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短編集16(過去作品)

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 私もその後に彼女の見ていた絵の前に立ち同じ絵を見つめたが、何か引き寄せられるようなものを感じた。彼女が見ていたからそんな風に感じたのかも知れないが、そうでないかも知れない。
――何か懐かしさのようなものを感じる――
 と感じたのも事実であった。
 以前に見たことのある風景のような気がする。前にも同じ絵を見ていたのだろうか?
 それにしても、最近でないことは確かである。見たとしてもかなり前、それは中学の時に感じたことなので、小学生か、その前か……。
 私が絵に興味のなかった頃だったから、覚えていないのだろう。しかし、それでいて見た記憶だけはハッキリとしている。それだけ印象に深い絵だったのかも知れない。
――絵の中に吸い込まれる。まるで絵の中に自分がいるようだ――
 絵の中にいる自分が、絵を見ている自分を見つめているような、そんな気持ちさえもあった。
 城の門のところから、漠然と空を見上げている自分。空はきっと快晴で、雲ひとつないような感じさえ窺える。最初、門を出る時は何も考えていない。しかし、いざ門を出てしまうとなぜか空が気になっている。それはその時が初めてではないと感じているのだ。
――快晴の時に限ってそうなのだ――
 絵を見ているはずの自分がそう感じている。
 瞬きをすると、門のところにいたと思っていた人物は消えている。瞬きの瞬間に私は絵の中に入り込み、そして絵の中から空を見上げていたのだ。
 見上げた空の向こうに、見つめている自分を意識できたのだろうか?
 瞬きをしてしまった私には、それを考える術はなくなっていた。
 写真を撮ると、魂を吸い取られるという文明開化の時代に迷信があった。じっと見ている絵に思い入れていると、自分が中に入っているような錯覚に陥るのも、無理のないことかも知れない。
 迷信を信じる方ではない私だったが、超常現象を信じないわけではない。人間の考えていることが分かったり、実際に起こることを予言する人の存在は、あながちでたらめではない気がするのだ。そこに根拠があるわけではないが、感じる力を持っている人間に、それくらいの力が備わっていて不思議はないと思っている。
 もし私が芸術家を目指せばどうなっているだろう?
 時々そんなことを思い浮かべることがある。
 私にとって、絵の中の自分はまるで「決断できない自分」に見えた。
――決断できない自分が、絵の中でもがいている――
 何かを必死に訴えているのだが、絵の中という平面的な世界に音や声という概念はなく、その訴えは聞こえない。自分で見ていても絵の中では、何を言っているのか分からない。それが決断できないからだと思うのは、きっと私だけであろう。
――人と話すのが怖い――
 そう感じたのはいつが最初だっただろう。りえに感じたのが最初だった。どちらかというと話し上手ではない私だったが、人と話すのにそれほどの抵抗感はなかった。むしろ、自分から話しかける時の話題性に欠けるだけで、話は嫌いな方ではなかった。その証拠に友達からよく話しかけられる方でもあったのだ。
「お前は聞き上手だからな」
 友達に言われて、初めて意識したのが、高校に入ってからだっただろう。それまでは、漠然と話を聞くことが楽しかっただけなのだが、却って意識してしまうと、苦痛に感じることも出てきてしまった。
 その影響も若干あるのかも知れない。
「最近、矢島は話を聞いてくれない」
 といわれているかも知れない。あまり話しかけられなくもなった。今の私からは、「話しかけにくい雰囲気」というものが出ているのかも知れないとさえ思った。
 私がりえと再会したのは、大学二年の冬だった。
 帰省してきているりえが、突然私を訪ねてきたのだ。
「矢島くん、久しぶり」
 そう言った時の彼女の顔は私の知っているりえではなかった。言い方を変えれば、
――私が描きたかったりえではない――
 ということになるのだろう。
 肌が白く、大人っぽい雰囲気で、それでいて高い声がいろっぽい彼女の雰囲気は、知っているりえに違いない。しかしどこか、何かが違うのだ。
 少しうつむき加減の彼女は、決して顔を上げようとはしない。何かに怯えているようにも見えるが、それよりも、自分に自信がないように見えるのだ。
――守ってあげたい――
 咄嗟にそう感じた。
 私はりえの顔を穴が空くほど見つめていた。
――これは私の知っているりえなのだろうか?
 そう感じた時、私の頭には西洋の城の前で佇んでいて、その顔を空に向け、何かに怯えているような、そんな感じを受けた。
 恐怖が走った。
 平面の恐怖というか、その場所から逃れられない自分がいるような、そんな怯えである。
もし、自分が絵の中の住人なら、そんな不安を感じることはなかったであろう。しかし、自分が三次元の世界の人間であるという意識はあるのだ。それだけに、絵の中の自分のことを何も知らないくせに、すべて知っているような錯覚に陥る。以前見た、絵の中の自分が漠然とこちらを見ているのが分かる。
 決断できない自分を見ている。
 りえに対しての強い想いが私の中にあるのは分かっている。しかし、今目の前にいるりえは、私の強い想いを寄せているりえとは、どこかが違っているのだ。それでも私の中でのりえへの想いはつのるばかり、何が私をそうさせるのだろう?
――決断できない、優柔不断なところ?
 しかし、決断できないだけで優柔不断といえるだろうか?
 りえ以外の女性に興味があるわけではない。あくまで私が見ているのは目の前のりえだけなのだ。
 私にはりえが二重人格に見えている。きっとそれは自分が二重人格であることを自覚し始めた証拠かも知れない。自分が分かってくると好きな人も見えてくる、その人のことを真剣に見つめるからだろう。
 静かな場所で一人佇んでいる光景を思い浮かべてしまうことがある。
 私は時々もう一人の自分を思い浮かべる時がある。事業家として会社を立ち上げている夢だ。きっと決断ができる性格になりたいという思いから、そんな妄想を抱くのかも知れない。
 人と話すのが怖い。
「どうにかしてくださいよ。こちらもボランティアじゃないんですから」
 遠くから罵声が聞こえる。その声を聞いただけで、背筋に冷たい汗を掻き、どうにもならない自分を感じる。
 まるで夢を見ているようだ。
 罵声を浴びせているのは一人ではない。まわりから嵐のように押し寄せてくるのだ。その声を聞くたびに私は震え上がるのだが、なぜか気分は他人事である。
 こんな気持ちになったのは初めてのはずだった。
――私にもう少し決断力があったら――
 と考えた時に浮かんできた想像、いや妄想、それがこの飛んでくる罵声だったのだ。
 きっと事業を起こしていることに違いはないと思っているのだが、なぜかいい方に考えは浮かばない。失敗する方にばかり考えるのはなぜなんだろう?
――やはり、ないものを考えても所詮、想像の域を出ないのだ――
 夢を見る時に、自分にはできないと思っていることは、いくら夢であっても実現が不可能である。それはいつも感じていることだ。
作品名:短編集16(過去作品) 作家名:森本晃次