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「生まれ変わり」と「生き直し」

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 確かにお姉さんの顔や表情を忘れてしまったことは後悔に値する。しかし、それだけであれば、後悔を引きずる必要はない。何か、他に忘れたくないという思いがあるからこそ、後悔を続けてでも、忘れたくないという思いを持続させる必要があったのだ。
 修平は、自分が小学三年生の頃の記憶を引き出そうとしていた。
 あの時、毎日のようにお姉さんの家にいき、一緒に学校に通っていた。
 お姉さんのイメージとして、どうしても忘れられないのが、血の臭いを嗅いだ時に感じた、
「大人の雰囲気」
 だった。
 血の臭いから、小学三年生の自分がどうして血の臭いを感じたのか、思い出せない。
「ひょっとすると、大人の雰囲気を感じたのは昔ではなく、後になってからなのかも知れない」
 つまり、過去の記憶の時系列が、修平の中で固定化されてしまっていて、
「血の臭いを感じたから、大人の雰囲気を感じた」
 という一連の流れを形成したのかも知れないという思い込みだった。
 修平は裕子と仲良くなった。付き合ってみたいという思いがないわけではないが、それよりも、ずっと連絡を取り合っていたいという思いの方が強かった。自然な感覚で付き合っていければいいという軽い気持ちだったのだ。
 裕子という女性は、友達の間でも人見知りする方だと言われていたようだ。初対面の人に心を開くことはまずない。何度か会って話をすることで、心を開いていくようだ。だかた、付き合うことになった相手がいたとしても、二人でデートするようになるまでには、結構な時間が掛かる。ただ、相手がオープンな性格の人でないと裕子は心を開かないというわけではない。どちらかというと、相手も静かなタイプの人の方が多い。お互いに似た者同士の方が、話をしていても分かり合えるのかも知れない。
 修平とは、さつきと一緒にいる時に知り合った。さつきの中での修平の第一印象は、
「寂しさを感じさせる人」
 というイメージだった。
 しかし、すぐにそれは間違いであることに気づいた。
「感じていたのは寂しさではなく、相手に悟られないようにしなければいけないという思いが、閉鎖的に見え、寂しさを感じさせただけだったんだわ」
 修平に対しての第一印象は、誰もが大差のないものだった。しかし、知り合っていくうちに、修平に対してのイメージは変わっていき、人によって、大きく二つに分かれるようだ。
「人を寄せ付けることをしない神秘的なところがある人」
 と、感じる場合と、
「彼を見ていると、どんどん分かってくる気がする。それは、彼が私の性格と似ているからだわ」
 という思いを感じる場合である。
 どちらも最初のイメージから派生的に感じられたものだが、裕子の場合は後者だった。裕子のように修平の性格が自分に似ていると思っている人は、えてして神秘的に見られている人が多い。そういう意味では、派生したとちらも、まったく違っているように見えて、案外、似たところを秘めているのかも知れない。
 裕子は、今まで男性と付き合ったことがないわけではない。ただ、いつも一緒にいないと気が済まないというタイプではなく、逆に男性の方に、ずっと一緒にいたいと思わせるタイプで、次第に近づいてくる男性に、次第に冷めてくるところがある裕子は、長く付き合っても三か月というほど、急に相手が嫌になったりしていた。
「裕子は、付き合いにくいタイプの女性よ」
 と、さつきから言われたりもした。しかし、
「いや、まだお付き合いしたいというところまでは行ってないからね」
 というと、少し考えてから、
「でもね。裕子と付き合った男性は、大体最初は誰もがそんなことを言っているのよ。男性の方が控えめというか、どこか、逃げ腰というか……」
 と、気になることを言っていた。それでも、
――俺に限ってそんなことはない――
 と、真剣に好きになったわけでもない女性に、気持ちを翻弄されるなどということはないのだと自分に言い聞かせていた。
 裕子という女性は、それまでの修平の好きな女性のタイプを変えたという意味では、大きな存在になった。性格にいうと、
「タイプが広がった」
 というべきなのかも知れないが、誰かを好きになったらその人しか見えなくなる修平にとって、最初に、
「好きな女性のタイプが変わった」
 と感じたのなら、それ以外の発想は出てこない。シャットアウトされたと思ってもいいだろう。
 さつきに言われた、
「逃げ腰」
 という言葉が心に引っかかった。
 確かに逃げ腰と言われるのが一番しっくりくる。別れることになった時のための言い訳だとしても、どこか空々しい気がするのに、それを分かっていて口にするのだ。逃げ腰という表現がピッタリな気がする。
 裕子を見ていると、平常心の時は、友達以上の関係を築ける気がするのに、女性として意識してしまうと、まるで自分が、ヘビに睨まれたカエルのようになってしまいそうで怖いのだ。
 今の裕子は二十二歳で、その時の修平と同い年だった。
 だが、どう見ても、自分よりも五つくらい年上に見える。五人組の中でも一番落ち着いて見えるからだろうが、その理由が、
「彼女の魅力は、笑顔の時よりも、少し憂いに満ちた顔をしている時の方が際立っている」
 というところにあった。
 知り合ってすぐに、そのことに気づいていたはずなのに、意識として表に出てくることはなかった。そのことに気が付いたのは、連絡を取り合うようになってから、しばらく経ってからのことだった。
 彼女とは、連絡を取り合っているだけでよかった。普通なら、段階を踏んで、どんどん相手に近づいていくものなのだろうが、裕子に対しては、下手に近づこうとすると、相手から拒否られるような気がして仕方がなかった。
「拒否られるくらいだったら、近づこうと思わない方がマシだ」
 今までで、そんな風に思える女性は、修平にとって初めてだった。
 青春時代の恋というのは、もっと燃え上がるような感情が表に出てくるものだと思っていた。それだけに、裕子に対しての感情は、恋ではないと思う。
 しかし、この感情は、今に始まったものではなかった。誰かを密かに思う続けることが恋愛だと思って言う修平にとって、これが初恋ではないと思うからだ。
 今までに、
「これが初恋だ」
 と思うことは何度かあったが、そのどれが本当の初恋なのか、自分でも分からない。どれが初恋だったかなどということは、この際、あまり関係のないことのように思えた。
 裕子という女性は、ショートカットの似合う女性だった。どこかボーイッシュなところがあるくせに、笑顔が可愛いと思える女性に対して、そのギャップから、好きになることもあった。
「ショートカットの似合う女の子は、ロングも似合うはずだ」
 というのが、修平の理論だった。もちろん、根拠などどこにもない。しかし、まず自分がそう感じることが肝心だと思っていたのだ。
 ということは、ショートカットが似合う女の子の条件というと、
「笑顔が可愛い」
 というのが、今までであれば絶対不可欠な条件だったはずである。
 しかし、裕子と知り合ってから、その思いは瓦解していた。裕子のように、
「笑顔の素敵さよりも、憂いを感じさせる表情の方が、彼女らしい」