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永遠を繋ぐ

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 これは忘れっぽくなったことと因果関係はないものだと自分では思っていたが、本当に関係ないかどうか、気になるところだった。きっと意識していないつもりでも、意識の中にあったに違いない。
 藤崎は、小説で息詰まると、最初に考えるのは気分転換だった。
 まったく筆を置いてしまうことはできないが、気分転換にどこかに出かけてみたいと思うことは何度もあった。一泊旅行で温泉に出かけてみたり、日帰りで、ツアーに参加してみたりしたこともあった。
 だが、どれも何度も続けるには中途半端だった。そこで考えたのが、
――馴染みの店を持つこと――
 だったのだ。
 大学時代には、アパートの近くにある喫茶店を馴染みにしていたが、その時のような馴染みの店を作りたいと思うようになっていた。
 大学時代、馴染みの店には一人で出かけていた。普段から、一人で行動することは珍しかったのに、馴染みの店を持つと、一人で出かけることが多くなった。
  馴染みの店を学生時代の友達は誰も知らないに違いない。誰にも知られないように注意しながら通っていたからだ。
 元々、集団で行動することが多かった藤崎だが、輪の中心に入ることはなかった。
――存在を消しながら、そっとしてもらう方が気が楽だ――
 と思っていたからで、なるべく目立たないようにしていた。
 しかし、そのうちにそれが億劫になってきた。
――目立たないようにしているのって、何となく時間を無駄に使っているような気がする――
 と感じていたからで、別に目立ちたいという思いがあるわけではないのに、そんな気分になるというのは、
――元々、俺は一人でいる方が似合っているのかも知れないな――
 と思うようになったからだ。
 高校時代から、馴染みの店を持つことに憧れていた。大学に入れば馴染みの店を持ちたいと思っていたはずなのに、大学入学と同時に集団意識の中に入り込んでしまったことで、馴染みの店を持ちたいと思っていたはずの気持ちを、忘れてしまっていたようだ。
 馴染みの店を持ちたいと思うようになると、集団意識が邪魔になってきた。
――俺はどうして集団の中に身を投じるようなことをしたのだろう?
 確かに集団の中にいれば楽ではあった。いろいろな情報が入ってくるし、何よりも話をしているだけで楽しくなってくる。まわりから、自分の存在を認められたような気がしてくるからだ。
 そういう意味では最初は、
――集団の中にさえいれば、目立たなくても別にそれでもいいんだ――
 と思っていた。
 そんな時に馴染みの店を持ちたいと思うようになると、それまでの自分との葛藤が始まり、気が付けば、集団から離れるようになっていた。
――一人でいることが俺の望みだったのか――
 と思うようになると、さっそく馴染みの店を探すようになった。
 大学の近くはさすがに嫌だった。いつ誰に見つかるか分からないからだ。
 別に見つかることはいいと思えたが、その人と気まずくなるだけではなく、馴染みの店に入りづらくなってしまうことを恐れたのだ。
 アパートの近くには住宅街があり、その近くに喫茶店があった。アパートに入居した時に、まわりを一度歩いてみたことがあったが、その時にはなかったものだ。店の作りも新しいし、常連になる少し前にできたようだった。新しいというのも興味を引いたが、何よりもまだ常連と呼ばれる客が少ないことは嬉しかった。同じ常連の店を持つならば、客として最初の頃の方がいいに決まっている。その店を見つけたことは、藤崎をかなり有頂天にさせていた。
 朝早くから開いているのは嬉しかった。モーニングの時間は、午前七時から、十時までの間だった。大学が近くにあるならまだしも、住宅街の近くでそんな早朝から店を開くというのは、マスターにとって、何か計算があったからだろうか。七時台はあまり客はいないが、八時前後くらいから、客は増えていた。
 実は住宅街の向こう側に流通団地があり、そこの従業員が朝立ち寄ることが多かった。皆静かに雑誌や新聞を読んでいる。ほとんどの客は単独で、中には同じ会社の同僚もいたかも知れないが、この店では一切そんなことは関係ないという表情だった。その雰囲気が独特で、藤崎のような一人でいたい大学生にはありがたかった。
 朝は、マスターとアルバイトの女の子の二人で店を賄っていた。アルバイトの女の子は藤崎の通う大学の近くにある短大の一年生だった。
「このお店に朝から大学生の人が来るというのは珍しいんですよ」
 と彼女は言っていた。
 彼女とは世間話をするが、深い仲になることはなかった。
「私には、彼氏がいる」
 と最初から聞かされていたからだ。世間話だけでも結構楽しいので、彼氏がいると言われても、別に気にすることはなかった。
 実は、当時藤崎よりも、彼女の方が「謎かけ」が好きだった。いつもクイズのように出してくる謎かけに最初は戸惑っていたが、彼女の謎かけパターンに共通性があることに気づくと、回答もすぐにできた。
――元々、謎かけに回答なんてないんだ――
 という考えを持てば、答えを導き出すには、さほど時間が掛からなかった。
 ただ、その答えを導きだした経緯は大切で、彼女もそのことを気にしていた。それでも彼女の共通性に気づいた藤崎は、プロセスを考えた上で答えができていたので、会話が盛り上がったのはいうまでもない。
――ひょっとすると、彼女は最初から俺に答えを導かせようと、共通性をあらわにしたのかも知れない――
 と思ったが、もちろんそのことを口にすることはなかった。
 藤崎が謎かけをするようになったのは大学卒業してから、最初に馴染みの店を持ってからのことだったが、大学時代の馴染みの店で楽しかった謎かけの思い出が影響していることは言うまでもないだろう。
 大学を卒業してから馴染みの店を持つようになったのは、卒業後三年経った頃からのことだった。それまではほとんど家で執筆をしていたが、家の近くに喫茶店が一つの原因だった。
 藤崎には大学時代の馴染みの喫茶店のイメージが頭にこびりついていた。
――それと同等か、それ以上でなければ、今の自分には馴染みの店として認められるだけの場所はないだろう――
 と思っていた。
 カフェのような店は多かったが、昔からの純喫茶、つまりは、常連さんが多い店というのはなかったのだ。もちろん、カフェの中には馴染みの人もいないわけではないだろうが、藤崎が思い描いている常連さんのイメージとはかけ離れているように思えてならなったのだ。
 スランプというと語弊があるかも知れないが、一時期小説を書くことが億劫になったことがあった。書かなければストレスが解消できないのは分かっていたが、それでも何も浮かばない。焦りが募ってくると、昔からロクなことがないと思っていただけに、自分の中の焦りをなるべく意識しないようにしていた藤崎が、さすがにその時は焦りを感じてしまった。
――しまった――
 普段から、焦りを感じるようにしておけば、もう少しは落ち着いていられたかも知れないが、いきなり襲ってきた焦りに、どう対処していいのか、まったく分からなかった。
 つまりは、免疫がないのだ。
作品名:永遠を繋ぐ 作家名:森本晃次