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短編集16(過去作品)

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 いつもであれば、アベックが気になるのだが、今日は家族連れが気になってしまっているのは、いつもと精神状態が違うからであろう。
――平凡な生活――
 夢に見ることなどなくとも、簡単に手に入るものだと思っていたことである。
 結婚するまでは、考えたこともなかった「平凡な生活」への憧れ、きっと、ずっと無意識であるが、脳裏にりえが浮かんでいたからに違いない。
――この駅で降りたのも何かの縁かも知れない――
 引き寄せられるように駅を降りると、足は自然に美術館へと向っていた。中学時代とは違い、公園の道が短く感じる。もう少し距離があったように感じるのは、散り行く桜に気を取られていたからかも知れない。
――まるで今の私のようだ――
 自分の意志で考えられなくなると、自然と笑みが零れるもののようだ。考え事をしているようでも、自分で考えているのではない。思い出すことにしても、ただ頭に浮かんでくるだけで、新しい発想など出てくるものではない。
 そういえば、絵を描くようになってここにも何度か訪れている。一人で来たこともあったが、りえを伴ってきたこともあった。いわゆるデートだったような気もする。
 しかしなぜだだろう?
 そのすべてよりも、中学時代に学校から初めて来た時の、あのイメージしか湧いてこないのだ。しかもまるで昨日のことのようにである。
 切符を買って中に入る。何の展示をしているかなど見ずに入ったことを、入場してから初めて気付いた。
 館内は相変わらず静かで、空調の音なのか、耳鳴りのような音と、乾いた靴音だけが響いている。客はほとんどいなかった。
 少し高い位置に飾られている絵を一枚一枚見ていく。何も感じる余裕などないはずなのに、何かを感じようとじっくり見つめてしまうのは、以前絵を描いていた時の感覚で見ているからに違いない。
――この感覚どこかで――
 そう感じながらちょうど中間くらいに差し掛かったころであろうか。
 一人の女性が絵を見つめている。まるで魂が抜けたかのようだ。幼さが残るその顔に見覚えがあったが、ハッキリと正面からの表情を思い出すことはできない。
「この絵は」
 私がここで感じ、絵を描くことへのきっかけとなった「西洋の城」の絵、それが飾られていた。記憶がフィードバックする。
 一生懸命にその中にいる自分を探している。きっと数日前にりえもここに来たに違いない。
 それが数年前のりえであったことを、私はしばらくして薄れいく記憶の中、全身にまわった痺れとともに感じるのだった。
 今の私のように……。

                (  完  )

作品名:短編集16(過去作品) 作家名:森本晃次