短編集16(過去作品)
私の前世に、弥生が関わっていることが分かってきた。ホタルの黄色い光が少し赤みがかって見えているその奥に、弥生の顔を確認できた。
――夢かも知れない――
うなされているようで、目だけが身体から離れ、勝手に暴走しているようにも感じる。それに何とか頭がついて行っているのだが、それも少し無理があるのかも知れない。
実際に頭が働いていないような気がしてくるから不思議だった。苦痛感のようなものは何もなく、ただ目が、追い求めるものについていくのが精一杯なのだ。
真っ赤な液が飛び散る中、女性の悲鳴が聞こえる。
――本当に女性なのだろうか?
この世のものとは思えない断末魔の叫びであった。
幾度か夢でうなされたのを思い出した。汗びっしょり掻いて飛び起きた時、荒くなった呼吸を整えながら、カラカラに乾いた喉にお冷を流し込んだのを思い出した。その時も何か釈然としないものを感じたが、それが前世の記憶をかろうじて思い出した時だったのかも知れない。
「前世」というものを意識してくると、何もかも分かってきたような気がする。
私の前世は武士だったようだ。しかも少し位の高い武士……。
人間、権力があれば、しかも中途半端な権力を持っていれば、それを利用しようと考えるものである。
いわゆる「悪代官」のような位置にいたのかも知れない。当時の私は前世の弥生をかどわかし、無理やり自分のものにしていたようだ。当時弥生と恋仲になっていた男がいたようで、そのことがさらに弥生を苦しめたようだ。
弥生に恋仲の男がいる。
この事実は私を驚愕させ、さらには逆上させた。何事も自分の思い通りにならないと気がすまない私は、逆上すると自分ではなくなってしまう性格だった。男を見つけ出し、問いただし、さらには、弥生に真剣な気持ちがあると知るや、嫉妬から男を「亡き者」にしていた。
それを知った弥生も自らの命を絶ったのだ。
その時にはまったく感情的なものはなく、
――おもちゃが一つなくなった――
くらいにしか考えていなかったのかも知れない。思い出したくない自分の前世である。
しかし今ならその時の弥生の気持ちも分からなくはない。
これ以上の辱めを受けたくないという女としての気持ち。そして自分のために死んでいった男への惜念の思い。それぞれが彼女を追い詰め、自らの命を絶たせる結果になったのだろう。
今私はホタルに身をゆだねながらそのことを考えている。
もうこの世に未練はない。弥生の男、それは裕也の前世であった。一人ならずも二人までもが、前世からの繋がりを私に与えた。私を苦しめるためなのか、二人の怨念がそうさせたのか、偶然という言葉があまりにも不自然な出来事である。
そういえば、山に登った時、裕也がガケから落ちそうになったことがあった。なぜか助けることを躊躇した私だったが、正直助けるために身体を動かそうとすると、金縛りにあったかのように動けなかった。その時の自分の表情を、恐ろしくて思い出すこともできない。裕也の表情は断末魔の顔になっていた。
――意識が薄れていく――
今の私は気持ちがいい。辛いことを思い出してしまったわりには、サバサバした気持ちになっている。なぜなんだろう?
このまま私も死に行く運命。気が遠くなり意識がなくなったその先には何が待っているのだろう? もう今の世界を思い出すことなく新しい世界で生きるのだろうか?
何もかもなくなってしまいたい、何もかも……。
「おい、死んでからどれくらい経ってる?」
「そうですね。これだけ綺麗に白骨化していることを考えれば半年くらいの状態ですね」
スーツに白い手袋の男が、白衣姿の捜査官に聞いている。
「しかし、所持品から身元を表わす男が一ヶ月くらい前まで生きていたことは、ハッキリしているんだけどな」
「そうですね、あのあたりは不思議な死体の多いところですね。しかもそのすべてが同じような白骨死体です」
捜査員一同が黙ってその言葉に頷く。
捜査員の一人が呟いた。
「そういえば、ここのホタルは人の肉を食らって光る不思議な種類のホタルだという噂を聞いたことがあったな……」
( 完 )
作品名:短編集16(過去作品) 作家名:森本晃次