短編集16(過去作品)
恐怖のホタル
恐怖のホタル
暗い夜道をホタルが数匹行き交うのが見える。
黄色い明かりが迫ってくるのが見えたかと思えば、赤い光が遠くなっていく。
赤い光が非常に大きく見えるのは雨が降っているせいであろうか? どうも煌いて見える気がする。
しかし、それはホタルなどと気の利いたものではなく、しかも今は冬である。なぜ、ホタルを思ったのか自分でも分からないが、今日の雨をそれほど冷たく感じないからかも知れない。
傘は差していない。頭から容赦なく流れ落ちる雨のために、目がぼやけて見えている。手に持った傘を差そうなど、最初から頭になかったのだ。
最初は、冷たさも気持ちいいとさえ思っていたような気がする。そのうち肌の感覚がなくなり、いつの間にか冷たさを感じることはなくなった。
――風邪でもひいたらどうしよう――
頭の片隅に、その思いがあった。あくまでも漠然と……。
そんな心配をしている自分がおかしくなってくる。
――バカじゃないのか、それなら最初から傘を使えばいいのに――
そう言ってあざ笑っているのは、表から見ているもう一人の自分だった……。
クラクションが聞こえる夜の国道。彷徨い歩くように、私は一体どっちに向かっているのだろう……。
近くの駅まで歩いて十分、東京郊外の外れともなると、下町と呼ばれるところがあるものだ。高校までは北陸の田舎町で育った私にとって、初めての東京がどんな風に写ったことだろう?
――思ったほど、都会ではないな――
繁華街に出てみた感想だった。
「いやぁ、東京ってとこはすごいぞ。あんなにすごいとは思わなかった」
行ってきた人にそう聞かされていたので、写真と話から、かなりの誇大妄想を持っていたようだ。
元々クールと呼ばれるタイプであるが、きっとそんな冷めたところが、皆にはそう見えるのかも知れない。
まだ電車などに乗るとパリッとしたスーツに身を包んだ、いかにも新入社員という連中を多く見かける。私もその中の一人なのだが、きっと集団でいなくても目立つほどのリクルートかも知れない。
東京の私立大学を普通の成績で卒業し、大手とまではいかないが、全国に支店のある中流の会社に就職できたことは、きっと喜ぶべきことなのだろう。
勤務地も東京に決まり、大学時代に引き続き一人暮らしとなったわけだが、やはり大学時代の一人暮らしとはわけが違い、戸惑いもあった。
何しろ友達が多かった大学時代、時間があったこともあって、よく友達が遊びに来ていた。夜を徹して話す内容も豊富で、何より時間の経つのを忘れていた。
――そういえば、よく人生や夢についてなど語ったな――
懐かしく思い出すことができる。
果てしない夢は人生に似ている。
先が見たいにも関わらず、ある程度見えてしまうと面白くない。当然いろいろなことを想像できるわけで、それだけ、話を始めると尽きることはない。しかもそこに時間を感じないのは、それだけ集中して考えているからだろう。
大学時代によく話したこととして、最初は女性の好みの話から入るのが常套だった。高校時代男子校だった私にとって、大学生活での女の子の存在は、あまりにも眩しかった。
もちろん、それまでに女性と付き合ったこともなく、何をどう話してよいかすら分からなかったからである。
ちょうど、クラスで隣の席に座った友達も田舎から出てきて一人暮らしをしていた。
「水谷ひろと言います。北陸出身です」
と挨拶をすると、
「山下裕也です。僕は岡山からですね」
そう言って話を始めたのがきっかけだった。
どうしても話が女性の好みに走ってしまうのは、まだ多感な思春期の真っ只中にいるということ、そして、今まで見てきた高校の制服に包まれた女性とは一味違う、それぞれ華やかさを持った女性を目の当たりにしているからだろう。
裕也とは、入学早々友達になったので、まだ、桜が散る前だったかも知れない。
その後やってきた鬱病、いわゆる「五月病」と呼ばれるやつにお互いに掛かってしまった。
今まで行くだけで楽しかった大学、通学だけでも億劫で授業なども上の空。それでも、裕也とは何となくだが話しをしていた。もちろん楽しいなどとは思わなかったが、会話が極端に減ったことに気付きながらも、お互いに、時間に流されていたようだ。
そんな「五月病」も気がつけば抜けていた。どうやら裕也も同じような時期に抜けたようで、
「あの時期ってなんだったんだろうな?」
と私が言うと、
「そうだなぁ、ウキウキした気分を冷やす期間じゃないかな?」
と、当たり障りのない、予測できる応えが帰ってきた。
「だけど、僕にとって何となく過ぎた期間というだけではないような気がするんだよ」
「それはどういう意味だい?」
「何か分からないけど、無駄な時間ではなかったという気がして仕方がないんだ。君はどう思う?」
それは私も感じていた。
「そうだね。今から思い返すとかなり前の懐かしい感じがするんだけど、ついこの間のことだったんだよな」
きっとかなり前のことのように感じるほど、自分が変わったのかも知れない。それは、「五月病」に陥る前と変わったという意味でもある。
――キャンパスには花や葉が散るイメージがある――
私の思い込みなのだが、桜の散る季節、紅葉の散る季節、同じキャンパスでもかなりイメージが違ってきていることだろう。
「五月病」が私に与えたものは何だったのか、考えてみるが分からない。しかし、それだけにトンネルを抜けるとバラ色の気分が待っていた。何をやってもうまく行くような気がしてきて、根拠のない自信のようなものが生まれてくる。
「君は自信過剰なタイプだね」
高校時代に先輩に言われたことがある。薄々感じていたことではあるが、面と向って言われるとさすがに考えてしまった。
――それって悪いことなのだろうか?
まず、善悪の問題に頭が行ってしまう。
しかし、要は考え方である。
自信を持つことによって自分の潜在能力が最大限に引き出されるのであれば、それはいいことに違いない。それを自分で勝手に過大評価してしまうと、そこに「自惚れ」が生まれ、まわりの人間を卑下して見えたりするものだ。そうなると人間関係から足元が崩れていき、せっかく持っていた自信を崩れた足元に狂わされてしまう。難しいところなのかも知れない。
しかし、幸いまわりの人間との人間関係は悪くない。同じような性格の人たちが集まったからに違いないのだが、きっとそこには暗黙の了解のようなものがあるのだ。
――暗黙の了解――
それは、自分に自信を持つことを常々考えている人たちだからこそ分かるものもあるのだろう。そうでなければ、
――我が我が――
ということになり、収拾がつかなくなってくる。
誰がリーダーシップを取っているというわけでもないのにまとまって見えるのは、それぞれに「暗黙の了解」が存在するからに他ならないだろう。
裕也と友達になってから、私のまわりには友達が急激に増えた。
私一人ではこんなに作ることはできなかっただろうが、裕也は誰にでも声を掛けられるタイプらしく、そこから広がっていった「友達の輪」である。
「お前が一番の友達だよ」
作品名:短編集16(過去作品) 作家名:森本晃次