうかも分からないくらいにね」
「その気持ち、分からないわけでもない気がするな」
「でも、友達は冷めてしまったから、私に返すって言ったのよ。私は一度も彼のことを好きだって言ったことがないのにね。そのことを友達に言うと、『私のその性格がイライラするの。だから、あなたから彼を奪ってやろうと思ったの』っていうのよ。私は何も言えなくなってしまって、その友達とはしこりができてしまって、それからは、友達として付き合えなくなってしまったわ」
「そのことを話す相手は、僕が初めて?」
「いいえ、さつきにだけは話したわ。でも、男性相手にこんな話を自分ができるようになるなんて、思ってもみなかったわ」
さつきは、自分から気持ちを表に出すことはしないが、しっかりしたところがある。それは、この時の経験が繋がってきているのではないかと、修平は思った。
「きっと、私のような経験は、誰もが一度は通る道なのかも知れないんだって、最近思うようになったの。だから、変に意地を張ったり無駄なことなんだって、さおりには伝えたいの」
「今の話をさおりちゃんにしてあげればいいのに」
「考え方や感じ方は人それぞれなので、迂闊なことは言えない気がするの。特にさおりのように、大切な人がいなくなり、精神的に限界に達して、自分でも想像もつかないような行動に出てしまったのだから、余計に話せないわ」
さおりの生んだ子の父親は、バイク事故で亡くなった。高校も中退していて、親からも勘当同然の扱いを受けていて、親としても、彼が芯で初めてさおりと、そのお腹の中にいる子供の存在を知った。
しかし、それはさおりにとって耐えがたい仕打ちが待っていた。
「あなたが息子をたぶらかして、死に至らしめたのよ」
という、狂気に満ちた精神状態に陥っていた母親から浴びた罵声は、そう簡単に立ち直れるものではなかった。まわりが必死で制止し、さおりに詫びを入れても、すでにさおりの耳には届かなかった。
その時のさおりの精神状態がどんなものだったのか、誰にも想像はつかないだろう。今回の旅行も、彼の死からしばらく経って、それでも抜け殻のようになってしまっているさおりに対して友達が計画したものだった。
計画当時は、まさかさおりが妊娠しているなど、誰も知らなかったが、旅行をしている最中に、皆、自然と気が付いた。
その時、さおりに対して、誰もが遠慮した態度を取ることで、さおりの居場所を奪っていることに誰も気づかなかった。彼女が想像を絶する行動に出たのも、仕方のないことなのだろう。
「さおりは、きっと私たちの態度のよそよそしさに、違和感を感じたに違いないわ。私たち、今までよそよそしい態度なんか取ったことはなかったもの。私もそうなんだけど、皆他人から受けるよそよそしさには敏感なの。特に友達となれば、なおさらだわ」
と言っていた。
まさしくその通りだろう。
裕子は、他人の話をする時、自分の話から入ることが多かった。自分の経験から話すことで、相手に説得力を感じさせたいと思っているようだった。
修平もその思いはよく分かった。
中学時代の友達だった下野隆も同じようなところがあった。まず自分の話をして、それから本題に入っていく。そんな隆の考え方に、中学時代の修平は傾倒していた。
それだけに、裕子の話し方は、相手が女性であっても、親友と話をしているような気分になれる。それが修平にとって嬉しいことであるのは間違いない。
「私は、高校一年生の時に、そんなことがあってから、友達は作らないようにしていたの。下手に作ると、煩わしさしかないような気がしてね。お互いに変な気を遣いながら付き合っていかなければいけないのなら、友達なんかいらない」
「その思いは俺にもあったよ。俺は中学時代に親友だと思っていた友達と、別の高校に行くようになって、そのことを感じたかな? 少しでも距離ができてしまうと、親友が親友ではなくなる。そんな思いに陥ってしまったんだ」
「どういうこと?」
「友達はこうでなければいけないって、無意識に感じていたんだろうね。特に親友ともなるとなおさらで自分の望んだとおりに動いてくれないと、一気に他人になってしまったような気がしてくるんだ。それが裕子が友達に彼を譲ろうと思った気持ちと同じだとは言わないけど、近いものはあると思うんだ」
「そうね。だから、私も修平さんも、自分のことを先に分かってもらって、相手の話を聞くような性格なのかも知れないわね」
「分かっていたのかい?」
「ええ、でも、本当は同じような性格なら、引き合うか反発しあうかのどちらかだと思うんだけど、私たちはどっちなのかしら?」
「少なくとも、お互いに思っていることを言える相手であれば、引き合うと思っていいんじゃないかって俺は思うよ」
「そうね。確かにそれは言えるわね。自分のことを先に言うことが多い私に対して、本音でぶつかってくれたのは、今までではさつき一人だったように思うの。さつきも同じようなところがあるって言ってくれたし、彼女の話を聞いていると、まるで自分にも同じようなことがかつてあったのではないかと思えてくるから不思議だったわ」
女性の間で親友という言葉が存在するのかどうか、修平には分からなかった。ましてや男女間ではどうであろう。裕子には少なくとも五人の友達がいて、親友と呼べるのは一人だけだ。それでも皆で旅行を楽しんでいる。
それに比べて修平は、最初は友達との旅行が多かったが、一人旅を覚えると、一人の方が断然好きになってしまった。今まで一緒に旅行した仲間を親友だと思ったことはなかったが、旅行している間は、
「いずれは、親友になれる相手だ」
と思っていた。
作品名:「生まれ変わり」と「生き直し」 作家名:森本晃次