永遠を繋ぐ
そんな光景を思い出すだけで、本当は嫌な気分になるはずなのに、それほど嫌ではなかった。それは自分のことを冷静に見れているからで、人との関わり方に関しては、今でこそ、少しはよくなってきたが、二十代までに比べると、まわりから見ても、変わり者にしか見えていないことだろう。
――だから、日向のことを理解できるとすれば、自分のようなタイプでないとできないかも知れない――
と感じていた。
そんな日向から話しかけられただから、余計にビックリした。
もし、これが他の人と同じような性格の人であれば、
――何を急に、ビックリするな――
と、急に話しかけられたことに驚きを隠せないに違いない。
しかし、藤崎の場合は、日向自身から声を掛けてくるとは思ってもみなかった。
――彼に対しては、自分から歩み寄らない限り、距離が縮まることはない――
と思っていた。
別に友達になりたいとは思っていなかったし、彼の方で関わりたくないと思っているのであれば、必要以上に刺激することもない。そっとしておいてあげるのが一番だと思っていた。
話しかけてきた内容は、意外なものだった。
「実は僕、以前から藤崎さんとお話をしてみたいと思っていたんですよ」
まずは声を掛けてきたことに驚いていた藤崎に、追撃するような形で、話題に入ってきた。
「どういうことなんだい?」
驚きを隠せない藤崎だったが、見た目だけでも、冷静さを装いたかった。話しかけてきた本人である日向というよりも、まわりの人たちに、驚きよりもうろたえに近い状態を見せるのが嫌だったからだ。
「さっき、藤崎さんは、『俺は、永遠の命を繋いでいる人がいるという話を信じられるんだ』と言っていたでしょう? 実は、その話に出てくる『永遠の命を繋いでいる人物』ではないかって思っているんです」
同じ考えの人がいるだけでもビックリなのに、何とも話題の中の人が存在するなど、改めてビックリさせられた。しかも、こんなに近くにいるとなると、もう何か二人を引き合わせる不思議な力が働いているとしか思えない。
だが、彼の話を聞いてみないと、どこまで信憑性のあるものなのか分からない。そしてその信憑性を評価できるのは、自分自身でしかありえないと思っていた。
藤崎が自分に対して、ここまで過大評価をしていたなど想像もつかなかった。
だが、そう感じたのも無理はない。元々藤崎は自分を自惚れていると感じたことが何度もあったが、そのくせ、自信のない時はとことん自信がない。おだてに弱いが、不安になると、底もないのだ。その時の藤崎は、自惚れの藤崎だったのだ。
「日向さんは、私の話を真剣に聞いてくれていたんですね?」
というと、
「ええ、藤崎さんのお話は、ふざけているように見える時でも、しっかりと話題が浮かび上がっているように思えます。ふざけている時の方が、却って真剣みを感じ、他人があらぬ方向に導かれているのを見ると、たまに痛快に感じることがあるくらいです」
「それは買いかぶりすぎですよ」
さすかに、そこまで言われると、照れくさい。持ち上げられている時、照れているのを他人が見ると、さぞやバカみたいに見えるであろう。
――どうして、こんなに他人の目を気にするのだろう?
普段は他人の目など意識することもなく、自分は自分だと思ってきた。それは、自分が他の人とは違うと思っている独特な性格をいくつも持っているからだ。
それなのに、どうしてこんなに他人の目を気にするのか?
それは、自分が変わっている部分、つまり人にはない部分に対し、自惚れている気持ちを悟られたくないという思いからであった。
他人の目は、誰も同じ目にしか見えてこない。それぞれに目力の強さによって、感じ方が一人一人違うはずなのに、藤崎にはそんな感覚はなかった。自分のことを買いかぶっていると言った日向のように、藤崎自身がその視線を逐一気にしていなければ気が済まない相手でなければ、自分に向けられる視線は皆同じなのだ。
――そうでないと疲れてしまう――
一人一人を考えながらだと、人が密集しているところに行くと、まわりの視線だけで疲労困憊してしまうことだろう。
そのうちに一人一人を見なくなる。
最初は、他人の視線を感じないことは気が楽だと思っていたことが、甘かったことに気づかされた。確かに人の視線を感じなければ気は楽だったが、まわりが何を考えているか分からないということの方が、よほど辛かった。気は楽だが、見えてこないことで、変なところに力が入ってしまい、次第に自分の行いが正しい方向へ自分を導いてくれているのかを疑ってしまう。
そもそも、何が正しい方向なのかも分からない。そんな時は、意識しない方がいい。意識しなくてもいいことは、本当に意識しない方がいいのだ。そういう意味ではよくできていると思えてくる。
そんな時、スナック「コスモス」で知り合った日向は、藤崎にとって自分を活性化させることのできる媒体のように思えてきた。もし、話しかけられなければ、こちらから歩み寄ることもなく、気にはなっても、接近しようなどと思うような相手ではなかった。そう考えると彼が話しかけてきたこと自体、不思議な力が導いてくれたと思っていいだろう。
「永遠の命を繋いでいるという言葉の意味を分かって言ってるんですか?」
「ええ、私は今でこそ、毎日を普通に過ごせていますが、信じられないことなのですが、ある時期、毎日を繰り返していたことがあったんです」
「それは本当ですか?」
「ええ、私がまだ大学時代の頃のことでした。今ではあまりにも昔のことなので、あれは自分の勘違いだったのではないかと思うくらいです」
大学生というと、今から十年くらい前ではないか。同じ日を繰り返していたというが、藤崎が考えている「リピート」と同じなのだろうか?
「それは、どのくらいの期間だったんですか?」
「ハッキリとは分かりません。ただ、同じ日をずっと繰り返すんです。午前零時寸前になると、急に意識が朦朧として、意識が戻ると、午前零時を過ぎていて、前の日と同じ感覚になるんですよ」
落ち着こうという様子は窺えたが、落ち着こうと思えば思うほど、胸の鼓動がひどくなるのだろう。咽喉が乾いているのか、ハスキーボイスに拍車がかかるばかりで、次第に聞き返さないと何を言っているのか分からないくらいになっていた。
もっとも、本人はそこまで混乱していないのかも知れない。そう思うのは藤崎もパニくって話をする時、まわりの反応が、自分の思っているよりもかなり過剰な反応に感じられたからである。単純な比較はできないが、日向もきっとそうなのだろうと、藤崎は感じていた。
「それで、あなたは冷静でいられました?」
「ええ、思ったよりも冷静だったと思います」
冷静だったと聞いて、最初はさすがにビックリした。
――俺は、こんな状態で本当に冷静でいられるだろうか?
と考えたが、日向を見ていると、まんざら見栄でもないようだ。その表情はいつもと変わらない表情で、目だけ輝いていた。