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永遠を繋ぐ

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 藤崎がスナックに行くようになったのは、小説を書いている時以外の一人の時間を充実させたいという思いがあったのも事実だが、俗世間の人たちを観察できるかも知れないという思いがあったのも事実だ。別にアルコールが好きだというわけではないが、スナックにいる間、別の次元に入り込んだかのような、不思議な時間が流れていたのだ。
 藤崎にとって不思議な時間は、執筆している時間だった。
 時間があっという間に過ぎてしまい、不思議な世界にいつの間にか入り込んでいて、気が付けば戻っているという次第である。
 スナックにいる時も同じように時間の感覚がマヒしているが、同じマヒでも、かなり違うマヒである。小説を書いている時は、一人静かに自分の世界を形成しているのだが、スナックにいる時は、まわりの空気を意識しながら、自分だけの世界を形成しようとしているような意識が、自分の中にはあったのだ。
 スナックにいる時は、別世界を意識しているので、まわりの人を意識すると言っても、苦痛ではなかった。
 藤崎は、普通に生活している時に、まわりを意識するのが苦痛だった。元々、億劫な気分から始まったのだが、決して藤崎はものぐさというわけではない。意識することが、自分の中で必要以上な行動を起こしてしまうことを危惧していたからだ。
 藤崎がスナックに行くようになって、もう一人の自分を余計に感じるようになった。スナックに行くようになって、そのきっかけとは違ってきているのを感じると、まわりを意識するどころではなくなってきたのだった。
 だが、もう一人の自分を意識する方が、まわりを意識しているよりも気が楽だった。
「きっと他の人は、まわりを意識する方が楽なんだろうな」
 まわりの人も、もう一人の自分を意識していると思っていた頃は、そんな風に考えていた。
「だから、俺と違って、他の人はまわりの人間とうまく付き合っていけるんだろうな」
 と思っていたのだ。
 藤崎は自分のことを不器用だと思っている。
 他の人とうまく付き合えないから、一人の時間をうまく使っているという意識をなるべく持たないようにしていた。自分の不器用さを、これ以上思い知らされたくなかったからで、
――必要以上に思い込むことは、ロクなことにならない――
 と感じたからだ。
 藤崎は、ママが時々あらぬ方向を見ていることに、最初は気づかなかった。最初こそ、自分だけを見ていると思っていたのだが、あらぬ方向を見ていることに気づいていたのかも知れないが、敢えて認めようとはしなかったのかも知れない。ママが挙動不審な時があるのは最初から分かっていたが、その部分もひっくるめて、藤崎はママのことが気になっていた。
――どこか神秘的なところがある人だ――
 神秘的という言葉が実に都合よく、曖昧であることを知っての上で、ママを神秘的な女性だという目で見ていたのだ。
「藤崎さんが時々分からなくなる」
 ママは、そう言って藤崎に抱きついてくる。
 相手が分からなくなるという言い方は、本当なら、別れを切り出す時の言葉のように感じさせるが、ママから別れを言い出す素振りは感じられない。藤崎自身も、ママの口から別れの言葉が出てくるなど、想像もつかなかったのだ。
 一度だけ、ママの口から別れの言葉が聞かれたことがあったが、次の日にはあっけらかんとしたママがいて、
「そんな言葉口にしたのかしら?」
 聞くのが怖くて、次の日から話題にも出さなかったが、もし聞いていれば、こう言ったに違いない。
――とぼけているんだろうか?
 と普通なら思うのだろうが、藤崎にはとぼけられているという意識はなかった。
 ただ、藤崎のことが時々分からなくなるという言葉は、藤崎の耳から離れることはなかった。今では自分のことが分からないと言われても、
「ママから見ても、自分のことが神秘的に見えているからだ」
 と思うようになった。この場合の神秘的という言葉も、実に都合よく、そして曖昧な言葉に違いなかった。
「相手のことが分からなくなったからと言って、それが別れに直結するわけではないのよ」
 と、ママは言っていた。
 それまでの藤崎は、付き合っている相手が自分のことを分からないと言ってきたら、
――別れが近い――
 と思い込んでいた。
 実際に別れることになった確率はかなり高いので、余計にそう思ってきた。しかし、相手が別れを決めるまでには、もっと紆余曲折があったに違いない。
 本当に相手のことが分からなくなったので、別れようと思うのであれば、
「あなたのことが分からなくなった」
 と口にすることはないのではないかと、今では思っている。
 何も言わずに別れた方が、相手を悩ませることもないと思うはずだからである。
 しかし、本当はハッキリとした理由を言ってくれないと、男としては、簡単に引き下がれない。潔く別れればいいはずだと分かっているくせに、その場になると、未練タラタラの状態になり、自分の意志どおりなのか、まず理由を知りたくなる。
 理由をハッキリさせてくれないと、
――まだ、修復の見込みはある――
 と思ってしまうからである。
 男というものは、相手からズバッと言われると、引き際を潔くすることができるというもので、中途半端が一番いけない。女性の方も気を遣ってのことなのだろうが、それが仇になり、ストーカーのようになってしまう人も出てくるだろう。
 別れを切り出す方が、相手に対してハッキリとした理由を言わないのは、いくつか理由が考えられる。
 まずは、自分でもハッキリとした理由が分からない場合である。
 頭の中で理解しているのかも知れないが、それを言葉にして、相手に納得させる自信がない場合である。
 もう一つのパターンとして、嫌いになった自分を正当化したいという思いがある場合ではないだろうか。何を言っても相手を傷つけてしまう。そうすれば、悪者は自分になってしまう。自分の中で、そんな自分が許せなくなることを嫌ってのことだろう。
 ただ、ママのように、一度は決心して別れようと思ったことで、藤崎に別れを切り出したのに、翌日になると、そんなことを言ったということすら忘れてしまっているのか、何もなかったかのように振舞っている。
 藤崎もここまでされると、しらばっくれるしかなかった。なかったことにするのは難しいが、心の隅にとどめておくことくらいはできる。
 それがママの性格であることは、まだその時は分かっていなかった。
――ママは二重人格なんだろうか? それにしても、本当に忘れてしまっているのだとすれば、少なからず、自分たちの間に噛み合っていない部分が存在しているのかも知れない――
 と感じていた。
「あなたを見ていると、以前付き合っていた人のことを思い出すの」
 二人きりのベッドの中で、行為が終わり、気だるい時間を過ごしている時、ママが呟いた。その時は軽く聞き流したが、それ以降、少しでも何かがあれば、ママが藤崎の後ろに見える過去に付き合っていた男性を見ているように思えて仕方がなかった。
――別れを切り出してみたり、過去の男を思い出すと口走ってみたり、ママは自分に何か別のものを求めているのではないか?
 と思えて仕方がなかった。
作品名:永遠を繋ぐ 作家名:森本晃次