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短編集16(過去作品)

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「君とは性格的にだいぶ違うはずなんだけど、考えていることがよく分かる。そうだなぁ、
きっとずっと前から知り合いだったような気がするという気持ちと似ているかも知れないね」
「それだけは俺も同じ気持ちなんだよ。性格が違っても気が合う友達っているよね。それが君なんだよ」
「波長が合うんじゃないか?」
「きっとそうだろうね。バイオリズムがカーブしているが、その接点のような感じなのかも知れない」
――まるで自分を見ているようだ――
 裕也を見ながら感じたことがある。
 夏によく山へキャンプに行くのが好きだった裕也とともに、私も一度ついていったことがある。山脈になった山の中腹あたりに流れている川のほとりに、キャンプ場はあった。
 そこは、水も冷たくて美味しい。下界とはかなり温度差があるようで、少し風が吹いただけでも冷たさを感じるくらいだった。
 しかし、まわりに生い茂った草木からは、セミの声が響いていて、明らかに季節が夏であることを示している。
 夜も蒸し暑くなく、気持ちよい風が吹いている。
 瞬くような星空とは、まさしくこんな空のことをいうのだろう。田舎にいる時には漠然として眺めていただけだったこの風景も、こうやって都会からやってくると、何と眩しい星空なことだろう。今さらながらに感動していた。
「山に来ると落ち着くんだ」
 以前からそう言っていた裕也の言葉を信じなかったわけではなかったが、さすがに自分で体験しないと分からないものである。しかし、初めて来たにもかかわらず前から知っていたように思えるのは、潜在意識の中で夢見ていた風景だったからだろうか?
 潜在意識があったかどうか、自分でもハッキリとしない。だが、なければここまで懐かしさのようなものを感じることはなかったはずだ。山という壮大な息吹きに抱きかかえられるような風景、そのすべてに個性的な息吹きが感じられた。
――山全体が生きている――
 そう感じたのは、植物にまで生きている証拠である息吹きを感じたからである。
「夜がいいんだよ。ここは」
 昼は昼で気持ちよく心が洗われるが、夜は夜の趣きがある。
 真っ暗な風景の中、目が慣れてくると、不規則に蠢く発光体を見ることができる。数はかなりな量で、それがホタルであることは分かっているのだが、あまりにもの多さに、最初は信じられなかった。
 息を潜めて佇んでいた。動くことによってせっかく自然の営みを崩したくないという無意識の気持ちの表れなのだ。
 シーンと静まりかえった中、虫の声が聞こえる。
――まさかホタルの声ではなかろう――
 と思いながらも、ホタルが近づくと大きくなるその声に、半信半疑な思いはつのった。
 息を殺しているはずの自分の声まで聞こえてきそうな静寂の中、一番強いのは耳鳴りだったかも知れない。
「キーン」
 次第に耳鳴りが大きくなっていった。
 そんな中、次第に目が慣れていくのを感じた。
 ホタルなど、今まで見たこともなければ、気にしたこともない。普通に都会の中で生活していれば憧れはあっても、それだけに留まっている。誰かが誘わなければ、おそらくこれからも見に来ることなどなかったであろう。
「ホタルがこんなにも綺麗だったなんて」
「君は田舎にいたのに、見たことはなかったのかい?」
 元々都会育ちの友達が言った。
「あまり気にしたことなかったからね。いつでも見れるという気持ちがあったからかも知れない」
 それは本当だった。
 近くの河川敷に行けば、確かにホタルはいた。もちろん、これほどの名所とは数の違いは大きい。それがホタルだと思っていたことが私にとって、
――ホタルとは、別に気にしてまで見に行くものではない――
 と思わせたのだ。
「そっか、しかし、ここのホタルは違うだろう?」
「そうだね、まるで星空を思わせるようなこの数は、正直気持ち悪いくらいだね」
 だが……。
 私にはその時、目の前で繰り広げられている光景が始めて見るものだとは、どうしても思えなかった。
 次第に今どこにいるか分からないような錯覚に陥ってしまうほどの瞬く光、足を踏み出すのも怖いくらいに襲ってくるホタルの群れは、正直気持ち悪い。
「君は毎年来てるのかい?」
 裕也に聞いてみた。
「ああ、完全にとりこになってしまったみたいでね。これを見ないと夏が終わった気がしないんだ」
 富士山は遠くから見るから綺麗なのであって、実際に登ると、富士山の全景を見ることはできない……。
 そんな話を聞いたことがあるが、ホタルにしても、遠くから見ているから綺麗に見えるのであって、私が富士山の話を思い出したのは、偶然だったのだろうか?
 以前にも同じようなことを感じたことがある。それはホタルに限定することではないが、やはり、綺麗なものを見に行った時だったような気がする。それがホタルの記憶とシンクロしているのかも知れないが、どこか記憶の隅に、この光景はあった。
――得てしてキレイなものというのは、そんなものかも知れないな――
 まるで悟ったかのように呟いている自分に気付いた。何となくこそばゆい感じがしてならない。
 それにしてもなぜ裕也は私を連れてきてくれたのだろう?
 知り合ってから何年も経つのに、今まで連れて来てくれたことのないキャンプに誘ってくれたのには、何か思惑があるような気がしてならない。二日間の予定のキャンプ中、何か言われるのではとそれなりの覚悟を決めていたが、結局は何もなかった。ホッとした中で、何とも割り切れないモヤモヤとしたものが、残ってしまった。
 行ってよかったとは思う。あれほど綺麗な光景は、実際に感じたことはなかった。最初こそ真っ暗で気持ち悪かったが、自然と慣れてくる目の元で、写し出された幻影はこの世のものとは思えないほどの美しさだったのだ。
――幻想的な光景とは、あんな感じのものを言うんだ――
 太陽によってもたらされた明るさを、今まで当たり前のこととして受け止めていた。
 それは私だけに限ったことではなく、見えることが当然だと思っているはずなのだ。
 だが、実際に暗闇から徐々に写し出される光景は新しい息吹が吹き込めれるのに似て、新鮮な感じなのだ。
「俺は最初にこれを見せられた時、鳥肌が立ったんだ」
 見終わってから、裕也に言われた。
 しばし言葉にならない私を横目に、してやったりの表情を浮かべる裕也。少し悔しかったが、事実なので甘んじてその視線を受け止めていた。
 きっと呼吸が乱れていたかも知れない。
 暗闇は、空気を薄くする効果があるのかも知れない。緊迫感とも取れるような苦しさが、その時にあった。
 暗闇で恐いのは、容積感覚がなくなることである。方向感覚はもちろん、どこまでも続く暗闇に果てのなさを感じる。閉所恐怖症の逆で、果てしなさゆえの暗所恐怖症は、さらに強い恐怖を与えるのではないだろうか?
 一歩も踏み出せない恐怖。踏み出せば最後、足場があることを誰が保証してくれるのだろう。そんな恐怖が襲ってくる。
 そんな時のホタルの光に、これほどないというだけの恵みを与えられた。そこには自ら発光するホタルの頼もしさを感じることができる。裕也が入れ込むのも分かるような気がするのだった。
作品名:短編集16(過去作品) 作家名:森本晃次