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短編集16(過去作品)

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「自ら、光を発光するものって、ものすごく魅力を感じるのさ」
 以前、そんな話をしていた裕也を思い出した。
 その時は言葉の意味がさっぱり分からなかったが、こうして暗闇の中でホタルを見ているだけで、その時の話を思い出すことができる。
 あの時は失恋の話から入ったのだ。
 確か、裕也が失恋したか何かで、相談に乗っていた時だったような気がする。
 最初こそ、少し落ち込み気味だった裕也だったが、しばらくしてからはサバサバとした様子だった。私と話をしてある程度割り切れたのかと思い、嬉しく感じたものだった。
「失恋ほど、自分を見つめなおすことができることはないんだな」
 悟ったように裕也が語る。ある程度の話をしてきた中で、少しトーンダウンした後だっただけに、言葉に重みのようなものを感じた。
「何だい、悟ったように」
「いや、本当にそんな感じがするんだよ。ことに最近よく、鏡を見たりするからな」
「鏡?」
「元々、よく鏡を見ることはあったんだが、最近は表情をよく見るようになったんだ。失恋してからね」
「君はナルシストなのか?」
「失恋する前はそうだったかも知れない。それを最近になって感じるんだ。だが、その頃に見ていたのは目や鼻や口だったりと顔の細部を見ていたが、最近は顔のバランスを見ているような気がするんだ」
「というと?」
「顔のバランスを見ると、その時の自分の精神状態が映し出されているような気がしてくるんだ。それだけに余計に、自分を見つめなおしているって気分になるんだろうな」
 裕也の言っている意味は漠然とだが分かった気がする。
 そういえば私も失恋した時に鏡を見て、そこから自分のその時の落ち込みがどの程度のものなのか、無意識に探ろうとしていたのだと思えるふしもあるのだ。
「鏡って、光があるから写るんだよな」
――また訳の分からないことを言い出した――
 と私は最初感じた。
 時々裕也は自分の世界に入る時がある。そんな時にいきなり話題を変えてくる。しかし、ゆっくりと話を聞いているとすべてが繋がってきて、後で納得させられることも多い。その時は逆らうことなく裕也の話を聞いていた。
 鏡というものに幻想的なイメージを持っているのは私だけではないかも知れない。
 本当は、こちらの世界とまったく逆のものを映し出すのが、鏡のはずだ。
 しかし、本当なのだろうか?
 鏡に写っているものが、本当に反対のものを映し出しているという保障はどこにもない。別に前と後ろを見て確かめたこともなければ、鏡を見ていて、確かめようとも思わない。
――鏡の世界を見ている時の私は別人かも知れない――
 そんなことを感じる時がある。
 鏡に写った自分が違う表情をしないとも限らないと思うこともあるが。それは鏡の前から離れた時に感じることである。鏡に写っている自分に見つめられて、まるで「蛇に睨まれたカエル」状態になっている私は、その人物を本当に自分だと認識しているのだろうか?
 鏡の中の私も私を見ている。この感覚はいつも付きまとっている。見られている私も、見ている私も、意識があるに違いない。
「顔色が悪いぞ」
 そんなことを感じるのも、光の加減だったのかも知れない。口元が呟いている。私が無意識に動かした口の動きのようだ。
 一番最近に見た鏡の中の、自分の記憶である。
 光の加減など、今まで気にしたこともなかった。顔色を意識したことがなかったからかも知れない。
 裕也と見に行ったホタルのことを思い出したのはなぜだろう?
 鏡を見ていていきなり思い出した。光の加減を感じたのはその時だった。顔色の悪さを感じたのとどちらが最初だったのだろう? 今となっては思い出せない。
 鏡に向って手を伸ばしてみる。目の前の自分も伸ばしている。当たり前のことだが、鏡の中だけに、立体感を感じないのは仕方がないかも知れない。
 だが、確実に手は近づいている。今にも触れそうなその手が、震えているのを感じた。
――何となく気が遠くなりそうな気がする――
 少し伸ばせば、手が触れる。そこには鏡という一枚の板があるだけだと分かっているはずなのに、暖かさのようなものを感じてしまうのはなぜだろう。
 やはり光の加減なのか、腕の色も心なしか違って見える。自分の顔は鏡に写さないと分からないが、腕は比較になるのだ。
――本当の姿を映し出していないのかも知れない――
 そう思っても仕方のないことだった。
 鏡の中と、表の世界では、明るさが違うという考えを、誰かが言っていたのを思い出した。そういえば、ガラスを通しての向こうとこちらの世界では、明るさが違うと見えてくるものも違ってくる。
 こちらが明るくて向こうが暗ければ、ガラスは鏡のように、こちらを映し出すだけである。かろうじて向こうも映し出しているのだろうが、意識しなければ分からないものである。
 しかし逆であればどうだろう?
 こちらが暗くて向こうが明るければ、相手からは見えないが、こちらからは相手のすべてを見ることができる。まるでマジックミラーのようだ。
 その話を聞いた時というのは、自分に話してくれた話ではなく、誰かがその友達に話しているのが聞こえたような状態だった。ヒソヒソ話をしていたので、遠慮のような気持ちが働いてか、顔をハッキリと確認しなかった。それが今となっては、口惜しい。
 しかし、声には何となく聞き覚えのようなものがあり、違和感なく聞けただけでなく、懐かしさのようなものさえあった。
 その人のいることは、最初から意識していたわけではない。喫茶店の中の雑踏とした雰囲気の中でかすかに聞こえてきた声に懐かしさのようなものを感じていると、鏡の話をしているのが確認できたのだ。
 内容まではハッキリと確認できなかったが、ハッキリと聞こえてきた内容が、鏡の世界の明るさの話だけだったのだ。
 それ以後も話は続いていたようだったが、聞き耳を立てていたにも関わらず、確認できなかった。きっと興味のある話だったのだろうと思ってみたが、そう感じれば感じるほど口惜しい。
 今までに、日が暮れてから電車などに乗って、車窓からぼんやりと表を眺めながら感じていたことではあった。特に田舎の方へと走る車線の遅い電車など、寂しさとともに、自分の顔に明暗を見てしまって、気持ち悪さを感じたりしていた。しかし、実際にそれが本当に自分を映し出しているものかどうかなどということを感じていたかどうか、ハッキリ分からない。今となっては、感じていたかも知れないが覚えていないのだ。
――鏡の中では殻に閉じこもっているようだ――
 明らかに違う顔色、それを感じた時、表情が違うのを感じた。
 本当に同じ人間なのか分からないとも感じるほどで、強く見つめられると、思わず視線を逸らしてしまっている。
 しかし、そんな時でも視線を感じるのだ。私を見つめる目が絶えず突き刺さっている。逃れられないと感じると、思わず背筋に冷たい汗を感じていた。
 手が届かないと思っていたことに対して、少しでも自分のものになるものがあれば、それが私にとっての自信となるのだ。それを感じたのは就職してから、弥生に出会ってからである。
 弥生は今までの私の、何となく自信のなかった人生を変えてくれた。
作品名:短編集16(過去作品) 作家名:森本晃次