短編集16(過去作品)
事あるごとにそう話してくれる。最初に友達になったというのがその理由らしいが、私にも彼と同じように、この出会いに必然性のようなものを感じる。
「ずっと前から友達だったような気がするな」
お互いにそんな気持ちになる。
性格的には、どちらかというと几帳面な私に対し、裕也はズボラな方だった。服装にも無頓着で、上下のバランスが合っていないことも多い。それでも性格がいいせいか、友達には人気のキャラだった。話が面白いというのが一番の理由である。
話題性にはことかかなかった。
雑学のような面白い話をよく知っていて、「物知り博士」の異名をとるくらいである。彼の影響で私も少し雑学の本をあさったりしたこともあった。やはり「ためになる本」ということで、読むのも楽しいものだ。
そんな裕也と少し疎遠になり始めたのは、就職活動に勤しみ始めた大学四年生の頃だった。
私が商社系を狙っているのと違い、メーカー系を狙っている裕也とは必然的に話をする機会も少なくなってくる。大学での情報収集にしても、同じところを狙っている連中と密になることは、どうしても避けられないのだ。
就職は裕也の方が先に決まった。疎遠になりかかっているとはいえ、それぞれ意識していたのだろう。裕也は私に気を遣ってか、あまり話しかけてくることはなかった。
お互いに気を遣っているのが分かっているのか、キャンパスで会っても何となくぎこちない。それでも私の就職が決まると、皆で就職祝いをやった。友達の中でも私が決まったのは遅い方だったのだ。
「水谷は選びすぎたんじゃないのか?」
「そんなことないさ、業界によって違うからな。どうしても皆のようには行かないさ」
そう言って苦笑したが、それもまんざら嘘ではない。
中流とはいえ念願の商社に入社できた私は、その時それまでになかった自信というものを初めて感じたのかも知れない。
就職活動を始めてからの不安というものは、口では言い表せないものがあった。それは就職してから何年か経ったあとでも、その時の心境を夢に見るくらいなので、当然のことだろう。
しかし、それまでの大学生活の中で不安がまったくなかったと言えば嘘になる。
私はどちらかというと常に心に不安を持っているタイプだ。
いわゆる「取り越し苦労」といわれるやつなのだが、
――一体何がしたいんだろう?
楽しいはずの大学生活、確かに皆と遊んでいたり話をしているだけで楽しかった。しかし、自分の中で釈然としないものが渦巻いていたのも事実である。
――大学に入って何がしたかったのだろう?
高校の時にそこまで深く考えたことはなかった。とにかく大学に入れば、その時に考えればいいこととして、ただ勉強に勤しむだけだったのだ。入ってしまえば受験勉強の反動か、甘い誘惑の渦巻く大学生活、ドップリ浸かってしまうまで、自覚がなかった自分を無意識に責めている自分がいる。
女性に対してもそうだった。
大学に入れば「よりどりみどり」、普通にしていれば彼女くらいはすぐにできるものだと思っていた。それまでどちらかというと真面目で、暗い雰囲気のあった高校時代、そこからの脱皮が大学生活最初の目標だった。
――大学生活に染まりさえすれば、何もかもがうまくいく――
そう思っていた。
だが、なかなかそうはうまくいかなかったのも事実である。
確かに話題性を集めて、楽しく会話に参加しても、下手をすれば、
「あの人、楽しいだけ」
ということで三枚目を演じることになることだってあった。
元々クールなキャラを演じることのできない自分は、面白さを「ウリ」にしようとしても、所詮「面白さ」で売っている人の「二番煎じ」でしかなかったりする。
きっとそれが三枚目たる由縁なのだろう。
しかし、考えてみれば、そのことを早い段階で理解したことは私にとって不幸中の幸いだったかも知れない。
男友達には人気があった。それなりに身分相応を分かっていて、合コンなどしても、まわりの人間に気を遣っているように見られていたようだ。
実際にはまわりに気を遣ったりはしていない。自然な行動なのだ。そんな意識もなく行動できる自分が我ながら好きだった。相手が男であっても、いや、男だからこそ嬉しい人間関係というのもあると、初めてその時に知ったのだ。
しかも同時に、
――大学というところは、学問以外でも人間形成や、人間関係を養うところだ――
ということも知った。
キャンパス内を漠然と歩いているように見える学生も、皆それぞれいろいろなことを考え、悩みを抱えているんだと思っただけで、大袈裟だが人生の縮図を見た気がしていた。
しかし、さすがに就職活動にそんな考えは通用しなかった。
大学時代に培った、友達からの信頼感など、就職活動では役に立たない。情報提供という意味では、それぞれ情報を教えてくれるのでいいのだが、いざ面接となると、さすが相手は海千山千の面接官、今までの自信など、木っ端微塵に打ち砕かれてしまう。
焦っていないつもりでも、焦っていた。まわりはどんどん就職が決まっていく。
しかし、友達の手前そんな焦りを顔に出すこともなく、辛かったのも事実だ。次第に目標のランクも下げていく。
やっと決まった就職先は、私が考えていたより厳しいものだった。
成績もいい方で卒業できそうだし、面接にも自信があった。それも学生時代の対人関係あるがゆえであったが……。
実際、面接官にも臆することなく対応できていた。聞かれた質問にも的確に答えることができたはずだし、実際一次面接で不合格になった時は、自分でも驚いた。
もちろん、質問に対する応答のマニュアルは事前に作っていて、その通りの受け答えもできた。
質疑応答も完璧だったはずだ。だが、きっとどこかにその会社の質に合わない何かがあったのだろう。そう考えないと次々にある面接、精神力が続かない。
自分の、持っていたはずのプライドが崩れた瞬間だった。
就職は決まらない。まわりから気を遣ってくれているのが手に取るように分かる。それだけに焦りと惨めさのようなものが一緒に襲ってくるのを抑えることができなかった。
今でもその頃の夢を見ることがある。
私は無事に卒業し、就職もできた。その事実は頭で分かっているはずである。
その証拠に、就職活動時代の夢を見ても、私はサラリーマンという意識がおぼろげにあるのだ。だが、なぜか就職活動をしっかりしないといけないと思うのである。
夢とは不思議なものである。
自分の現在を分かっていても、その矛盾を夢に見る。潜在意識が見せるのが夢だというのであれば、就職できて社会人だという潜在意識もしっかりと存在しているのだ。
しかし、頭の中に今もなお残る、
――就職活動での苦しみ――
これが、トラウマとして残っているのかも知れない。
就職が決まったのは、十月に入ってからだった。
まだ決まらない連中もかなりいたのだが、なぜか私の友達は皆決まっていた。当然焦るのも仕方のないことで、それだけに決まった時の喜びは、口にできるものではなかった。
元々、自惚れが強いタイプの私のこと、決まってしまえばそれまでの辛かったことは忘れていた。
――やればできるじゃん――
作品名:短編集16(過去作品) 作家名:森本晃次