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永遠を繋ぐ

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 アインシュタインの相対性理論というと、同じ時間を過ごしているつもりでも、高速になればなるほど、時間が経つのが遅いという考え方だ。浦島太郎のお話は、海の中の竜宮城にいたのは、数日だったはずなのに、陸に戻ってみると、知っている人は誰もおらず、時間は数十年、いや、百年以上は経っていたのではないかというお話だった。
 太郎は、玉手箱を開けることで、自分も年を取り、時間的な辻褄が合うという話だったが、このお話は、読んだ人間それぞれで、きっと感じ方が違っているに違いない。
 どの部分に重きを置くのか、作者が一体何が言いたいのか、そう思いながら読んでみると、ひょっとすると、同じ人間であっても、何度か読み返してみると、その時々で感じ方も違っているかも知れない。
 ママは続けた。
「とにかく私は、浦島太郎のお話から、時間というものに対して不思議な感覚を覚えるようになったの。特にタイムトラベルを題材にしたような小説を、好んで読んだわ。そういえば、その中に、作者は忘れたんだけど、不思議なお話を読んだのを覚えているの。でも、その本は人から借りて読んだ本で、一度読んだ時、不思議な感覚に陥ったんだけど、もう一度読み返してみようとは思わなかったの」
「どうしてなんだい?」
「どこか怖いというか、薄気味悪い感覚だったの。すぐに読み直すと、また違った感覚になるんでしょうけど、それが怖いと思ったの」
「その小説はどうしたんだい?」
「確か、貸してくれた人に返したんだけど、それから数か月して、無性にもう一度読みたくなったのよ。それでその本を本屋や図書館で探してみたんだけど、見つからなくて、再度本を貸してくれた人に聞いてみると、そんな本、知らないというの。さらに、私に本を貸したということすら忘れてしまったのか、覚えがないっていうのよ」
「それはおかしな話だね」
「ええ、それ以来、気になって気になって仕方がなかったんだけど、ある時を境に、急に思いが冷めてしまったの。そう、私がどうしてその本が気になっていたのかということも一気に忘れてしまったのよ」
「それって、痛みが消えていく時のような感覚とは違っているの?」
「いえ、そうなのよ。今までその感覚が何かに似ていると思っていたんだけど、痛みを感じた時の思いと似ているということに、どうして今まで気づかなかったのかしら?」
 目からウロコが落ちたというのはこのことだろうか。ママは不思議な感覚に陥りながらでも、スッキリとした表情になっていた。ママが本当に藤崎に惹かれたのは、この時だったのかも知れない。その時はそこで話は終わってしまい、お互いを貪ることで、その日の夜は更けていった。
 目が覚めてから、ママは自分がどこにいるのか、一瞬分からなかった。カーテン越しに朝日が漏れていたが、そこにはシルエットになって、藤崎が後ろ向きに、つまりは表を見ながら立っていた。
 一糸纏わぬその姿は、後姿にこそ、男性の色気を感じるものだった。
 ママは以前にも似たようなシチュエーションを感じたことがあったが、それがいつのことで、相手が誰だったのか、思い出すことができなかった。
――今目の前にいるのは、確かに藤崎さんに違いないんだけど、本当に私を抱いてくれた藤崎さんなのだろうか?
 と感じていた。
 いくら逆光を浴びて、身体中から噴き出している汗が光って見えるとはいえ、一番覚えているはずの自分の身体が、
「この人じゃない」
 と教えてくれている。
「じゃあ、この人は誰なの?」
 恐る恐る眺めていると、その逞しさに心は奪われている。
「誰だっていいじゃない」
 とさえ思えるほどで、ママはその後ろ姿に抱きつきたい衝動に駆られた。今まで感じていた男の魅力というものが、根底から覆されようとしていたのだ。
 しかし、ママは抱きつく前に、極度の睡魔に襲われた。
「どうしたのかしら?」
 確かに、声は出ていたと思う。なぜなら、男はその声に気が付いて、こちらに振り返ったからだ。
 それでも顔を確認することはできなかった。それなのに、彼の笑顔だけは感じることができた。その時ママは幸せな気分になり、安心したからか、そこからの記憶はまったくなかった。
 目が覚めると、そこには男はいなかった。そして、枕元には小さな箱が……。
「まるで浦島太郎だわ」
 直感で、その箱が玉手箱のように思えてきた。
「これを開けると私はおばあさんになってしまうのかしら?」
 目の前の小さな箱は、玉手箱とは似ても似つかぬもの。ママ以外に、その箱を玉手箱だと感じる人はいないだろう。
「もし、これが玉手箱ではないとしても、開けてはいけない『タンドラの匣』であることに違いはないわ」
 ママは、その箱をずっと眺めていた。眺めながら、時間がどれほどのスピードで推移しているのか、自分なりに想像していた。
 すると、今度はその箱から目を切ることができなくなった。顔を横に向けてみても、箱が気になって、目を切ることができないのだ。
「まるでヘビに睨まれたカエルのようだわ」
 そのうちに、遠近感がマヒしてくるのを感じた。一点だけを集中して見ているからだということはすぐに分かった。
 そこまでが、夢から覚めての記憶だったが、その時、急にママは何かに思い立ったようだ。
「夢から覚める時のことを、目が覚めても覚えているというのは、今までになかったことだわ」
 と感じたのだ。
 そう感じると、違和感が急に消えていった。消えていったと同時に、瞬きする間、今いた部屋と寸分狂っていないはずなのに、
「おや? どこかが違っている」
 と感じた。
 まず、先ほど感じた目覚めと、今の感覚では同じ目覚めでも違うように思えた。少なくとも、さっきの目覚めの延長でなければならず、どんどん意識がしっかりしてこなければウソである。
 それなのに、今感じているのは、
「今目が覚めた」
 という感覚で、
「時間が戻ってしまったのかしら?」
 と感じた。
 しかし、時間が戻るという感覚よりも、本当に今目を覚ましたのだという感覚の方が自然であり、無理はない。そう思うと、先ほど感じた目を覚ましたという感覚は、夢の中で感じたことではないかと思えてきたのだ。
「ということは、夢から覚めたという夢を見ていたということになるのね」
 と感じると、その割には先ほど感じた目覚めが、思ったよりもリアルだったのを感じていた。
「夢から覚めるという感覚を、ぼんやりと感じていたからなのかも知れない」
 今までに見たと思っている夢も、本当は見ていたわけではなく、目を覚ました時の願望が、夢という幻を見せたのかも知れない。
「そんな話の本を読んだことがあった気がしたが、それが以前、再度読み直したいと感じた本だったような気がする」
 結局読み直すことはできなかったが、その思いが嵩じて、夢の中で目を覚ますという夢をよく見るようになったのかも知れない。
――もしも、夢の中で夢を見ていたとすれば、時間的な感覚はさらにマヒしてしまっているのだろうか?
 藤崎は、夢の中に時系列は存在しないと思っている。存在しないというよりも、存在したとしても、優先順位はかなり低いところにある。
作品名:永遠を繋ぐ 作家名:森本晃次