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永遠を繋ぐ

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 そんな状態で、執筆しようとしても焦るだけだった。その頃はまだ会社で仕事をしながらの執筆だったので、どこか焦りは控えめだったはずなのだが、一度焦ってしまうと、自分が自分ではなくなってしまったかのような錯覚に陥るのだった。
 一度は諦めようかと思った小説家への道、何度新人賞に応募しても、ほとんど、一次審査も通らない。何か根本的な違いがあったのかも知れない。
 それでも、何とか新人賞を取ることができ、プロに転向すると、
――諦めなくてよかった――
 と思った。
 正直、いつも応募する時、
「今回だめなら、小説家は諦めよう」
 と思いながらの投稿で、正直、新人賞を取った時も、
「どうせ、今回もダメだろう」
 と、思いながらの投稿だった。
 それだけに、取った時は感無量だった。
「ずっと続けてきたことがすべてです」
 と、賞を取った時の感想として雑誌のインタビューに答えたくらいだ。三十歳代も後半に差し掛かろうとしていた頃、藤崎は自分の人生の頂点を迎えたと思っていた。
 その時に入った喫茶店は、今でも健在で、常連は入れ替わったりしているが、それでも、昔馴染みの客層が中心であることに違いはない。
 藤崎は執筆する時と、休憩する時では席が違う。
 執筆する時は店の中と表を同時に見渡せる窓際のテーブルがメインの席になっていて、休憩する時はカウンターに席を移す。しかもカウンターに座る時は一番奥の席に座り、あくまでも店全体が見渡せる場所を選んでいたのだ。
 店に来る時間は、あまり決まっていない。その日、何時に起きたかによって決まるのだが、前の日、夜更かしして執筆をしていた時など、起きてくるのは昼頃だった。
 目が覚めてから、コーヒーを一杯だけ飲みながら、テレビを見ている。さすがに昼時であれば、ランチタイムということもあり客が多いのは分かっているので、店に入るのは午後二時過ぎと決めていた。
 朝から目が覚めた時は逆に早めに店に行くようにしていた。その店も朝早くから開店していた。午前八時の開店だったが、サラリーマンの通勤前のモーニングを狙ってのことだろう。
 客はそこそこいた。誰もが無口で、新聞や雑誌を読んでいる。朝独特の光景だが、藤崎は嫌いではなかった。
 その日は、前の日に夜更かしをした関係で、目が覚めたのは昼過ぎだった。もし、馴染みの喫茶店を持っていなければ、
「一日の半分を無駄にしちゃったかも知れないな」
 と感じたことだろう。
 だが、馴染みの喫茶店があり、そこで仕事も休憩もどちらもできるのだから、ありがたいことだった。
――時間によっては夕食もそこで済ませればいい――
 半日でも十分に一日分の充実感を味わえるというものだった。
 店に入ったのが午後二時頃だった。まだ少し暑さの残った時期だったので、店内は冷房が効いていた。普段は真夏でもホットコーヒーを飲んでいたが、その日はアイスコーヒーの気分だった。
 アイスコーヒーを注文すると、
「えっ」
 と、一瞬女の子はビックリした様子で、すぐに我に返って苦笑いを浮かべたが、それだけ藤崎がアイスコーヒーを注文するのは稀だったのだ。
 アイスコーヒーを一気に半分くらい飲み干すと、それまでまだどこか眠りから覚めていなかった自分の頭がスッキリしてくるのを感じた。
――やっぱり、アイスコーヒーにして正解だったな――
 以前から、アイスコーヒーの一気飲みが、自分の頭の活性化に繋がることは知っていたが、改めて眠気が残った状態でやってみると、実にスッキリした気分にさせられたことに感動を覚えるほどだった。
 その頃から眼鏡が必要なほど、視力の低下を気にしていたが、その日は表を見ていても、クッキリと景色が見えていた。
――アイスコーヒーの恩恵だろうか?
 と思ったほどで、普段なら昼下がりのこの時間というのは、身体に一番だるさを感じていただろう。
 表がクッキリと見える分、一筆にも身が入った。しかし、ふと店内を見渡すと、今度は暗すぎて、ハッキリと見えなかった。
――今日は、店内よりも表を気にする日なんだろうな――
 と感じ、表を見ながらの執筆となったが、これほど表を見ている時の執筆の方がはかどるとは思ってもみなかった。
 それから小説を書く時は、表を見るようにしている。もちろん、何も考えずにボーっと見ている時もあるが、表を見ながら歩いている人の人物描写などをしていると、勝手に頭の中にストーリーが浮かんでくるのだった。
 その時、ふと住宅街の方に目を向けると、一人日傘を差しながらこちらに向かって歩いてくる女性がいた。
 その女性からは凛々しさが感じられ、真っすぐ前を向いて、背筋を伸ばしたまま歩いているのを見ると、見とれてしまっている自分になかなか気づかなかった。
 相手はこちらの様子に気づくはずもない。表から店の中を見るのと、店の中から表を見るのとでは、ガラス越しなので、表を歩いている人に、こちらの視線が感じられるなど、普通はありえないことだろう。
 藤崎は、以前自分の書いた小説を思い出していた。
 確か、マジックミラーを題材にした話だったような気がする。
 藤崎が小説のネタにするアイテムは、鏡、時計、など、時間や異次元を彷彿させるものが多く、特に鏡に関しては、
――他の人にはないのではないか――
 と思えるような発想を抱くことが多かった。
 マジックミラー以外の話でも、例えば、自分の左右にそれぞれ鏡を置いた時のシチュエーションを題材にした小説もあった。その時の小説のテーマは、「無限」であった。
 鏡を左右に置くと、どちらかの鏡に自分が写り、その後ろには反対側の鏡が写っている。そして、その鏡の中には、こちらが写っているのだ。そのようにどんどん細分化されたような発想が頭をよぎっていくと、
――限りなく続く鏡の中の世界――
 という表現で表される状況が思い浮かんでくる。
 それは、数学の中にも言えることだった。
「整数は、どんなに大きな数字で割り続けても、マイナスになることはない。限りなくゼロに近づいていくだけだ」
――鏡の果ての世界を見てみたいものだ――
 藤崎は、勝手にそう感じていた。
 マジックミラーの発想にしてもしかりである。
 こちらからは見えないのに、相手からは丸見えだったり、その逆だったりするのが、マジックミラーというものだが、別にマジックミラーでなくとも、ガラスであっても、内と外とで明るさがまったく違えば、マジックミラーの役目を十分に果たせるというものだ。
 暗い世界から明るい世界を見ると、綺麗に見えるのに、逆だと、ガラスは鏡の役目を担ってしまい、向こうを見ることができない。
 しかし、これも「整数の割り算」と同じで、どんなに鏡の役目をしようとも、完全に向こうが見えないわけではないということだ。
 そういう意味で、
「世の中に、本当に完全と言えることが存在するのだろうか?」
 という思いに駆られたこともある。
「完全と思われることにも、どこかに落とし穴がある」
 この考え方は、藤崎自身もそうなのだが、きっと誰もが思っていて、ただ口にしていないだけなのかも知れない。
「もし、完全がこの世に存在しないとなると、何を信じればいいんだろう?」
作品名:永遠を繋ぐ 作家名:森本晃次