永遠を繋ぐ
それまでは自由にすることが、ママへの愛情だと思っていたが、拘束することをママが望んでいるのではないかと思うと、ママの顔に急に恍惚の表情が浮かんでくるのを感じたのだ。
ママはスナックを経営しているくらいなので、人付き合いはうまいと思っていた。この店を自分でも持つまでは、繁華街の高級クラブでホステスをずっと続けていた。ママも口では、
「私がナンバーワンだったというわけではないんだけどね」
と言っていたが、高級クラブで接客をしているくらいだから、人付き合いが苦手なわけはないだろう。
しかし、実際に、
「私には家族も友達もいないのよ」
と言っていたが、それも、
「あなただから話すのよ」
とくぎを刺すような言い方だったが、弱音ではないが、他の人には決して見せられないところを自分にだけ見せてくれるというのは、藤崎にとって、男冥利に尽きるというものだった。
「私って、不器用なのよね」
と、投げやりになったような口調で話してくると、
「どうして、そう思うんだい?」
と、藤崎は投げやりなママに対して、直球でグイグイ入り込んでくる。口調は穏やかだが、ママの本意がどこにあるのか、それを探ろうと目は真剣だった。
「気が合う人としかまともに話ができないのよ。それも、本当にその人が自分と気が合っているのかということを探りながらになるので、最初は慎重そのものなの。でも、少しでも気心が知れると、言わなくてもいいことまで言ってしまい、相手をしらけさせることも少なくなかった。加減を知らないというか、そういう意味で不器用なのね」
「でも、それだけ真面目で純情だということなんじゃないかな?」
「真面目で純情なことっていいことなの? 私にはそうは思えない。不器用さをごまかす時に使う詭弁のような気がして仕方がないのよ」
「それでも、俺は真面目で純情なママのことが好きなんだよ」
自分に酔ってしまいそうな言葉を口にしたが、ママは考え込んでしまった。それは、喜びたいんだけど、素直に喜ぶことのできない何かがママの中にあるということのように思えた。
「藤崎さんとは、同じ周期の中にいるような気がしているんですけど、急に遠い存在に感じられることもあるんですよ」
とママは話した。
「というと?」
「私は、藤崎さんの中に、私が抱えている人に言えないことと同じものを感じていたんですが、藤崎さんも同じことを感じているんじゃないですか?」
藤崎は戸惑った。
きっとママの言いたいことは、同じ日を繰り返しているということであろう。しかし、どうしてママも同じような相手がそばにいることに気づいたのだろう? 少なくとも、藤崎はその時ママから言われるまでは、ママも同じように同じ日を繰り返しているなどと思ったことはなかった。
それはママに対してというわけではなく、他の人に対しても同じだった。
――自分だけが同じ日を繰り返している――
つまりは、自分が小説の中で創造してしまったことが、自分に振り返ってきているだけだと思ったからだ。
しかし、ママからその話を聞くと、同じ日を繰り返しているのは自分だけではないような気がしてきた。だが、そう考えると、
――どうして皆何もなかったように毎日を過ごしているように見えるんだ?
他の人の気持ちも聞いてみたい気がしてきた。
それにしても、誰もそのことについて触れようとしない。それは誰にも話してはいけないという「暗黙の了解」なのか、それとも、意識はしているが、自分以外に同じ日を繰り返している人などいないという思いから、口にするのを躊躇っているのか。はたまた、話してしまうと、開けてはいけない「パンドラの匣」を開けてしまい、まるで玉手箱を開けた時のように、一気に年を取ってしまい、考える間もなく、死に至ってしまうと思っているのか。そのどれにしても、藤崎の発想ではない。藤崎独特の考えがあったが、それはあくまで、同じ日を繰り返している人など他にいるはずもなく、想像できたとしても、決して創造はできない。創造してしまうと、待っているのは、
――抜けられないことに対しての恐怖――
に他ならないからである。
藤崎は、自分が今考えていることを、同じように今考えている人がいるような気がして仕方がなかった。それはママではない。ママであれば、一緒にいる時、すぐに気づく気がしていたが、ママを見ている限り、そんな素振りは微塵にも感じられなかった。
むしろ、ママは藤崎の考えよりも先に進んでいるような気がしていた。藤崎が今考えていることなどは、ずっと以前に考えていて、今は考えることをやめているのか、気配もなかった。
ママが何かの結論を得ているような気がしているが、これから考えをまとめていこうとしている藤崎の行き着く先と同じかどうか、ハッキリとしない。まったく違うところに着地しているのではないかと思う。同じところに着地するのであれば、考えている時期が同じでなければいけないような気がするからだ。
今、自分と同じことを考えている人がいるとすれば、心当たりがあるとすれば、日向であった。ひょっとすると、他にもたくさんいるのかも知れないが、同じことを考えているという気配を感じるのは、自分が知っている人でなければならないだろう。そうなると、考えられるのは、ママと日向だけだった。後の人たちは仕事上で繋がっている人たちばかりで、表面上の付き合いであり、気配を感じることができるまでの親密さや相手を見る時の真剣さが違っているのだった。
――腹の探り合いをしているような人は、相手に弱みを決して見せないようにしようとしているに違いない――
本当は、角度を変えれば相手の弱みを見ることができるのだろうが、それと同時に自分の弱みも見られてしまう恐れもあった。自分よりも相手の方が百戦錬磨だと思うと、藤崎は、とてもじゃないが、仕事上だけで繋がっているような相手に対し、正面からしか見ることができなかった。
――それでも探り合いをしなければいけないのだから、仕事上の付き合いというのも、因果なものだ――
と思えてならなかった。
日向という男と、まともに話をしたことがなかったが、相手は藤崎に興味を持っているようだった。藤崎の謎かけに対して、最初から分かっていたように不敵な笑顔を浮かべたその時の顔を思い出した。一瞬、ゾッとしたが、その時の不敵な笑みは、後から考えると気持ち悪いというよりも、頼もしさすら感じられた。
藤崎は今、「脱出」というキーワードが頭の中を巡っていた。それは同じ日を繰り返しているこの世界からの脱出であり、夢を見ているのであれば、夢の世界からの脱出であり、躁鬱状態を繰り返しているのであれば、安定した精神状態への脱出であった。
ただ、脱出した後のことは何も考えていない。まずは脱出に全神経を傾けなければいけないと思うからだ。
だが、同じ日を繰り返している人生に、藤崎は物足りなさを感じている。
「明日のない人生なんて、何が楽しいというのだ」
この思いは、同じ日を繰り返している人、誰もが思っていることだろう。
同じ日を繰り返している人が他にはいるはずがないと誰もが思っていたとすれば、考えはまわりにある結界を超えることはできないだろう。