「生まれ変わり」と「生き直し」
と思える人もいるということを知ったからだ。
ただ、そんな女性といきなり付き合いたいとは思わなかった。むしろ、
「彼女は、俺にとってのアイドルなんだ」
という感覚の方が強くなる。
近づきがたい存在の人と、偶然知り合うことになるなど、想像もしなかった。だが、一度気になってしまうと、どんどん気持ちは近づいていくというもので、遠ざかっていくものなら、余計に引き付けておきたいと思う気持ちになるのも、このタイプのようで、実際に表に出ている感情と、秘めたる感情とで、ここまで開きがあるというのも、初めてのことだった。
さらに彼女の特徴としては、身体が華奢だった。初めてキスをした時、抱きしめたのもその時が最初だったのだが、あまりにも華奢な身体をしていることに驚かされた。
「少しでも強く抱きしめれば、折れてしまいそうだ」
今まで修平は、華奢な女の子を好きになったことはなかった。自分がスリムで痩せていることから、
「好きになる女性はグラマーなタイプの人だ」
と思ってきた。
ないものねだりというところであろうか。
胸もそれほど大きいわけではない。一種の「幼児体型」と言ってもいいだろう。
修平の好みのタイプの女性は、顔はあどけなさの残る女の子で、体型はグラマーな感じのギャップが好きだったのだが、裕子の場合はまったく正反対である。それでも正反対なりのギャップは、それなりに、修平の性癖を刺激したようだ。
裕子が修平と会う時、いつもワンピースにカーデガンを羽織っているようないで立ちだった。
「その恰好、とても似合っているよ」
というと、
「そう? そう言ってくれると嬉しいわ」
と、修平の方を見ることなくはにかんでいたが、頬にほんのりと浮かんだ紅潮した笑顔は、いつも魅力に感じていた憂いの表情に負けず劣らずの素敵な表情に見えた。
それから、彼女はいつもワンピースにカーデガンを羽織った姿に終始していた。
「俺のことを彼氏だと思っていないからできることなのかな?」
と、本当は嬉しいくせに、素直に喜べないことで、自分なりの言い訳を考えてしまう修平だった。
背の高い修平は、裕子と腕を組んで歩くと、髪の毛がちょうど、鼻のあたりにくる。その時に香ってくる芳しい匂いは、シャンプーだけではない、何か男心をくすぐるものを感じさせた。
付き合っているわけでもないのに、裕子は修平の腕に自分の腕を絡めてくる。
「俺たちって、付き合っていると思っていいのかな?」
と、修平が聞くと、
「ええ、私はそのつもりよ」
と、あっけらかんと言われ、拍子抜けしたことがあった。
確かに、最初は修平の方が付き合うということに少し違和感を感じていたが、次第に気になり始めてから、修平の方から、付き合おうという機会を逃してきた。それでも、裕子は友達のように接してくれて、その時裕子が、
「私たちは友達以上、友達未満ではないのよね」
という言い方をした時、修平は、
「それってどういうこと? 友達未満ということは、友達ではないということよね?」
と聞いてみた。
「ええ、そうね。でも、友達以上の友達を、男女間の友達という限定的なものにしてしまえば、この言い方も成り立つような気がするわ」
「ということは、男女間の友達というのは、一般的な友達という感覚とは違うということ?」
「私はそう思っているわ。友情の代わりに、男女の恋愛のような感覚が潜んでいてもいいような気がするの。だから、正確には、恋人未満と言ってもいいんでしょうけど、私の中では同性の友達よりも、少しランクが上のような気がしているので、そんな言い方をしたの」
と言われたので、
「俺たちって付き合っていると思っていいのかな?」
という言葉に繋がったのだ。
つまりは、友達から恋人同士になるまでには、ツーステップランクアップが必要なのだと裕子は言いたいのではないだろうか。
修平は、その時、手放しに嬉しかった。自分が考えていることよりも、さらに奥深いところで裕子は考えていたのだ。
裕子と付き合っているということは、他の誰も知らなかった。修平の友達はもちろんのこと、萩で出会った裕子の友達四人ともである。ただ、途中からさつきは気づいたようで、さつきにだけは、隠そうという意識はなかった。そのうちにさつきに裕子のことを相談するようにもなっていったのだった。
さつきは裕子とは似ていなかった。引っ込み思案な裕子に対して、常に表に出ているのがさつきで、本当であれば、さつきは裕子が男性と付き合うということなど、認めたくないタイプなのだろうと思えるほどだった。
そういう意味では、さつきは修平にどこか挑戦的なところがあるような気がした。ただ、さつきは女性である。男性とは一線を画した見方をするところがあり、特に男性に対しては、逆らえないと感じているような昔ながらのところがある女性であった。
さつきの方が、裕子に比べると、よほど女性らしい。そういう意味では、さつきは男性からモテた。しかし、修平のタイプではなかった。笑顔が似合うところが男性ウケするのだろうが、修平にはどこかわざとらしさが感じられた。
もちろん、さつきにそんなつもりはないのだろうが、修平にはそう見えて仕方がなかったのだ。
裕子と付き合い始めてから、裕子は自分の友達の話もしないし、修平の友達のことも聞いてこない。お互いに二人きりの関係を望んでいるようだ。
「他の男性なら、重たいと感じるかも知れないな」
そういう意味では、さつきと友達関係ができているのはありがたかった。裕子に黙って会っているのは気が引けたが、後ろめたい気持ちがあるわけではない。これも、裕子のことをもっと知りたいという気持ちの表れでもあるのだ。どこに後ろめたさなどあろうものだろうか。
修平は、きっと他の人が見れば、
「おかしな関係」
に見えるであろう関係を、少し楽しもうと思っていたのだ。
裕子と付き合い始めてから少しして、さおりが元気な赤ん坊を生んだという話を聞いた。肉体的にも精神的にもすっかり落ち着いたさおりは、元々、芯の強いところがある女性だということは、さつきからも、裕子からも聞かされていた。
それなのに、常軌を逸したような行動を取ったのは、それだけ追い詰められていたということなのだろうが、裕子やさつきの雰囲気と実際の性格のギャップを見ていると、修平には、さほど驚くべきことではないように思えた。
まだ肉体的には元に戻っていたわけではないさおりも、精神的に元に戻るのが先だった。
「その方がさおりらしいわ」
というのが、さつきと裕子の一致した意見で、今ではすっかり母親となって、毎日を忙しく過ごしているようだ。
父親は、最初からいないものだとして、さおりは真剣に一人で育てるつもりでいるようだ。それでも捨てる神あれば拾う神ありとでもいうべきか、パート先の上司から、好きになられているらしい。本人も相手のまんざらでもないと思っているようだが、いかんせん、子持ちということで、どうしても足踏みをしてしまう。
「相手の男性は、それも承知の上で、さおりがいいって言ってくれているのにね」
と、ため息交じりで裕子は話した。
作品名:「生まれ変わり」と「生き直し」 作家名:森本晃次