「生まれ変わり」と「生き直し」
朝日が差し込んでいるのを見て、違和感を感じたのは、寝ぼけていたからではない。むしろ目覚めは爽快な方である。それなのに感じた違和感は、時間的なものでの違和感ではない。どちらかというと、
「時系列に対しての違和感だった」
と言ってもいいだろう。
修平は、夜中に目を覚まし、露天風呂に向かったという記憶はしっかりと残っているのだが、それが今から数時間前だということに違和感があった。
それは、昨日いろいろなことがあって疲れて寝てしまってから、朝までの間に目を覚ましたことに疑念を持った。いつもであれば、目を覚ましたとしても、気のせいだと思えてくるほど、そのまま二度寝してしまう可能性が高いからだ。それだけ身体に疲れが蓄積しているはずだからだった。
修平は、朝の目覚めも、悪いものではなかった。確かに家にいる時よりも旅行先での方が目覚めはよかった。大学卒業前くらいになってから、その理由が分かってきたのだが、
「目を覚ました時、普段なら家の天井が見えるのに、旅先では知らないところの光景が飛び込んでくる。だから、ビックリして目を覚ますことで、ハッキリとした目覚めができるんだ」
と思うようになった。
しかし逆に、
「寝ぼけているのでは?」
と思うかも知れないという思いもあった。しかし、旅先での方が熟睡できる修平は、
「熟睡できる方が、寝ぼけない」
と思うようになった。その理由はそれだけ自分が臆病だからだと思っている。
特に、仰向けになって寝ることが多い修平にとって、目が覚めて最初に目に飛び込んでくる光景は天井である。天井には模様があり、見慣れていない模様を目の前にするということがどれほど恐ろしいものか、実感している。旅行先でのサッパリとした目覚めのために、目覚めた瞬間に感じる恐怖が関わっているなど、すぐにはピンとくるものではない。目覚めた時には、最初に感じた恐怖はすっかりと忘れてしまっているからだった。
修平にとっての目覚めは、自分の状況を把握できるようになった時からを目覚めだと思っている。もし、寝ぼけていたとすれば、それは目覚めではない。元々あまり寝ぼけるということのない修平ではあったが、目覚めた場所であったり、目覚めた時間などが、すぐには思い出せないことも少なくはなかった。そんな時、意識は最初からあったはずなのに、自分の状況を把握できなかったということで、修平自身は自分で目覚めだとは認めていない。まわりの人が見ると、
「寝ぼけている」
と写るかも知れない。
だが、本人は決して寝ぼけているとは思っていない。少なくとも目を覚ましたわけではないのだが、夢の中というわけでもない。何とも中途半端な状態なのだ。
旅先では、あまりそんな中途半端な時はない。特に卒業前にやってきた萩での旅行では、寝ぼけていたなどということはなかったのだ。
目が覚めて時間を見ると、まだ六時前だった。朝日が差し込んできたと思ったのは、街灯の明かりであり、身体を起こして初めて、そのことに気が付いた。まだ少し寒さは残っていたが、今から朝風呂に入ろうという思いはなかった。目が覚めてしまったのだから、とりあえず、ロビーに出向いてみようと思った。
さすがに六時前というと、まだロビーは閑散としていた。奥に椅子があり、その向こうにはホテル自慢の綺麗な日本庭園が広がっている。夜間は綺麗にライトアップされていて、椅子とテーブルが、浮かび上がったように見えていた。
「露天風呂の帰りに、ここで座って行ってもよかったかな?」
とも感じたが、その時の心境を思い出そうとすると、急に頭痛が襲ってきて、思い出すことができなかった。
「おかしいな」
と思い、目を覚ましたつもりだったが、まだどこか夢の中にいるのかも知れないと思うと、とりあえず、目の前に浮かび上がった椅子に、腰かけてみることにした。
椅子に近づいてみると、さっきまで気づかなかったが、誰かいるような気がした。浮かび上がって見えていることで、大きな身体が椅子にもたれかかっているかのように見えていたが、セミロングの髪が靡いているように見えると、思ったよりも華奢な身体が、そこにいるのは女性であるということを示していた。そこにいたのが男性であれば、そこまではなかったが、女性であることを知ると、まるで妖怪変化のように思えてくる不気味さを感じていた。
影絵で見た指を重ねた時にできる犬のシルエットだったり、障子をシルエットにした人形劇だったりと、修平は子供の頃から、影絵は苦手だった。その時に見たシルエットに浮かび上がった女性を妖怪変化のように思えたのは、子供の頃の影絵の記憶がよみがえってきたからだった。
近づいてみたが、相手は修平の存在に気づかない。修平も気づかれないように近づいているつもりだったが、途中から気づかれてもいいように、大胆に近づいた。もし気づかれないように近づいて、寸前になって気づかれたら、却って驚かせてしまうことになる。それなら、最初から気づかれる方が、相手に対しても失礼ではないし、こちらとしても、いきなり驚かれることで、お互いに怯えに繋がることを避けたいという思いから、大胆になる方が、却って自然な気がした。
最初は、さほど距離はないと思っていたのに、近づくにつれて、意外と遠いことに気が付いた。ある程度の距離に近づくまで、まったく近づいたような気がしなかった。ちょうど、気配を消しながら近づいていこうと思った時であった。
相手の様子が分かるようになると、そこにいるのが見覚えのある人であることが分かってきた。
「裕子さん?」
声には出さなかったが、思わず声を掛けてしまいそうになった自分にドキッとしてしまい、後ずさりしそうになった。
それでも裕子は気づかない。自分のまわりに何が起こっても、今はまったく気づくことはないように見えた。
シルエットではあったが、その時の裕子には昼間感じた「負のオーラ」を感じることはなかった。
しかし、オーラ自体を感じない。そこにいるのは確かに裕子なのだが、気配を感じるわけではなく、目の前に見えているから、存在しているという認識でいるだけで、もし、
「そこにいるのは、裕子の幻だ」
と言われれば、素直に信じていたに違いない。それほど、その時の裕子には気配がなくなっていて、いかにもシルエットに浮かんでいる影絵を彷彿させるものであった。
それでも、裕子が修平に気づいたのが分かると、今までのシルエットではない。裕子が浮かび上がってきた。それは、昼間さつきと一緒にいた裕子ではなく、
「以前どこかで会ったことがあったような」
という思いを抱かせた裕子だった。
「あの、すみません。以前どこかでお会いしましたでしょうか?」
修平の聞きたいことが、最初の裕子からの言葉だったというのは、修平を驚かせたが、逆に嬉しくもあった。
――同じことを思ったんだ――
作品名:「生まれ変わり」と「生き直し」 作家名:森本晃次