永遠を繋ぐ
という考えであり、子供の頃よりも大人になって、さらには老人になるにつれて、洗練されなければいけないという思いであった。
しかし、藤崎が考える精神的な年齢は、子供の頃が大人になってから考えることに劣っているということが、果たして言い切れるかどうかということである。子供の頃の発想が大人になってできなくなることも往々にしてあるもので、それを子供の頃の方が、まだ成長途上だったという理由で劣っていると言えるのかどうかである。
子供の頃の方がむしろ自由で、枷のない発想が生まれていたかも知れない。
藤崎は、年齢を重ねるごとに、いろいろなことが分かってくることで、せっかく頭に浮かんだ発想を打ち消してしまうのが嫌だった。
「いつまでも、少年のような心を失いたくない」
というセリフを、ドラマで見たような気がしていたが、
「まさしくその通りだ」
と感じた思いをずっと忘れたくはなかった。
特に最近は、物忘れが激しくなってきたこともあって、記憶力の衰えを実感していた。いくつくらいの頃から物忘れの激しさを認めるようになったのか覚えていないが、記憶力の衰えと、自分が感じた「忘れたくないという思い」とを切り離して考えてみたいと思うようになっていたのだ。
「私、小学生の頃からSF小説が好きで、少し変わってるって言われていたのよ」
ママとねんごろになった頃、湿気を帯びた気だるい空気の中で、天井を見ながらタバコを燻らせていた藤崎に抱き着きながら、ママが耳元で囁いた。
「女の子だからと言って、SFが好きだから変わっているというのは、違うんじゃないかい?」
「普通ならそうなんでしょうけど、私の場合は、他の人と違う考えを持っていたので、変わっているって言われたのよ」
なるほど、藤崎がママに惹かれたのも、ママの雰囲気に、自分と同じようなものを発見したからだったが、すぐにはどこに惹かれたのか、藤崎には分からなかった。それまでの藤崎はあまり女性と縁がある方ではなかった。秘密主義のある藤崎を女性が好むはずはないと思ったからだった。
「藤崎さんには分からないところがたくさんあるけど、それを一つ一つ探していくのが楽しみなのよ」
藤崎の秘密主義は今に始まったことではなく、子供の頃から人とは違った発想をしているうちに、まわりとの接触が億劫になった時期があった。その頃からまわりを冷静に見るようになり、自分に近づいてくる人の気持ちが分かるようになってきたのだ。
そのほとんどは興味本位というだけで、本当に心を割って話ができる相手だとは到底思っていないだろう。もっとも、藤崎もそんな相手に対して、自分から歩み寄る気など、サラサラない。
しかし、ママは違った。
藤崎も最初からママには、自分と同じものを感じていたが、それがどこから来るのか分からなかった。スナックを経営しているのだから、秘密主義というわけではないだろう。ただ、プライベートと仕事の間には隔たりがあるのは分かっていた。それでも、最初から藤崎もママのプライベートに興味を持ったわけではない。
今も、ママのプライベートに興味があるわけではない。ママが藤崎に見せている姿をすべてだと思ってもいいくらい、ママのことを必要以上に知りたいとは思っていない。
普通、気になる相手だったり、ねんごろになった相手であれば、
「すべてを知りたい」
と思ってしかるべきだろう。
しかし、藤崎はそんなことは思わない。仲良くなったとしても、相手のプライバシーに干渉したりしないのが、大人の恋愛だと思っている。
ただ藤崎は、大人の恋愛をしたいから、ママと関係を持ったわけではない。冷静な二人のことを知っている人がいるとしても、冷静な付き合いである二人は大人の恋愛をしているように見え、大人の恋愛をしているという事実に満足しているように見えるだろう。
藤崎もママも、本当はそういう恋愛に憧れを持っている。しかし、二人とも、
「この人とは、冷静に見つめ合うことができても、いわゆる『大人の恋愛』をしているわけではない」
と思っているようだ。
「お互いに似た者同士だと、考え方が似ていることもあって、相手の考えていることが手に取るように分かることもある。だけど、分かりすぎるがゆえに、遠慮が働いて、結局、ある一定の距離から近づくことをしないんじゃないかな?」
「そうかも知れないわね。特に自分がされたら嫌なことは、相手にもしないのが暗黙の了解。目に見えない結界のようなものが、そこには存在しているのかも知れないわね」
そんな会話をしたことがあったが、その会話が、そのまま自分たちに当て嵌まるとは思っていない。
――それにしても、彼女の口から「結界」なんて言葉が出てくるとは意外だったな――
と思ったが、その時から、ママがSFに興味を持っていたのではないかと思うようになった。
それでも、藤崎は敢えて自分からSFの話をしようとは思わなかった。ママは藤崎がSF作家であることは知っているはずなので、そのうちにSFの話になるだろうと思っていたにも関わらず、ママの口から一向にSFの話が出てくることはなかったので、この話は二人の間ではタブーなのだと思った。
女性の方から、男性の仕事のことを話題にするのを嫌う女性もいる。ママもそんな女性だと思っていた。
しかし、それなのに、いきなりSFの話を持ち出してきたのはどうしてだろう?
ねんごろになったとはいえ、まだまだお互いのプライバシーには一切入り込む気持ちはないと思っていたのに、急にSFの話を持ち出したのは、それだけママが藤崎に対して心を全開にしたからではないかと思えてきた。
藤崎は嬉しさを隠しきれなかったが、そんな表情は表に出すこともなく、いつものように冷静に受け流していた。これからのママとの会話の中に、今まで知らなかったママの本性が現れてくるのではないかと感じたからだ。
「私、SFを読むようになったのは、浦島太郎のお話がずっと気になっていたからなのよね」
「確かに昔話の中には、SFとは切っても切り離せないようなお話が多い。かぐや姫の話にしても、一寸法師のお話にしても、話の内容は、SFやホラーに近い感じがするからね」
「特に浦島太郎のお話は、時間を飛び越えるという意味で、一番怖かったのを覚えているわ。どうしてもお話というのは読んでいると、ついつい自分に置き換えて読んでしまうものですものね。かぐや姫のお話も興味があったんだけど、最後に月に帰るというところで、スケールが大きすぎて、却って興味が薄れたところがあったわ」
「確かに、浦島太郎のお話とそれ以外のお話を考えると、浦島太郎のお話は、読んだ時にはハッキリとしないモヤモヤしたものが残るだけで、他のお話のように、読み終わった後に、ゾッとしたものを感じることはなかった。逆に浦島太郎は、読み終わってからしばらくしてから、恐ろしさが込み上げてきたのを思い出したよ」
「昔話というのは、結構科学的な根拠がありそうなお話が多いと思うわ。でも、浦島太郎だけは別格だったの。もちろん、小学生の頃には、相対性理論などという話を知っているはずもなかったのにね」