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短編集16(過去作品)

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 くらいに思えてくる。
 辛かった就職活動も、終わってしまえばそれほど記憶に残ることはなかった。
 普段思い出すことはないのだが、なぜか夢では思い出す。しかもそれを夢だと自分で意識しているところがすごい。
 夢ということで、何でもできると思っているがそうでもないらしい。例えば、夢だと意識して見る夢は今までにも何度かあったが、そのたびに肝心なところで目が覚める。いい夢はシビアに見ているのだろう。
 しかし人生とは不思議なもの、ある日突然変わったりもする。その転機は、大学を卒業してから訪れた。
 無事に卒業した大学だったが、よくよく考えると大学での四年間、私は何をしてきたのか分からない。楽しい時間を過ごせたことに間違いないが、後から思い返すと、何か残るようなことを何もしていなかったことに気付く。
 何でもいいのだ。
 形になって残ることでなくてもいい。自分の中で確固たる自信として植え付けられるものでありさえすればいいのだ。
 そういえば大学生活で恋人と呼べるような人がいたことはない。
 ガールフレンドは数人いたのだが、そこから発展するものはなかった。友達が、
「俺、今日彼女とデートなんだ。悪いな」
 と言って、そそくさと帰っていった時、一抹の寂しさを感じながら、自分にもそんなことが言える相手がいれば、どんな心境になっているだろうと考えたこともあった。
 だが、実際にはいなかった。勝手な想像は時間が経つほど暴走を始める。想像が妄想へと発展するのも自然の成り行きであって、それを止めることはできなかった。
 私とて女を知らないわけではない。気を遣ってくれる友達もいるもので、そんな私をできるところに連れていってくれた。それも裕也だったのだ。
 風俗というところに抵抗がなかったわけではない。興味はあったが、どうしても敷居が高かった。何よりも一人で行く決心がつかなかったのだ。
 だが、それが固定観念であることは、初めてその時に知った。ドキドキしている私に、相手をしてくれた娘は優しかった。初めて女性の優しさに触れた気がした。
「学生さん?」
「あ、はい。そうです」
「緊張しなくてもいいわよ。楽しくお話しましょうね」
 終始リードされっぱなしだったが、
「楽しくお話」
 その言葉に私はリラックスできた。
――そうだ、お話しすればいいんだ――
 そこからのひと時は私にとって楽しいものになったのだ。
「大人の女性」を感じた時だった。
 それから考えれば、キャンパス内の女の子たちが子供に見えてくるから不思議だった。
 人間何が幸いするか分かったものではない。物知りな彼女と、たったひと時だけだったが、話をしているだけで、今まで感じていなかったはずの、「女性と話すことの違和感」が私にあったことを教えてくれた。それがどういうことなのかはハッキリとは口にできないが、目からウロコが落ちたことだけは確かだった。
 就職してから少しして、私にも彼女ができた。
 恋人と呼べるくらいの関係で、
「僕たちは付き合っているんだよね」
「ええ、そうよ」
 思わず何度も確認していたっけ。
 名前を弥生という彼女だったが、最初から苗字で呼ぶより、名前の呼び捨てで呼んでいた。彼女もその方が喜んでくれていたからだ。
 どちらかというと、あまりベタベタした付き合いではなかった。お互いの時間を大切にし合うような付き合い、「大人の付き合い」だった。
 もちろん、数回目のデートでお互いに一つになった。違和感などなく、自然だった。お互い初めてではなかったので、そんな気になるのかも知れないが、大袈裟に言うと、前から彼女とこうなることが分かっていたかのような自然さであった。
「ずっと前からあなたを知っていた気がするわ」
「僕もなんだよ。遠い昔の記憶のような気がしてくるから不思議なんだけど、夢ででも見たのかな?」
「私もそんな感じかしら? でも、まるで昨日のことのような気もするの」
 弥生の話も頷ける。私も同じように感じているからだ。
 ベタベタしないのは、なかなか時間が合わないので、会える時間を大切にしたいという弥生の意見だった。
――彼女は大人なんだ――
 そう感じたのは、だいぶ身体を重ねてからだったが、付き合い始める時に感じた子供っぽさも弥生の魅力の一つだった。
 子供っぽさとは「甘え」である。
 寄り添うような男心をくすぐる「甘え」、心の甘えではなく、私にとっては嬉しい限りである。
――まるで小悪魔っぽい――
 猫のような従順さを感じる。
――彼女は二重人格?
 そう感じたのは、猫のような従順さを感じてから、かなり経ってのことだった。
 後から考えれば、もう少し早く気がついてしかるべきだったような気がする。それに気付かなかったのは、大人の色香も、猫のような従順さも。まったくの自然に見えたからである。
 もちろん、他人は彼女を見て、誰も二重人格だとは感じないだろう。
 猫のような従順さは、私にだけ見せる一面で、他の人の知るところではない。私にはそれが他人への二人だけの秘密として、大切にしておきたいものだった。
「君は僕のものだよ」
「ええ、あなたのもの……」
 そう言って、しな垂れた身体を私に任せる時の弥生は、本当に綺麗である。
――私も二重人格なのでは?
 薄々気付いていたかも知れない。
 大学を卒業し、それまでが、かなりのぬるま湯だったことに気付いたが、さすがに最後の就職活動の時だけは、厳しさを教えられた。
 何も考えられなかった。余裕がなかったという一言なのだろうが、それも過ぎてしまえば、
――よい経験だった――
 で片付けられる。
 しかし、そのトラウマは残っているのだろう、何度となく夢に見るのだから……。
 悩みを抱えると、そこから抜け出すまでに時間が掛かる。
 きっと他の人よりも数倍掛かるかも知れない。失恋しても尾を引いたりするだろう。
 だが……。
 あるところまで来ると、急に割り切ることができる。割り切ってしまえば、それまでの悩みなど、どこ吹く風、
――一体何に悩んでいたんだろう?
 と、すっかり忘れてしまうこともあるのだ。
 こんな性格を自分としては好きではない。では、
「どんな性格がいいのか?」
 と聞かれても、他人の性格が分からないから何とも言えない。
 しかしまわりの友達に言わせると、
「お前は、損な性格してるな」
 ということになる。
 やはり、損な性格なのだろうか?
「熱しやすく冷めやすい」ような性格になりたいと思ったこともある。
――私には、きっとできない――
 そう思ってしまう自分が情けなくもあり、悔しくもあった。思わず苦笑いをしてしまい、そんな顔を鏡で見たりもした。
 鏡は正直に写し出すものだというが、本当だろうか?
 時々、信じられなくなることがある。自分の顔を鏡や写真でしか見ることができないため、いくら他の人の顔を直接見た時と鏡で見た時を見比べているとはいえ、信じられないものだ。
 相手の性格を理解することが苦手な私には特にそう感じられる。分かっていれば、それがどのように表情に表れるか分かり、さらに先を読むことができるからである。
 まして自分の性格も掴みきれていないのに、他人のことなど分かるはずもない。
作品名:短編集16(過去作品) 作家名:森本晃次