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永遠を繋ぐ

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 誰もが完全を信じなくなると、すべてに疑いを持つようになり、収拾がつかなくなる。それを防ぐ意味で、
――この世には、完全は存在する――
 という考えを、生まれ持って誰もが持っているのではないだろうか。
 大人になるにつれ、考え方がゆがんでくると、生まれつきの考えに疑問を持つようになるかも知れない。藤崎がミステリーや、SFを書きたいと思ったのは、元々そのあたりに端を発してのことだったに違いない。
 その日は、表は完全に晴れていたわけではない。家を出てくる頃は日が差していたが、喫茶店に入ってしばらくすると、天気は急に崩れてきた。
 と言っても、まだ雨が降ってきているわけではなく、空は今にも泣きだしそうな厚い雲に覆われていたが、何とか雨が降ってくることはなかった。表の薄暗さは、その時の藤崎の頭の中のように灰色だった。何か新しい発想が浮かんできそうなのだが、どこかハッキリとしない。まさにその時の空のようではないか。
 表を歩いている人はいつもと変わらず疎らだった。普段なら人ひとりに注目することはなく、人の動きに注目していたが、その日、日傘の女性に興味を抱いたのは、向こうから見えるはずはないと思っていた時、思わず目が合ってしまったからだ。
 彼女はキョロキョロとしていたわけではない。むしろ正面だけを見て歩いていた。
 普通ならこちらに気づくはずはない。藤崎の頭の中では、歩いている彼女の視線になって見ることができたのだが、その時にいくらこちらを見つめたとしても、カラス越しにこちらを意識することはないだろうと思っていた。
 それなのに、その女性はこちらを意識している。とっさに目を背けてしまったのは、彼女の視線に、急に恐ろしさのようなものを感じたからだ。
 別に彼女の表情はこちらを睨みつけているわけでも、目を細めるようにして歪な表情を浮かべているわけでもない。ただ、こちらに興味深々という表情を浮かべているだけで、表情を見ているだけでは、恐ろしさという感情が浮かんでくるはずはなかった。
 彼女が手に持っているのは、確かに日傘だった。しかし、表を見ている限りでは日傘を差すような天気ではない。
――どうしてなんだろう?
 と思い、じっと彼女を見つめた。
 後から聞いた話だったのだが、実はこの時、本当は曇っていたわけでも何でもなかった。実際には雲はほとんどなく、彼女のように日傘を差しているのが正解なほどの日が差していたというのだ。
「そういえば、あの時、影が差していたような気がしたな」
 彼女の足元から影が伸びているのを思い出した。
 その時は影が伸びているということを漠然と感じていたが、曇天の空模様で、伸びているはずのない影に、どうしておかしいと感じなかったのだろう?
――表の世界と、中の世界が、ガラス越しに違っていた?
 信じられないことだった。普通なら気持ち悪くなってゾッとしてしまうのだろうが、藤崎は小説家だった。気持ち悪くなる前に、自分が発見した奇妙な世界を、まずは、メモ帳に箇条書きにして書き連ねた。
 発想は、いくらでも湧いてくるようだった。
「湯水のように」
 という言葉がまさしく当て嵌まっているようだった。
 そんな状態で、藤崎はその時に感じるよりも、後になってからの方が、彼女に対して、思い入れが激しくなったのだ。
――これって恋い焦がれているということなんだろうか?
 学生時代にはあったかも知れないが、会社に就職してから、そして、作家としての人生を歩み始めてからは、こんな感情は味わったことはなかった。
「この十数年。俺は一体何をやっていたのだろう?」
 学生時代に味わった恋愛感情が、まるで昨日のことのように思い出されてくるのだった。
 会社で仕事をしている頃の方が、学生時代よりも昔のように感じられることがある。時系列が頭の中で崩れると、それはあまりいい傾向ではないことは、今までの経験から分かっている。
――鬱状態に陥るかも知れないな――
 藤崎は、自分が躁鬱症ではないことは分かっていた。しかし、躁状態はないまでも、鬱状態になることはあった。一度病院に行ってみたことがあったが、その時は、
「うつ病ですね」
 と言って、薬をもらい、飲んでいた時期があった。
 それは、会社勤めをしている時で、急に何も考えられなくなり、我に返ることができるようになると、その時、考えられることは、すべて悪い方にしか、頭が働かないことに気づかされた。
 すぐにそのことを、
「うつ病ではないか?」
 と気づかなかった。
 まさか自分にうつ病の気があるなどと、想像もしていなかったからだ。
 うつ病の原因が、自分の中にある時系列の感覚が崩れたからだということが分かったのは、少ししてからだったが、最初は、
――自分一人で解明できるものではない――
 と思っていた。
 だが、実際には自分一人で解明することができた。厳密にいえば、
――自分一人ではできなかったが、自分二人ではできたのだ――
 と言えるだろう。
 自分の中にいる、「もう一人の自分」に問いただしているうちに、何となく分かってくるようになった。
――さすが、自分は自分なんだ――
 と、勝手に思い込んでいたが、自分では自問自答をしているという感覚はなかった。
 今までに自問自答をしている時は、自分に問いかけているという意識があり、問いただされているもう一人の自分の意識も感じることができたのだ。それなのに、この時は、問いかけている自分の意識はあるのだが、答えているもう一人の意識がない。こちらの方が本当なのだろうが、自問自答をしているという意識があるのに、答えている意識がないことで、
――この時の方が、自分らしくない――
 と思っていたのだった。
 ただ、その方が答えを聞いている自分に集中できるので、素直に聞くことができた。今までの自分であれば、理解できなかったことや、浮かぶはずのない発想が浮かんできたりして、
――今なら、これまで理解できなかったようなことも、理解できるかも知れない――
 と、感じた。
 その時の自分は、明らかにもう一人の自分を感じていた。それは、もう一人の自分の目から見ることができないことで、余計にもう一人の自分を、
「他人とは違う」
 という意識を持ちながら、一定の距離を保ったまま、見ることができる。
 一定の距離とは、
「相手のこと全体が見渡せる距離で、一番近い状態」
 と定義づけることができるような気がしていた。
 自分の中で、今までもう一人の自分を意識したことはなかったはずだったのに、実際に意識してしまうと、
――初めてではないような気がする――
 と思うようになっていた。
 ただ、それが最近のことなのか、それともずっと以前のことなのかハッキリとはしない。そう感じていると、
――あれは夢の中で感じたことなのかも知れない――
 と思うようになった。
 夢の中はいつも不思議が溢れていた。時系列の曖昧さはもちろんのこと、次に起こることも、予知できていたような気がする。
――今、自分は夢を見ているんだ――
 という感覚がなければ、予知していたという意識はないはずだ。
 自分に予知能力などないことは、現実の世界でなら分かり切っていることだ。それなのに、
作品名:永遠を繋ぐ 作家名:森本晃次