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永遠を繋ぐ

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 躁状態を伴う鬱状態は、まわり全体を見渡しても、どこにも出口を見つけることができず、ふと我に返ってしまったことで、自分のいる場所がどこなのか、理解できずにいるに違いない。
 自分のミステリーが売れなくなってきた時は複雑な心境だった。実際には売れなくなってきたのは自分だけではなく、出版界全体が不況ということもあったり、当時はネットの急激な普及により、ネットで読める小説がうけることもあって、その波に乗り遅れた作家や、少々古臭い小説を書いている作家は次第に売れなくなってきたのだ。
 藤崎がどちらの影響を大きく受けたのかはハッキリと分からないが、そのおかげで、
「もう一度、奇妙な話を書いてみよう」
 と思うようになったのも事実だった。
 もちろん、今までのようなミステリーを書かなくなったわけではないが、時間を見つけて奇妙な話を考えるようになっていた。
 それまで考えていなかった奇妙な話なのに、考え始めると、結構いろいろと面白い話が思い浮かんでくるものだった。
 最初はなかなか浮かんで来ずに、
――さすがにブランクを感じるな――
 と思っていたが、諦めずに考えていると、少しずつアイデアが浮かんできた。
 浮かんできたアイデアは、それぞれに一見まったく違った発想に見えていたが、強引にでも結び付けて考えると、意外と違った方向から見ることができるというもので、どんどん膨らんでくる発想を、メモに書き加えていった。
 書き始めると、結構早い。メモに書いたアイデアを一つ一つのパーツとして組み立てながら書いていくことは、元から藤崎の執筆方法でもあった。そうすることで、自分の世界の形成を容易にし、時間の感覚をマヒさせるほど、執筆に没頭できるのだった。
 ミステリーを書いている時にも同じような感覚に陥っていたが、書きたいものを書いているその時とでは、考える姿勢が違っている。
 真っすぐに背筋を伸ばして考えている時は、全体を冷静に見渡している時で流れに身を任せている。逆に背筋を丸めて、じっと見ている時は、一点に考えを集中させて流れに身を任せるわけではなく、流れは自分自身で作っていくものだった。
 やはり好きなことをしている時というのは、向かう姿勢からして違うものだ。そのことをいまさらながらに思い知ると、次第に執筆の割合も、ミステリーから奇妙な話に変わってきた。
「どっちも売れないのなら、好きなことをするか」
 と思ったからで、まだ少しは売れているミステリーを書きながら、奇妙な話を考える毎日は充実はしていたが、次第にマンネリ化してきたのも事実だった。
――同じ日を繰り返しているという妄想に憑りつかれるようになったのも、その頃だったな――
 実際に経験というよりも感じたことではあったが、うまくフィクションと相まって、次第に納得のいく作品に仕上がっていく。それまではなかなか自分の思い通りの作品を書くことができず、好きなことをしているにも関わらず、ストレスが溜まりまくっていたのだった。
 藤崎の中でリピートという発想は、今に始まったことではない。実は子供の頃から気になっていた発想だった。
 子供の頃に見たテレビドラマに、奇妙な話のオムニバスがあったが、その中の一つにリピートをテーマにした話があった。
「なぜか、ラストを思い出せないんだよね」
 内容としては同じ日を繰り返している人を主人公にした話だったが、不思議な世界に迷い込んで最初は戸惑っていたが、次第に主人公は不思議な世界に慣れてくる自分を感じ、気持ち悪くなっていた。
 そして、同じ日を繰り返している人を躍起になって探していた。
「本当に、他にもいるのだろうか?」
 半信半疑だったが、同じ日を繰り返している人を見つけなければ、何も始まらないと思ったのだ。
 ドラマでは、屋台で隣り合わせになった人がその対象だった。屋台というと、人生の悲哀をテーマにしたドラマで、よく舞台となる光景だが、黄昏ている主人公と同じような運命に翻弄されている人と知り合うには、恰好の場面だと言えるだろう。二人は別に気が合っているわけではないので、話も淡々としていた。それでも相手はこちらの言いたいことを分かっているようで、
――どうやらこの人はずっとこの世界から抜けられないでいるらしい――
 と感じた。
「明日も、またここで」
 と別れ際に主人公がそういうと、
「今日……、だよね」
 と、目を合わせることもなく独りごちた。
 その言葉を聞いて、主人公はゾッとする。
――そのうちに、俺もあんな風になってしまうのか?
 つまりは、新参者が主人公を訪ねてきて、同じような会話が繰り返され、最後に「今日」という言葉を改めて口走る、そんな光景が目に浮かんだ。
――ここでもリピートなんだ――
 この屋台という小さな世界で繰り広げられるリピートは、主人公にとっての、
「生きている証」
 であった。
 普段は自分で生活しているというよりも、決められた線路の上を走るだけで、感情の入る隙間を与えない。そんな世界に作者である藤崎は何を込めようと考えていたのだろうか?
――もし、自分がこの抜けられない悪夢のような不思議な世界に入り込んでしまったら、どうなるだろう?
 最初はそう思いながら書いていたはずだった。
 それはあくまで書いている自分は主人公ではなく、他人事として冷静に見ていたから感じることで、いつの間にか、不安は消えていて、主人公の気持ちになっていることに気が付いた。
 中に入り込めば入り込むほど、その不安が消えていく。それは単に感覚がマヒしているだけではないような気がしてきた。
 本当に自分がこの悪夢の主人公だったとしたら、
「夢なら早く覚めてくれ」
 と最初に思うに違いない。
 この小説を書き始める少し前から、
――夢を見ているという夢を見ているシチュエーションを思い浮かべたくて仕方がない――
 と思うようになっていた。
 目が覚めて、
「ああ、夢だったんだ。よかった」
 と悪夢から覚めた夢にホッと胸を撫で下ろすと、実際には目が覚めたという夢を見ていて、本当は悪夢から抜けているわけではない。
 夢の中の悪夢と、実際の悪夢とでは若干の違いがあるが、
――悪夢から逃れたい――
 という思いはいつもある。
 だから、悪夢から覚めたという願望を、夢として見てしまったのだろう。つまりは、その時の夢の本質は、
――悪夢を見た――
 という夢ではなく、
――悪夢から覚めた――
 という夢を見ることだったのだ。
 願望として見た夢なので、本当に目が覚めた時は、一瞬何が起こったのか分からないが、実際には、すぐに夢の本質に気が付き、悪夢から覚めたのが夢だったことに落胆の色を隠せなかった。
 その時の悪夢は同じ日を繰り返しているというような夢幻ではなく、もっとリアルな悪夢だった。
 金銭に絡むことで、
――切実とはこういうことを言うのだ――
 といまさらながらに思い知らされたことだった。
 藤崎が同じ日を繰り返しているという悪夢を思いついたのも、このことがきっかけになったのだった。本人は意識していないが、今まで見た夢の中で一番怖い夢だったということは間違いない。
作品名:永遠を繋ぐ 作家名:森本晃次